第3話 東風の策略
第3話の更新です!
東風の智謀が冴え渡る?
第3話 東風の策略
「ローズ、お前は俺の頭の中の鍵が欲しい。そうだな?」
「ええ、そうよ。いやだっつっても力尽くで奪うけどね」
「ならその前に私が木枯さんの脳天をぶちまけます」
「・・・・・・だそうだ。ローズ、そこで提案なんだが・・・・・・」
――ネイピアとローズで決闘しないか?
「・・・・・・は?」
「冷静に考えろ! 俺は鍵を預けられただけだ。鍵を巡って争ってんのはお前らだ。だったらそっちで決着つけろやアアアア!」
我ながら正論!
しかもエミリアなんぞ俺に鍵を押しつけておきながらローズの館で風呂に入ってやがった!
「たしかに無辜の虫けらを炭にするのは少々気が引けるわね。劫火の魔女の振る舞いではないわ」
無辜の虫けらって。民草とかじゃないの?
「ちょっと東風ウウウ! ボクを裏切るの!?」
今まで話しについて来れず沈黙していたネイピアが素っ頓狂な声を上げる。俺が裏切ろうとしていることだけは感づきやがったか。
「いや裏切るも何も同盟を結んだ覚えねー!」
「木枯東風。あなたが私に鍵を寄越すというのなら悪くはしないわ」
ローズが俺に向き直る。いやそもそも鍵が何なのかよく分かってないんだけどね!?
「その鍵はね、<王家の鍵>といって、魔術師の王の宝物庫の扉を開くものなのよ」
そう思っていたらローズが説明してくれた。痒いところに手が届く魔女だな。
「宝物庫の管理権はグリーン家にあります。貴女の行為は一方的な強盗です、レディ・フランソワ」
オリヴィアの抗弁。
「あら、それを言うならグリーン家には管理権しかないのよ。にもかかわらず事実上、宝物の使用権まで我が物にしていたのはどこのどなたかしらね?」
俺にはいまひとつ話が飲み込めなかった。
が、分かったことがある。ローズとオリヴィアの話を聞く限り、鍵の所有を巡って少なくとも2つの勢力が対立している。
「宝物庫の管理権はグリーン家にある。けれど宝物の所有権はもとの所有者が持つ。だから・・・・・・」
「剣を持ち出した後であんたたちに届け出さえ出せばいいってことよね?」
言うが早いか、再びローズの炎がネイピアを遅う。
――トーストバリア!
「またそれ? 今度はこんがりを通り越して消し炭にしてあげるわ!」
ネイピアのトーストがローズの炎を防ぐも、圧されているのは分かる。
「くっ・・・・・・!」
焦りの色を浮かべたネイピア。
マーマレードが不足した状態で戦うのはマズいのだろう。何とかしてこの場からローズを退散させる方法を考えなくては・・・・・・!
正直言うとこいつを助ける義理はないが(バターナイフで脳震盪にされた恨み)、それでも昨夜のローズの襲撃から助けてくれた奴ではあるのだ。
幸いにしてローズはまだネイピアのジャム不足を知らないはず。
ならばつけ込む隙はある!
「待て、レディ・フランソワ・・・・・・」
俺はローズに声をかける。
「交渉に応じてくれるって話だったよな? 王家の鍵を巡ってお前とネイピアは決闘する。そうだったな?」
「ええ。だから今こうしてそこのちびっ子をぶちのめして・・・・・・」
「待てよ、お嬢様。お前は決闘の作法を知らんのか」
ピク、とローズのこめかみに筋が走る。今の言い方は彼女のプライドを逆撫でしたようだ。まあ、わざと逆撫でするような言い方をしたんだが。
「決闘にはな、第三者の立会人が必要だ。日時と場所を指定して、その立会人の元で決闘を行う。でないと契約が履行されない可能性があるからな」
「・・・・・・」
「俺の身柄をかけてネイピア・ネースターとレディ・ローズ・フランソワは決闘する。その間、俺は鍵をどこかに隠したりはしないよ」
もっとも隠す方法なんて分からないが。
「決闘が終わるまでの間、頭を故意にぶつけたり、その他記憶をなくすであろうあらゆる行為をしないことを約束する」
「・・・・・・」
「俺からの要求は3つ」
ゆっくりと指3本をあげる。ローズの注意をこちらに集中できるように。
「言ってみなさい」
「一つ。ローズ、お前は俺の身の安全を保障しろ。俺はそもそも無関係だぞ? お前が決闘に勝ったら、
俺はお前が鍵を俺の記憶から取り出すのに協力する。だが俺に危害を及ぼしてはならない」
「ふむ・・・・・・いいでしょう。確かにあんたは無関係よね」
契約成立。そして次の要求。
「お前が侵入時に壊した窓ガラスその他の弁償」
「いいわよ。なんならリフォームだってしてあげるわ。鍵さえ手に入るならね」
成立。
ここまでは通ると踏んでいた。ローズはかなりの金持ちみたいだし、窓ガラス代くらい安いものだろう。今までのは、ローズにとって受け入れやすい条件を言って彼女の油断を誘うための呼び水だ。次が本命。
「最後の要求。エミリア・グリーンを解放しろ」
ローズが鋭い視線を投げかける。
「・・・・・・エミリアは私が拘束したわ。どうして解放しなくちゃいけないの?」
「うーん、何つうかな。元はあいつが俺に鍵を預けたのが悪いんだが、俺は自分を頼ってきてくれた女の子を助けたいクチでな」
少し格好をつけてみる。
「こ、木枯様・・・・・・エミリア様のことをそこまで・・・・・・!」
オリヴィアが目を潤ませている。
「・・・・・・? オリヴィア、どういうこと・・・・・・?」
ネイピア。てめーにゃまだ早い話だったか。
「あのですね・・・・・・」
オリヴィアが耳元でごにょごにょ言うと、ネイピアはひまわりの種を見つけたハムスターのように目を丸く見開いた。
「わかった! 東風ってば、エミリアに下心があるんだ! やーらしー!」
なんか違うぞ? オリヴィア、ネイピアにちゃんと教えた?
