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探し物

2024年11月4日

 好きな本があった。

 人生ではじめて本屋をまわりやっとみつけた本。買い与えられたものとは違って本当に自分の好きなものなんだと言える本。当然何回も読み返したし、冒頭なんて見なくたって言えるくらいには読み込んだ。

 話の内容はちょっと難しいものだった。初めて読んだのはもう半年くらい前のことだけど、まだ分からない部分もある。

「で?その本をなくしたの?」

「いや、そういうわけじゃないんだ・・・」

「あ、違うんだ」

 自分のお気に入りの小説の話をしていた少年―村瀬景祐、十三歳―は、狐の問いかけにそう答えた。

 聞き手は狐だった。自分で狐だと名乗っていた。実際に狐の見た目をしていた。でも、喋る狐だった。

 毛は全体的に白く、眼は片方だけ赤い、なんだかこの世のものではなさそうな幻みたいな雰囲気をまとっていた。

「友だちの本なんだけど・・・」

「うん?」

 狐は首をかしげる。

「友だちがさっき言ったのと同じ本を持ってて、それがなくなっちゃたらしいから探してほしいんだ。もう4週間くらい前の話なんだけど」

「まあ、いいけど。おそろなの?」

「そういう訳じゃないんだけど読んでるのを見てたら気になっちゃって」

「あー、あぁ…」

 狐はさらに考え込むような仕草をしたけど、何か納得がいったらしく一人うなずいた。

 あの本は別にお揃いにしたくて買った訳じゃない。ただ、面白そうに読むもんだからそんなに面白いのかなと自分でも読んでみたくなって買ってみたのだ。

「仲いいの?」

「え?その子と?ときどきしゃべるくらいかな?」

「だろうね」

 狐はうんうんとうなずいた。何に納得しているんだろう?

「じゃあ、まずその子の本の特徴を教えて、分かる範囲でいいから」

「特徴か…」

 僕は、あの本のことを思い浮かべた。いつも持ち歩いている本だ、手に持ったときの大きさも重さも鮮明にわかってる。でも、特徴を説明してと言われると見た目はよくある本なため難しかった。

「大きさは普通の文庫本サイズだよ。それ以外にこれと言った特徴は…カバーかけてるしなー」

「カバー?何制のやつ?」

「紙だよ。本屋で買ったときにタダで貰えるやつ。よくあるやつだからあまり参考にならないかもしれないけど」

 僕も愛用しているカバーだ。持っていて損のないものだからかける予定のない本を買ったときでも別にして貰ったりしている。

「うん、でも文庫本くらいなら新しいの買えばいいのにね」

「そんな風にはならないと思うよ。だって読んでたらその本に対して愛着がわいてくるものだし、それにこれも一応特徴のうちにはいるのかな?あの子の本、初版なんだよね」

「ふーん。それは大事な特徴かもね」

 狐はなんだか興味もなさそうに毛づくろいしてる。

「それじゃあ探すとしようか」

 この狐は、僕が悩んでいたところふっと僕の前に現れた。悩みがあるなら、何か叶えたいことがあるなら力になってあげられるかもしれないと。ただし、その分の対価がもらえるならとも言っていた。喋る狐なんて見たことも聞いたこともなかったけど、意外にもちゃんとコミュニケーションがとれるもんだからとりあえず相談してみている。

