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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第二章 波音に叫ぶ
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1

俺が食事に誘ったあの日から二日、栄香さんとは会っていない。どころか少し前まで毎日のように行っていた神社を避けるようになっていた。

理由は恐らくあの日に見た瞳の強さや話し方だ。俺はあの時、初めて女の人の強さのようなものの存在を知った気がした。好奇心のようなものなのか、シンプルに魅了されたのかは知らないが近づきたいとも思った。だけど触れると怪我をしそうで俺は仕方なく距離を置いている。

相反する気持ちに揺れてどうすればいいのか分からなかった。相談しようにも周りに栄香さんのような人は存在しないように思えた。深く関わったことのある女の子が俺にいないせいかもしれない。だけど、教室という空間にはそれなりに長くいたつもりだ。そこには大体同じ数の男女がいる。教室で激しく我を出す人や静かに泣く人もいた。告白が行われて結ばれたのを見た時もあった。

それでも栄香さんの強さは見たことのない強さだ。

ーーそもそも会う約束もしてないし。

俺はあの神社で栄香さんに話を聞いてもらい、一度軽く食事をしただけ。お互いにとって多分それ以上でもそれ以下でも無い関係。大きな変化や特別な事などいつだって起こらない。ドラマや映画の話じゃ無いのだから。


「時間です。テスト用紙を後ろから順番に回収してください」


教卓に立った担任が淡々と言う。

今日から日曜を挟んで来週二日間が試験期間だった。

俺は回ってきたテスト用紙と共に自分の用紙重ねて前へと送る。解答率はかなり悪い。赤点はないだろうけれど七十点はない。おそらく五十点前後。

恐らく理由は二つ。

神社に行かなかった時間をスマホゲームとSNSで使い潰したから。それとテスト期間中と伝えたにも関わらず店長にシフトを入れられたからだ。

ーーいや、それは言い訳か。

バイトが入っていようがいまいが多分勉強はしていない。結局スマホゲームとSNSだ。目標無く勉強出来る程、お利口さんではないのを俺が一番よく知っている。


「また親に心配されるな」


騒つく教室で小さく呟いていたら、ため息が出た。

じゃあこれからテスト勉強をするのかと言われれば違う。今日もこの後はバイトだった。土曜日が一番うちの店ではキツい。厄介な客も増える。

ーーあー嫌だ。


「どうだった試験?」


後ろに座っているクラスメイトにそう話しかけた声が聞こえた。

俺だってあいつがいれば分からない所にどれだけ下らないものを書けたかの話をしている所だ。今はもうそんな馬鹿げた事をする意味もない。

ーーそういえば去年はテスト勉強したな。

放課後、ファミレスで喋りながらテスト勉強と称し遊んだ事を思い出す。あの時は帰ってから勉強した。あいつに勉強で遅れを取りたくなかったからなんだろう。

懐かしい思い出に浸っている内に今日の試験が終わっていた。多分どれも赤点はない位の点数だろう。実に俺らしい。


「おざまーす」


「おはよ」


先輩に軽く頭を下げて事務所に入りロッカーから制服を取り出す。暗い灰色のシャツに黒のベスト、蝶ネクタイを首につけてホールへと向かう。バイト先は個室の肉寿司屋で壁の低いネットカフェみたいな作りをしている。全体的にホールは暗い。仕切りの壁は黒く、照明も抑えられているからだ。

