第一話 マーマレードの魔女!
遅れましたが続きです!
読んでくださっている方、ありがとうございます!
第1話 マーマレードの魔女!
劫火の魔女レディ・ローズ・フランソワの襲撃を受けた俺の元に、エミリアの寄越した護衛、マーマレードの魔女ことネイピア・ネースターが現れた!
残念ながらその後の記憶はない。
どうも気を失っていたようだ。
視界が紡錘状に少しずつ広がり、トンネルの出口のように白い光で埋められていく。
まず見えたのは乳白色の壁。いや、天井だ。
もしかして身体は既に炭化したか? と心配したが、首から下にぬくもりを感じるあたり、まだ炭にはなっていないらしい。
首元にもこもことした心地よい感触。愛用の毛布の肌触りはすぐに判別できた。
つまり俺は自分の部屋に寝ているのだ。寝かされている、と言った方が正確か。
「あ、起きた? 東風ー」
聞き覚えのあるソプラノボイス。
あの晩、俺を劫火の魔女から守ってくれた少女の声。
「き、君は・・・・・・」
「ネイピア・ネースター。エミリアから遣わされた東風の護衛だよ!」
マーマレードの魔女はひまわりが咲いたような笑みを向ける。
ローズは貴族的な風貌の美人だったが、ネイピアは飾り気のないあどけなさが魅力のかわいい系である。守ってあげたくなるタイプだが、戦闘力の高さは証明済みだ。
「東風はね、昨日ローズが逃げた後、気を失っちゃったんだ。たぶん、ローズの魔法のダメージが残ってたせいだと思うんだけど・・・・・・」
いや、あんたのバターナイフが当たって脳震盪を起こしたからじゃないかと思うんですが・・・・・・
「そのまま一晩中起きなかったけど・・・・・・でも安心して! 今日は土曜日だよ! 学校はないんだ!」
そういえばそうだったな。
やれやれ。ひとまず状況を整理する時間くらいはありそうだ。
ネイピア・ネースター。マーマレードの魔女。
<王家の鍵>を預かる庭園の魔女エミリア・グリーンが俺の元に寄越した護衛。
改めて彼女の姿を見る。
第一印象はなんかハムスターっぽい、である。身長は150に届かず、童顔で少し頬がぷっくりしており、目も栗の実を埋めたように丸い。オレンジ色の髪は背中まで伸びており、紺色のブレザーとチェック柄のスカートを着ている。
率直に言うとかわいいけれど、なぜかあまり女性的魅力を感じない。要するに、あるべきものがないというか。起伏とか凹凸とか隆起とか。あまりにも真っ直ぐな胴体がオレンジの髪と相まってマッチ棒のように見えるというか。
「東風ー? なんかすごく失礼なこと考えてない?」
「い、いや別に」
こいつ真実の火使えるのか? 使えたらヤバいな。
「ボクはね、東風を守るためにここに来たんだよ! だからね、東風はボクの側から離れちゃダメなんだよ!」
かわいい女の子に離れないでと言われたら嬉しいはずなのに。
「ネイピアは・・・・・・俺の護衛になってくれるのか」
「うん!」
「エミリアは? あいつはどうなったんだ?」
元を正せばエミリアが発端だ。あの後、逃げおおせたんだろうか?
「エミリアは・・・・・・」
ネイピアは一瞬視線を落とした。
「ローズに捕まっちゃったみたい」
「そうか・・・・・・」
するとエミリアは、俺を逃がすために一人で囮になってくれたってことか? だがローズはエミリアを見失ってたはずでは・・・・・・
いや、待て。
「ネイピア。なんでお前はエミリアが捕まったって知ってるんだ? 見てたのか?」
一瞬、最悪の可能性が脳裏をよぎる。すなわち、こいつ自身がエミリアを付け狙っているか、ローズの手下という可能性・・・・・・!
「だってメッセージ来てたもん!」
「・・・・・・は?」
ネイピアはピンク色のスマホを俺に見せてくれた。
ごめんねネイピアちゃん泣
私、捕まっちゃった(てへ)
撒いたとおもったんだけどなー★
コンビニで肉まん買ってたら鉢合わせしちゃったの笑
「・・・・・・」
何ですかこのふざけた文面は。
俺の額の痛みを返せ。
コンビニで肉まん買ってんじゃねー!
「これがエミリアのTL!」
ローズちゃんちマジ広くて感動! お風呂も超広いよ!