 本当に困っているから助けてくれるならありがたい。

 でも、かなり探し回っても見つからなかったものを、見つけ出せるというのだろうか。

「うん、まずどこいく?といっても行ける場所はほぼ行っちゃてるんだよね」

「もしまだ学校の中にあるなら、この部屋から動かなくても見つかると思うよ」

「え…?動かずに…?」

「うん。動かずに。彼女の机はどこ?なんか置いて帰ってればいいんだけどなー体操服とか」

 机?えーと、この前席替えしたはずだからたしか…

「席なら、ほらそこ前から二番目のとこ、社会の資料集とかならみんな置いてかえってるし彼女もそうだと思うんだけど。」

 狐がぴょんぴょんと軽やかに跳んでいき彼女の席の上に立った。

「ここか、うん、本が何冊か入ってるこれでいいや。絵里ちゃんっていう子であってる?」

「うん。その子、その子」

がさごそと机を漁って出てきた歴史の資料集を机の上に置いて鼻を近づけ匂いを嗅いでいる。

 さっき、体操服とか言ってたけど、もし体操服があったら体操服の匂いを嗅いでたのだろうか。それはなんだか…

「見つけたよ、美術準備室の手前から3つ目の棚の下だね」

「えっ?もう?本当に?でもどうやって?」

「この程度の探し物だったら大がかりな術を使うまでもないしボクでもできるよ」

 そう言った狐の体全体に薄―く赤い模様が浮き出てすぐに消えた。なんだろう、これが魔術みたいなものなのだろうか、昔田舎のおばあちゃんがそんなことを話していたような。狐が喋っていることも含めもう自分には分からないことだらけなので、驚いてるけどある程度割り切って話を進めることにした。

「けっこうたくさんの人が探してたのにやっぱり準備室にいく人なんてあんまりいないから見つからなかったのかな?」

「いや、仮に探しに行った人がいたとしてもこれは見つからないだろうね。この棚…多分作品保管用のものだと思うけど底の裏にでっぱりみたいなのがあってそこに引っかかってる。これは掃除とかしててもわかんない、最初からそこにあるって知ってないと見つけるのは無理だろうね。」

 たぶん、絵画の授業とかで使ってたやつのことだろうな。何でそんなところに行っちゃたか分からないけど、そこにあると分かったなら早く回収して彼女に渡しにいかなくては。

「そっか!!じゃあ今から美術室の鍵を借りて来るよ。」

「まって」

 それならすぐに取りに行こうと勢いよく教室を飛び出そうとしたけど止められた。

なんで止めるんだろう。職員室に向かうため、走り出そうとしてのをやめて振り返ると、狐は少し考えるような素振りをしていた。何だろう。見つかったなら早く彼女のもとに返すべきだし、早く見つかった方が彼女も喜ぶはずだ。それにこれが僕のお願いでもある。

「まって、それじゃだめだよ」

「だめってなんで?」

「全て君が疑われることになるからだよ」

 疑われる?一体何を?

「君は…例えば君は4週間も見つからなかった探し物をいきなり見つけてきた人がいたとしてその人を怪しいとは思わないのかい?」

 もしそうなったとき周りからどう見えるのかを考えてみることにした。

 まず、4週間前に本がなくなったとき、彼女と仲がいい人。手が空いてる人なんかが協力して学校中を探し回った。それからかなり時間がたったのもありもう誰も探してない、本人ももう見つかるとは思っていないだろうというのが現状だ。そんな中でもしいきなり探し物を見つけたという人間がでてきたらどう思われるだろう?

 そうか、当然第一発見者が怪しまれる。4週間も見つからなかったものだ。しかも絶対見つからないようなところにあったから、偶然見つけたは通用しない。

 見つけるに当たって僕自身も理解していない不思議な力が使われていた。説明したって信じてもらえないだろう。それに、

「ねえ、君のことってたぶん黙っといたほうがいよね?」

「ん?ボク?そうだね、あんまり知れ渡っちゃうとちょっと困るかな?」

「やっぱり」

 なんだかそういう存在って自分のこと隠してそうだなと思ったけど、やっぱりそうだった。

「ボクは別に面白そうだからいいんだけど。あんまやってると上に怒られちゃうからね」

「そうなんだ」

 なんだか分からなかったけど、不思議な力で見つけたという説明はできないとわかった。

「たしかに…でもじゃあどうすればいいの?」

「うんうん、まずは美術室に近づける日、次美術の授業があるのはいつなんだい?」

 僕は手帳の中にある時間割表を見た。

「次は金曜日だから明日だね!!」

「明日か。無駄な手間が省けるからいいね」

 狐がゆらゆらと尻尾を振りながらこっちを見つめて言った。

「ボクに良い作戦がある。教えてほしい?」



 その日の夜、僕は布団の中で一人そわそわしていた。

 どうやって探し物を回収したらいいかとかは、狐が教えてくれた。だから見つけるとこまでは言われた通りやれば上手くいくはずだ。

 …どんな感じで渡すのがいいのかな?