金の文字や壁の方で飾られた草花が高級感を演出しているけれど、値段はそこらの焼肉屋のコースと大差ない。お肉の質もお客の質も値段通りだ。

ーー安くて薄いお肉に狭い店内。

この店のレビューにあった。俺もその通りだと思う。実際ここの食べログの評価は3.1と低い。


「高校テスト期間中でしょ?大丈夫なの?」


ホールを眺めていると先輩から話しかけられた。弟が俺の高校の一個下にいるのでテストの事を知っていたのだろう。


「いやーダメですね」


苦笑いしながら言う。


「ヤバいじゃん。何やっての」


タハハ、と力無く笑いお客に呼ばれたので向かう。

ヤバくはある。ただ勉強するやる気も起きない。

ーー俺は今後どうするのだろうか。

このままバイトを続けてフリーターとか。

そんな事を考えながらお客から料理の注文を受ける。「ごゆっくりどうぞー」と言いつつ個室の扉を閉めて厨房の方へと向かった。

ホールの端に厨房へ繋がる窓があり、そこから作られた料理が出てくる。

窓の奥で相変わらず厨房の人たちが忙しそうに右へ左へ行き交っていた。厨房はホールより明るくて、皿と皿のぶつかる小さな音が絶えず鳴っている。

しばらくホールを見ながら待っていると料理が出てきた。

俺は「ありがとうございまーす」と手を伸ばす。


「あれ今日青いるの」


窓の奥から別の高校の同級生が俺に声をかけた。同時期にバイトを始めた知り合いで、ここのバイト先で多分一番仲がいい。


「いるよ」


「そっちの高校テスト中じゃ無いの?」


「テスト中、そっちは?」


「テスト中、でもバイト入ってたから」


「うん。俺も」


顔を見合わせて笑う。多分厨房の彼と同じような苦笑いを俺も浮かべている。

それから料理を出しているとまた呼ばれた。男性二人組の所で何度も何度も小さな事で人を呼ぶ。

ーー全部まとめて言ってくれ。

そんな言葉、口には出せないので喉の上から押し込んで蓋をしておく。

失礼します、と扉を開けた瞬間から張り詰めた空気でわかった。キレている客の雰囲気だ。

上座に座るイカつい目つきにオールバックの男性が「ねぇ、これ」と指差した。

見るとコースについてくる茶碗蒸しがあった。

他のものは全部食べたらしい。さっき提供したばかりなのに早い。机に皿が散乱している。


「こちらの茶碗蒸しがどうかなされましたか」


パッと見た感じ割れていたりといった具合には見えない。


「中にさ、プラスチック入ってたんだけど」


「…それは大変失礼致しました」


そう言いながら頭を下げ今日は厄日だな、と思う。料理に異物混入は大問題だ。おそらく店長がかかりきりになるだろう。酒が入り強気になっている。穏便に済ましてくれそうなタイプには見えない。


「これ」


と、突き出された艶のある黒い器の茶碗蒸しを受け取る。

底の方に淡い黄色の茶碗蒸しから飛び出した透明な薄いものが見える。完全な透明というわけではなく縁の方に赤みがある。丸く曲がった感じといい質感といいプラスチックよりも真っ先に思い浮かぶのは海老の殻だった。


「少々、お待ち下さい。中に確認して参ります」


受け取り扉に手をかける。


「あのさー確認とか良いからさぁ!」


バンッと机を叩かれ、ガラスの食器が僅かに跳ねて高く不快な音を出す。


「危ないよね、こんなもん食ったら」


「はい。そうですね」


「そうですねじゃっねぇだろ!舐めてんのか!」


今度は固定されている机を蹴り上げた。再び食器がぶつかり高い音を鳴らす。隣の席から「なに」と困惑した声が上がった。勘弁してくれ。と、いうか手前に座っている人はニヤニヤしてないで彼を止めてくれ友達か同僚だろ、などと現実逃避もしていられない。

取り敢えず今は店長か誰かが事態に気がつく事を祈るしか無かった。この場から当分離れさせてはくれないだろう。


「お前ん所は客にプラスチック食わせてんの?」


「いえ」


「じゃあ何で入っての。おかしく無い?これ以外にも料理にプラスチック入ってたかもしれないだろ?」


俺は頭を下げたまま黙っておく。

そもそもプラスチックでは無いと思うけれど、否定はできない。


「だんまり?へぇ、食わしたって事?」


「いえ」


「うわ、俺プラスチック食ったわ」


怒り心頭の彼が前の方にいる男性に茶化すように言って話しかけた。


「それはもう料理じゃないね。ゴミだね」


喋ったと思ったらサラッとゴミと言い切った。俺は中で調理をしている人の顔を同級生のあいつだけじゃなく、ほとんど知っている。一年ほどの付き合いも一応ある。お客のために開店前からやってきて仕込みだってしているのだ。

ーー黙れよ。

そう言って掴みかかってしまえればどれだけ楽になれるだろうか。

ふと、思い浮かぶのはキレて突き飛ばすあいつの姿だった。


「警察呼んどく?」


挑発するような物言いだ。俺はなんとかイラつきを抑え込みながら表情を作り顔を上げる。


「一旦、中に茶碗蒸しを持ち帰ってよろしいですか」


沸々と煮えたぎる感情に上から蓋をして出てくるなと願う。上から押し込んだ蓋がグラグラと揺れている。もう俺の感情は十分に煮立っていた。


「は?何で」


出てくるな、と叫び出したくなる。

強く強く押し込んで…


「これはプラスチックではなくエビの殻に見えますが」


言った瞬間、顔に水がかけられた。制服の襟元が重く冷たくなる。コップに入っていた水のようだ。

垂れた前髪から滴り落ちていく水を見ながらやらかしたな、と今更冷静になる自分がいる。


「表行くぞ」


男性は立ち上がり俺の肩を掴んだ。不満でパンパンの風船に平静さを装った表情が描かれている。

今は萎んでいる俺の顔もさっきまでこんな顔をしていたのかもしれない。

ーー終わった。言うべきじゃ無かった。


「どうかされましたか?」


正面玄関から出て行く時、店長の声が背後からして振り返った。

店長は忙しなく視線を動かし慌てた様子でこちらの方を見ている。

そのさらに後ろでは個室から首を伸ばして俺たちを見ているお客が何人か見える。


「ちょっと彼とお話ししてくるから」


そう言って手前にいた方が店長の前に立ちはだかり肩を抑える。その動きがどこか手慣れていた。器用に進もうとする方向に先回りして体を入れている。


「あの、困ります」


「話すだけだから」


そんな会話が少しずつ遠退いて行く。俺はずっと肩を掴まれたままだ。気持ち的には引き摺られている方が近い。

俺の目の前で透明な自動ドアが無慈悲に閉まる。

暗いと思っていた店内はこんなにも明るかったらしい。

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