ピースサインで自撮り写真を撮っているエミリアの姿。
こいつら敵対してるんじゃなかったの?
ていうかエミリアさんて意外と現代っ子だね!
「これからたぶんローズたちが襲ってくるよ! いっしょに<王家の鍵>を守ろうね!」
おー! と気合いを入れるネイピアの隣で俺も力なく拳を挙げた。
なんだか今ひとつやる気にならない戦いである。
――ネイピア・ネースター
王家の鍵を託された俺を守るためにエミリアが派遣した護衛。またの名をマーマレードの魔女。
彼女の瓶にマーマレードが残っている限り、俺の身柄は保障されるらしい。
ところで。
「肝心のマーマレードがもうほとんど残ってないんですけど!」
ネイピアが持ち運ぶ瓶にはもはや底面にわずかにこびりつくほどのジャムしか残っていない。下から透かしてみると問題なく蓋の裏の製造番号が読める。
「うーん・・・・・・マーマレードを作らないとね」
是非そうしてくれ。俺の命がかかっているのなら。
「でもね・・・・・・ボク、マーマレードの作り方分かんないんだよね!」
てへ、と舌を出すネイピア。
・・・・・・はい?
「ネイピア・・・・・・てめーの二つ名を言ってみろ」
「マーマレードの魔女、だよ!」
「そうかそうか。それで、さっき貴様、何とぬかした?」
「マ・・・・・・マーマレードの作り方が分かりません」
てへ、じゃありません。ウインクしてもダメです。
劫火の魔女レディ・ローズ・フランソワはその名に違わず火を操った。本多忠勝はその名の通り家康のために軍功をあげ続けた。
然るに、ここな下郎は、マーマレードの魔女を名乗っておきながら、マーマレードが作れないだと?
「だ、だってだって! タイ焼きの中にタイは入ってないじゃん!」
「そういう問題じゃねー! てめー言ったよな!? この瓶の中にマーマレードが残っている限り・・・・・・って! 今すぐ作れ! でねーと俺の身が危ういんだよ!」
手伝ってやるから、としょげるネイピアをキッチンに向かわせる。
「さて、、マーマレードの作り方だが・・・・・・」
この情報化時代、マーマレードくらいレシピサイトを見ればすぐに作れる。
「まず材料。何が必要かくらいは分かるんだろうな?」
「うん! 羊羹とコンクリート!」
・・・・・・?
率直な疑問なのだが、こいつは今までどうやって生きてきたのだろう?
とはいえ、愚かな生徒であってもバカ呼ばわりすればすぐにパワハラと騒がれる昨今である。俺は可能なかぎり紳士的な態度でネイピアの言い分を聞いた。
彼女の供述によれば。
およそ人の世に出回る食品というものは、すべからくこれ加熱すれば色を変ぜしめるものなり。黒いエビは赤くなり、赤い肉は黒くなるものなり。ゆえに、橙色のマーマレードは火にかける以前は黒いものと考えてよろしい。味は火をかけてもあまり変わらないであろうから、黒くて甘いものが材料と愚考した次第。したがって、マーマレードの材料は羊羹である。
「・・・・・・」
百歩譲ってその推論は認めてやらんでもない(認めたくはないが)。
で、コンクリートは?
――固まる前がジャムに似ていると思ったから・・・・・・
そうかそうか。
「お前の作った料理は絶対に食わない」
ネイピアの頭の中には脳の代わりにピーナッツバターかコンクリートが詰まっているのだ。
しかし、一つ疑問が残る。
ネイピアがまともにマーマレードを作るなど、金魚がアヴェ・マリアを歌うくらいあり得ぬ話だが、そうすると今瓶の中に残っているマーマレードはどうやって作ったのか。まさか市販?
「魔法のマーマレード・・・・・・とかじゃねえの? 市販でいいならすぐに・・・・・・」
そんなことを言っていると、ふわりと部屋のカーテンが揺れた。白い布がはためくその奥に、人影が垣間見える。
「探しましたよ、お嬢様。マーマレードが足りなくなるところでしたでしょう?」
そこにいたのは、英国風の上品なメイド服に身を包んだ少女。小柄でやや童顔だが、なぜか品格を感じさせるのは服装と所作の優雅さゆえか。
「オリヴィア!」
人様の家に不法侵入したメイドのことを、ネイピアはそう呼んだ。