 本を見つけて渡す時のことを想像してみた。

 どんな顔をするんだろう。驚くのかな。笑ってくれるのかな。いつもはそこまで感情を露わにするタイプではないんだけど、ときどきにっこりしているときがあってそういう顔は、なんだかいいなって思う。

 どんなことを言うんだろう。ありがとうって言って欲しいなんて図々しいことは思わないけど、なんかいつも以上に言葉交わせればいいなとは思う。

 受け取った本をどう扱うんだろう。本ってどう持つっけ。文庫本だったら抱えるって感じじゃないし。僕は片手でぶらぶら持ち歩いてるんだけど、文庫本でも両手で抱えるみたいに持つ人もいるよね。

 僕のことをどう思うんだろう?狐はみんなに疑われるかもって言ってたけど、そのみんなっていう中には当然、絵里さんも含まれるわけで。…疑われるのかな…?それはやだな。

 でも狐はもし君がまわりに責められるようなことになってもそのときは自分がどうにかすると言っていたから、そこは安心していいんだろうけど。

 安心?していいのか?

 そもそもあの狐のことって信用していいのかな。彼女の小説も本当に言われたとこにあるのか確認した訳ではないし。

 喋る狐って何なんだ?分かってはいたけど改めて思い返してみても不思議な体験だった。夢だったのだろうか。文字通り狐に化かされたような感覚だ。

 あれは何だったんだろう。



「本、見つけてくれたの?」

「え?」

 丁度本を渡すところだった。差し出した本を絵里さんが受け取っている。見たことないくらいのにこにこ顔だった。

「まさか君が見つけてくれるとは!」

「ん?」

 状況が呑み込めない。緊張しすぎて無意識のうちに事を進めていたのだろうか。いや、そんなことはありえないだろう。絵里さんの様子がいつもと違う気が

「私!何かお礼がしたいな~」

「ぅえっ?」

 いや、明らかにおかしい。絵里さんの様子も。自分の置かれた状況がわかってないのも。

「欲しいものとかあったりする?」

 絵里さんが本を渡したままの形だった手を握ってそのまま抱き寄せてきた。絵里さんの体温まで感じてしまうくらいの距離になった。

「ちょ、ちか、絵里さんちょ、っとどうにかしたの」

 絵里さんの様子が明らかにいつもと違っておかしい。こんな距離の詰め方してこないし、言葉遣いも彼女らしくないし。

「落ち着こ。本ずっと探してたのは知ってるけど!見つかって嬉しいのも分かるけど!」

「え~」

 すごい心臓がバクバク言ってるのが分かる。なんか頭がくらくらしてきたような



「あ、起きちゃった」

 ぱっと目が開いて自分の部屋の天井が視界に飛び込んできた。

「どうだった?どきどきした?」

「…」

 ベッド横の上で狐がまるくなってくつろいでいた。やっちゃったという感じのふざけた表情を浮かべている。ように見えた。

「いや~やっぱりまだまだだなあボクは。幻覚を見せてる途中に起こしちゃうようじゃね。どうしたんだい?そんな顔しちゃって」

「君の仕業?」

 一人でなんかごちゃごちゃ言ってる狐にムッとしちゃったので、無視して、色々省略して聞くことにした。

「夢のことかい?もちろんボクが見せたよ。君に探し物を見つけたと言いつつも君はまだ本当にそこにあると確かめた訳じゃないしね。ボクがちゃんと特別な力を使えると示すためにも、ね」