後はローズの回答を待つだけだが・・・・・・
「残念ね。最後の条件はのめないわね」
決裂!
「・・・・・・理由は?」
「さすがに要求が多すぎるわね。エミリアはあなたと関係ないじゃない」
「じゃあ、交渉を決裂させてもいいのか?」
「それは困る・・・・・・けど、あんた、オリヴィアに頭割られる覚悟あるの?」
そこなんだよな。
俺がローズに対して使えるカードは記憶喪失による鍵の紛失の可能性をちらつかせること。だがそれは状況を膠着状態にまでは持ち込めても、優位を作るには足りない。
自爆を前提としたカードでは、押しが足りないのだ。
「あなた・・・・・・見ず知らずの少女のためにそこまでできるのかしら? 自分が不利な自覚あるかしら?」
「そっちこそ。お前が欲しい鍵は俺の頭の中にあるんだよ。それを俺らはいつでも破壊できる。質があんのはこっちだぜ」
ローズの端正な顔に一瞬怒気が宿る。
「でも・・・・・・エミリアの解放までしてやる義理はないわね」
クソ。強情だな。
「脳天ぶちまける覚悟を決めるのね、木枯東風。不本意だけどやむを得ないわ。鍵なんて実はそこまで欲しくないのよ、私」
「そうか・・・・・・」
俺は少しうなだれる。
「残念だったわね、王子様気取りができなくて。劫火の魔女はそこまで甘くないのよ?」
交渉決裂。
と見せかけて、実はここからが俺の策略・・・・・・
「では、最後の条件を取り下げ」
「お覚悟! 木枯様アアアア!」
ボカッ!
「いってエエエエエエエ!」
突如視界に広がるスパークと後頭部に炸裂する激痛。オリヴィアが俺を殴ったのだ!
「何すんじゃオリヴィアアアアア!」
「ちょっ、何してんのよオリヴィア! 鍵がなくなったらどうすんのよ!?」
俺とローズが同時に声を上げる。
「えっ? 交渉は決裂では・・・・・・」
「まだ終わっとらんわい!」
これからが策略の本命じゃい! と言いたくなるのを必死でこらえました。
「ちょっとこのバカメイド! 鍵なくなったら私、彼氏にフラれるじゃない!」
いてて、と後頭部を押さえながら。
「と、とにかく聞けローズ、エミリアの件は取り下げる・・・・・・」
「ほう・・・・・・」
「あと彼氏がどうとか言ってたが」
「・・・・・・」
ぷいとそっぽを向くローズ。こっちについては聞く耳持たんらしい。
「エミリアの件は取り下げ、俺の安全の保障と窓ガラス代で決着だ。後は決闘ですべてを決めろ」
「ええ・・・・・・それでいいわ」
「おう。これで交渉成立だな」
「ふふ。エミリアを見捨てるのね」
かっこわるうい、と嘲るような笑みを浮かべるローズ。
本当はエミリアなどどうでもいい。人の額に鍵を埋め込み、自分は肉まん買うような奴だぞ! 劫火の魔女に蒸し焼きにされてしまえ!
「ああ・・・・・・最後の条件は取り下げよう。その代わり日時の指定くらいこちらにさせろ。来週月曜日の昼休み、俺の高校に来い・・・・・・」
「来週の月曜日、あんたの学校ね」
「学校の場所は・・・・・・」
「いいわよ。それくらい手下たちがとっくに調べてるから」
ローズは踵を返し、ひらひらと手を振ってみせる。
「じゃあね、バーイ。窓ガラス代だけど、好きな女の子を売った惨めな男を哀れんで、少し多めに払ってあげるわね。お釣りは取っておくといいわ。確定申告は自分でやるのよ?」
相変わらず税制にうるさい魔女だが、ポフと札束を放り投げる様はレディの風格である。
後にはローズの高笑いだけが残る。
と、いうわけで。
レディ・ローズ・フランソワ、バンザーイ!
俺の策略は成功した。
第3の条件、エミリアの解放。
これは罠だ。決裂してもよい、というより決裂を前提とした撒き餌。
本命は、最後にさらりと申し出た日時の指定だ。
ネイピアのマーマレードを補充する時間を稼ぐためには、今ローズと戦うわけにはいかない。だが彼女に「退却してくれ」とは言えない。こちらの弱みに気付かれるからだ。
そこでエミリア解放の条件をわざと決裂させ、それをしぶしぶながら引っ込める。ローズに優越感を味わわせた状態で、日時の指定だけを交換条件に持ち出す。
・・・・・・プライドの高いお嬢様は、『好きな女の子を売った惨めな男を哀れんで』、日時の指定くらいは呑んでくれるだろうよ。
彼女が高笑いを残してこの場を後にしたとき。
<マーマレードの魔女>ネイピア・ネースターのジャム切れを突く、千載一遇の好機をも逃してしまったのである。
お楽しみ頂けましたでしょうか?
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