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火の鳥

〈不可思議や桜桃の種沈む時 涙次〉



【ⅰ】


 ハロー、永田です。大聲で泣いたらすつきりした。


 スクーター、ヤマハ Vinoora Mは車格が小さい。125ccなのに、50ccの原付1種ほどしかない。

 だが、タンデムするのに、この愛らしい、蛙の目のような二つのライトを持つスクーターを、こよなく火鳥は愛した。二人で乘ると、躰が密着する。「きみも、バイクの免許取つたら? クルマの免許持つてるなら、直ぐ取れるよ」と私が云ふと、火鳥は、「あなたの後ろに乘つてゐれば、わたしはOKなのよ」と答へる。

 それは、彼女の好畸心が愛に變はつた事を示す言葉だつた。



【ⅱ】


 八重樫火鳥。私は大事なものを失つた。彼女の墓碑銘に、「不死である筈だつた火の鳥よ、さやうなら」と刻みたかつたのだが、彼女の遺族が、彼女の骨灰は一族の墓に入れる、と云ふ。私は、私の死後、彼女と寄り添ひ、暮らしたかつたのだが。



【ⅲ】


 私のSNSでの、昨夜の發言。


 物語を書く、と云ふ事は、登場人物同士、愛したり愛されたり、を書く事に他ならない。純愛もあるし、打算的な愛もある。だが、基本は生きる=愛する、と云ふ事だ。


 偉さうだが...「打算的な愛」と云ふと、讀者はまづ、杵塚の楳ノ谷汀その他、彼が拐帯した中年女性たちの「愛」を思ひ起こすだらう。それでも、私はいゝから、愛が慾しかつたのは、確かだ。私は杵塚のフォロワーであつた。『小さな戀のメロディ』試冩會は原稿の締め切りの関係あつて、行けなかつたが、映画館で、私は火鳥と共に観た。彼・杵塚の才氣が、嫌と云ふ程味はへた。

 その他、バイクのコレクトと云ふ趣味も、何もかも彼の眞似である。二回りの年下の友人に、謂はゞ私は振り回されてゐた。


 その他、文筆家としては、私はテオ=谷澤景六とじろさん=此井晩秋のフォロワーであつたし、生き方はニヒリスティックなカンテラのそれを學んだ。メシの種、としてだけではなく、私はカンテラ一味に傾倒してゐた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈後れ毛よ何を大事に生きてゐる親に先んじ死ぬは罪なり 平手みき〉



【ⅳ】


 不幸中の倖ひ、と云ふか、火鳥は私のスクーターの後ろに乘つてゐて、事故に遭つたのではなかつた。たゞ、歩いてゐて、暴走トラックに()かれ、重傷を負ひ、その儘救急病院で身まかつた。もし、タンデムでの事故だつたのなら、私も後を追ひ、自死したらう、と思ふ。


 私は、同じやうなケースで、人を礫き殺した事のある者に、話を訊いた事がある。まるで【魔】に捉はれたやうな瞬間が、あると云ふ。私の火鳥を(あや)めた運轉手もさうだつたのだらうか。然しいづれにせよ、その【魔】は、カンテラ・じろさんに頼んでも、斃す事の出來ない【魔】であつた。たゞ、人が【魔】を憎むのは、大事な思ひ出を踏みにじられた事に依り發生する何ものかであると、私は知つた。物語作者として、カンテラ一味を散々追つたけれども、その意味がやうやくにして(遅きに失したが)分かつた氣がした。



【ⅴ】


 * 安条展典は、だう思つたらう。彼にとつては過去の遺物であつたとしても、私には「現在のリアル」である、火鳥であつた。私は救急病院では泣けなかつたが、彼女の亡骸を取り敢へず前にして、先述の通り大聲で泣いた。泣き喚いた。私の火鳥... 彼女は魔界の出身ではない。蘇生は、期待するに莫迦らしかつた。私たちの猫、(ふう)が心細げに啼いた。



* 当該シリーズ第147話參照。



【ⅵ】


 ヴィルヘルム・テルごつこをして、妻を誤つて射殺してしまつた、ウイリアム・バロウズ。人ひとり殺めた事のない者が、小説を書くなど、烏滸がましい... 私の思ひは、極端に走つた。


 さう、彼女はゐない。私は『火鳥の事』の續篇として、『火鳥のゐない事』を書かねばならないだらう。


 葬儀は、有名人らしく華やかなもので、それは私の手から、彼女がすつかり離れてしまつた事を意味してゐた。カンテラたちは葬儀に出席したらしい。私は行かなかつた。さうして、葬儀の席に彼女の死の原因たる【魔】が現れて、カンテラ一味が一騒動起こすことばかり、夢見てゐた...



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈てんと蟲ちさき燈し火宵來たる 涙次〉


 

 心ざわめくよ

 一人ぼつちだ

 こつちを向いて

 僕がゐるから

 待つも虛し

 いつもさう

 ベビーカーに乘る

 暴君、僕の心

 押しても引いても

 答へ出ない時

 きみならだうする

 廢墟に居坐る

 友よ

 美しい思ひ出よ

 健全なる友情は

 遊女の如く

 いつも客を呼んでゐる

 友よ 何が眞實だ

 不貞腐れる

 我が身 友よ

 


 何もかもが終はり、そして始まる。私は幻惑的なリアリストでありたい。物語作家としての、それが底意地なのだ。火鳥は去つた。不死であつた筈の、私の火の鳥。


 これが、幕間の一エピソオド、一狂言であるとは、詰まらない話だが、私にしてみれば、大切な思ひ出の書である。その事を忘れないで慾しい。詩は、NEKO&ポエット(NEKOさんの繪に、詩人たちが詩を附けてゆく、X上のゆかしい企画)から採らせて貰つた私の作。NEKOさんには感謝する。お仕舞ひ。ぢや、また。


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