「信じてなかった訳じゃないけど」

 本当は普通に疑っていたけど。狐は気にしていない風に毛づくろいなんかしている。

 枕元のデジタル時計は午前5時を示していた。

「もう一回寝ることにするよ。」

「夢の中で要求を直接伝えづらいなら、ボクがここで聞いてその内容でそのまんま見せてあげてもいいんだよ」

「いい。断る」

「本当に?今ならサービスしとくよ。後悔するかもよ。」

 僕は無視してもう寝ることにした。

「こっそり向こうにも同じ夢を見せてこようか?夢を現実にしてくれるかもよ?」

「それは本当にダメ!絶対見せないで!もういいよ寝るから!」

 寝返りを打って言い返すと、とても楽しそうなにやにやした顔をしていた。

 こんな夢をみてるなんて絵里さんが知ったら、いやだよ。何で何も悪くないはずの僕が罪悪感を覚えないといけないんだ。

「ボクはボクの要求さえ呑んでくれれば何でもしてあげるんだけどなあ」

 要求。狐が僕に求めたものは“魂”だった。ボクは君の魂が欲しいと。そう言っていた。具体的なことは何も聞かされてないから、詐欺にあってるようなものなのかもしれないけど。

 でも、絵里さんに喜んでほしいというただそれだけが今の彼の願いだった。

 そして結局目覚ましがなるまでは一睡もできなかった。



 時間が経って、お昼過ぎ。五限目の時間。美術室で美術の授業を受けていた。

 いよいよ決行のときだ。なんだか昨日とはまた違うどきどきを感じている。

 別に悪いことをしている訳じゃないのに、嘘の演技をしなくちゃいけないからか、なんだかいけないことをやってる気持ちになる。

 僕はもう一度狐の言っていた作戦をおさらいすることにした。狐の言っていた作戦はすごく単純な力技で、本当に大丈夫なのかなってくらいのパワープレーだった。

 昨日も言っていたことだが不思議な力を使って見つけることはできても、みんながないものだと認識しているものをいきなり持っていく訳にはいかない。

 作戦はシンプルに偶然を装うというものだ。多少怪しまれるのは仕方のないことなので、少なくとも隠し持っていたものを出した訳ではないとわかる証拠が必要だった。この学校では使われていない部屋は施錠しておかないといけない決まりだ。美術室は授業があるクラスと放課後の部活動生しか使わないので、奥の準備室まで探しに行きましたは通用しない。ちなみに誰もが使う可能性のある美術室の机の中とかは3週間前くらいに誰かが探している。

 ふと、絵里さんが視界に入った。何だか浮かない表情をしているように見えるのは僕の気のせいだろうか。最近あんまり積極的には人ともしゃべっていない気がする。いつも持ち歩くくらい大事な本をなくしちゃったんだから、そりゃあそうなるよなと思う。

 授業が進んでいく。絵を描く授業だった。先生のお話が終わり、各自の作業に入る。

 席は自由に選べるから、一番準備室に近いところを選んだ。



 しばらくして狙っていた瞬間が来た。先生が準備室の前を通過しようとしている。他のクラスの生徒たちの作品を運んでいる。誰もこっちを見ていないタイミングで僕は準備していた少し丸まった消しゴムを準備室へと転がした。

「あっ!!」

 周りのクラスメートと先生が反応した。先生も一瞬なんだ?という顔をしたけど、準備室の中に消しゴムが転がっていってしまったという状況を理解したようだ。

「消しゴム取り行きます…」

 先生の返事を待たずに準備室の扉へ向かう。先生もそれくらいのことで止めはしない。美術準備室には用がない人は入ってはいけないという決まりだが、これぐらいなら許されるのか、あるいは準備室に“たまたま”転がっていった消しゴムを拾いに行くのは用事であると認められるのか。

 準備室の中は少し暗い。転がった消しゴムは思ったより扉の近くにあったのでさっと回収しておく。「あれーないなー」多分誰も見てないし聞いてないだろうけど、もしものときのためにそれっぽいことも言っておく。棒読みっぽくなっちゃったから余計怪しまれるだろうか。

『見つけたよ、美術準備室の手前から3つ目の棚の下だね』とか言ってたな。準備室の中にはいくつもの棚があってその中でも可動式のものがいくつかある。手前から三つ目一番下の板と床の隙間をのぞき込んでみた。暗くて分かりずらかったので思い切って手を突っ込んでみた。何かに触れた。紙のような感覚。本だ。

 隙間に差し込まれていたのでそっと抜き出してみた。見慣れたブックカバー。

 表紙だけぺらっとめくってみる。間違いない彼女の探していた本だ。

「先生、なんかこんなのがありました!」

 わざとらしいくらいに大きな声で部屋を出ていき手に持った本を頭上に掲げた。

 その後、絵里さんの方を見る。

「え?」

 という顔でぽかんとした表情を浮かべていた。



「災難だったね」

 教室への帰り道、狐が歩く僕の隣にぬるっと表れて話かけてきた。

「あ、狐さんだ。災難って何が?」

「さっきの大人たちの対応だよ。かなり詰められていたみたいだけど」

「ああ、あれか…」

 放課してから先ほどまで、職員室で事情聴取されていた。先生たちは生徒の持ち物がなくなっていること、その探し物がいまだ見つかっていないことは当然把握していた。そんな探し物を一人の生徒が見つけ出したと言って持ってきたとのことでその生徒が怪しまれるのは自然の流れと言えた。別に脅されたりした訳じゃないけど、どこにあったのかを何度も細かく聞いてきたし、何であの部屋に用もないのに入ったのかとも問われたりもした。この件に関してはさすがに美術の先生が、消しゴムが転がり入っていったことを説明し、擁護してくれた。

 ちなみに美術室での一件のすぐ後、本は直接彼女に渡して返した。渡すときに何か言えたらなとか思ってたんだけど、回収することばかりに集中しすぎて結局ぱっと返すだけになってしまった。顔もあんまり見れてない。

「まあ…先生たちの対応はあんなもんなんじゃないかな。こっちだって悪いことはしてないけれど怪しいことしてたんだし」

 狐がどう思ったかなんて知らないけど、僕はあの対応は別にそこまで変なものじゃなかったと思っている。

「ふーん。ボクが燃やしといてあげようか?」

「えっ!?そういうのは別にいいかな…僕は大丈夫だから!」

「そう?君は優しいんだね」

 燃やすって…炎上させるってことだろうか。この狐が不思議な力を持ってることはもう疑いようのないことなので、どうにか映像を手に入れて、どうにか加工して、どうにかばらまいてみたいなことができてしまうのかもしれない。別に僕はそんなことは望んでないと伝えると狐は先生たちへの興味はなくなったみたいだ。とりあえず、よかった。

 僕は荷物を取りに教室へ戻った。狐はここからは人が多いから、また人がいないところで会おうと言ってどこかへ消えてしまった。

 少し後になって気づいたことだが、狐にお礼を言ってなかった。いきなり物騒なことを言いだすものだから、びっくりして忘れてしまっていた。今回、彼女の本を見つけ出すことができたのは狐のおかげだ。さらに言うと、僕は見つけた振りをしただけで、見つけたのは狐な訳だ。

 あとでちゃんとありがとうって言っておかないと。



「あ!」

「あ…」

 教室に戻ると、絵里さんがいた。もう誰もいないと思っていたのに人がいたのと、残っていたのが絵里さんだったのとで、かなり驚いてしまった。なんかちょっとどうすればいいか分からなくなって固まってしまった。何か言わなくちゃ。何か言わなくちゃ。

 絵里さんはこっちの方にあるいてきた。やっぱり絵里さんも疑っているのだろうか。

「景祐くん」

「…」

「私の本、見つけてくれてありがと」

「…いや、別に僕は何も。た、たまたま見つけただけだし」

 たじたじになりながらもどうにか返した。

「それはそうかもしれないけど…これ、本当に大切な本なの。だからありがとう」

「そうなんだ」

 もちろん、彼女にとって本当に大切な本であるということは前々から知っていた。

「そんなに大事なものなら見つかってよかったよ。もう、なくさないようにね」

「うん」

 絵里さんが、優しく微笑んだ。気のせいかもしれないけどここ最近で一番の笑顔だった。あんまり直視はできなかった。

 それはそうと、絵里さんは残っていたのではなく僕が教室に帰ってくるのを待ってくれていたようだった。帰りの準備は終わっていた。正直一緒に帰るのはなんだか気まずいので自分の方はまだ残る予定だった風にして、先に帰ってもらうかなとか考える。

 とりあえず、机の方に向かうと絵里さんが着いてきた。

「本見つけるの大変じゃなかった?何かお礼したいんだけど」

 どこかで聞いたようなセリフに思わずビクッとしてしまう。

「大変だなんてそんなことなかったよ。だから、お礼とかそんなことは全然気にしないで」

「そう」

 別にやましいことは考えてないです。感謝はしてるけど、本当に余計なことをやってくれたなあの狐は。

 僕は、そのまま椅子に座ると本を手に取った。読書する予定だったといってそのまま先に帰ってもらおうかなとか考える。

「僕はちょっと本でもよもうかなー」

「…景祐くんも本とか読むんだね。何読むの?…あっ」

 あっ。何気なく開いた本は『といのとい』。絵里さんが探していた本だ。彼女の影響で買った本だから、本人に持っていることを知られるのは少し恥ずかしくもあった。

「景祐くんも、その本読んでたんだ。どこまで読んだ?」

「一応、何週かしてるけど、まだちゃんと理解はできてないかな…」

「私も。この本複雑だよね。そういうところが面白くもあるんだけどさ!ねえ、いいくんはどこのシーンが好き?」

「えーとね、僕が好きなのは



「良かったね」

「な、なにが?」

 また、いつのまにか隣を歩いていた狐がいきなり声をかけてくる。

 結局あのあと、絵里さんとかなり喋り込んだうえ、そのまま一緒に帰ってきてしまった。絵里さん以外にこの本読んでる人はみたことがないので、かなり実りのある話ができた。

「なにがって、本当の願いがかなったことかな」

「なんのこと?」

 本当などという言い方をされると、まるで僕の言ってた彼女の本を見つけ出すということが本当の願いじゃなかったみたいになるじゃないか。それにこの願いが本当の願いじゃなかったなら、何が本当の願いなんだ?

「分からないなら、まあいいよ。それよりきみ、コミュニケーション下手だね。」

「な、なんでそんなことを…まさか、全部見てた…?」

「うん、もちろん」

 何てことだ…

 完全に二人だと思ってたし、絵里さんは優しいしでなんか普段とは少し調子が違っていた気がする。それを第三者に見られていたとなると…まあ、狐ならいいか。いいのか?

「ねえ、今さらなんだけどさ」

「うん?」

「君って狐だよね?」

「そうだよ」

「人間じゃないよね?」

「うーん、それは秘密かな」

 不思議な狐だ。返答の曖昧さ的に本当に狐なのかは怪しいかもしれないけど。

「君、名前は何ていうの?」

「名前か…」

 狐は少し考える素振りをする。

「きょうこ。みんなにそう呼んでるし、自分もそう名乗ってる」

「そうなんだ。じゃあ、きょうこさん手を貸してくれてありがとね。絵里さんもよろこんでたし、本当に感謝してる」

 僕は、狐に軽く頭を下げた。

「ああ、いいんだ。それより君の願いはもう叶ったってことでいいのかな?」

「…?うん、もちろんだよ、ありがとう」

「そうか…じゃあ…君の魂を頂きます」

「え」



(完)





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