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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第一章 一欠片の茄子
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6

あれから一人電車に揺られて家に帰った。俺は道中ずっと栄香さんの言葉を考えていた。言っている意味は分かる。けれど、上手く飲み込めない。

結局飲み込めないまま眠りにつき翌朝、お金とお金のぶつかる音を聴いて目覚め学校へとやってきた。

クラス全員が俺の早退を知っていた。もちろん全員に聞いた訳ではない。けれど教室に入った瞬間から「なんで?」「何がしたいの?」という視線を感じた。どれも頭に「私は我慢して学校に残ったのに」という言葉がついている気がする。

俺はさっさと荷物を置いて廊下へ出た。

澄み渡った青空がガラス越しに広がっている。俺は自分で開けた窓の縁に腕を乗せて緩く湿った風を感じていた。息の詰まる教室より廊下の方がまだ息をしやすい。


「青は昨日なんで帰ったの?なんかあった?」


そうしているとクラスメイトの女子生徒が俺に声をかけてきた。サラッと隣に入り込み同じように窓の縁に手を掛ける。一応彼女とは何度か話した事がある。多分、お互い仲は良くない。


「なんもないよ。帰りたいなーっと思って帰った」


「えーやめなーそういうの。午後の授業で班活動あったから班の人たち迷惑してたよ」


「はいはい」


「適当かよ」


彼女は呆れたような苦笑いを浮かべている。

適当だ。頭の中ではポツポツと浮かんでいる言葉。でも、それを口にすれば()()()()のようなただ単語の羅列に変わってしまう。伝わらないのなら言わない。きっと誰だってそうだ。


「青が羨ましいよ。自由でさ」


俺は自由なのだろうか。彼女の言っていることの意味がよく分からない。

飲み込めない言葉が最近やけに続く。いずれ大人になればこれも飲み込めるのだろうか。


「俺はクラスメイトと上手くやれる方が羨ましいよ」


彼女みたいに。

高校二年の始業式の日。俺は彼女のSNSに上がったクラスメイト達でファミレスに行ってる写真を思い出す。楽しそうだった。


「絶対嘘。そんな事考えてないでしょ」


彼女に笑われる。


「どうだろう」


「適当かよ」


俺は「適当だよ」と言って彼女から目を逸らした。

廊下の先から担任が歩いてきている。多分昨日の事の説教だ。


「あっじゃあ、夏休み花火みんなで行くからさ、青も行かない?結構クラスメイトくるし…あっ(サキ)ちゃんもくるよ!」


咲ちゃんって誰だっけと考え思い出す。一年時あいつがいた頃に関わりがあった今、隣の席の子だ。この感じ何故か仲がいいと思われているのかもしれない。実際、二年に上がって数回話したくらいで最近は全く関わりがないのに。


「なんなら二人きりにしようか?」


彼女は自分良い事してる風に言った。


「多分、行けない。お盆だから実家に毎年帰ってる」


「えー咲ちゃん悲しむぞ」


俺は「悲しまないだろ」と苦笑いする。俺が来なくて喜ぶ事はあっても、悲しむ事はない。そもそも彼女がそこまで推す理由は何だ。クラスメイト版バチ○ラーでも作って見たいのだろうか。だったら残念ながら俺が誰かに好意を(いだ)くなんて有り得ない。別の人を探すべきだ。


「夜越くん少しいいですか」


俺は「はい」と頷き彼女から離れて担任の元へと歩いた。

担任からは放課後、生徒指導室へ来るよう言われ憂鬱なまま一日授業を受けた。その間、花火大会の事もついでに考え、結果やはり行く気にはなれなかった。俺は彼女が羨ましくないのかもしれない。適当だ。

結局、放課後の説教から解放された頃には外はすっかり夕暮れ時になっていた。そこから神社へと向かい夜の虫達が鳴き始めた森を抜け鳥居をくぐると


「あれ?」


栄香さんがいつもの場所で座っていた。


「今日は遅いんですね」


と、近づいて見ると栄香さんはなんだかいつもと様子が違った。

電子タバコをふかし、横に置かれたビニール袋の中には缶のお酒が見える。酔っているのか顔も少し赤らんでいる。


「違う違う。今日は仕事休みなの」


栄香さんは電子タバコを持っていない方の手を左右に振った。


「勉強しようと思って外出たけど、タバコ買うついでになんとなくお酒も買っちゃて、ここにいる」


流石にスタバじゃ飲めないからさー、と言って笑っている。俺も「それはそうですよ」と合わせて笑った。きっと自由というのは俺ではなく栄香さんのような人の事を言うと思う。

俺はそうだ、とポケットからスマホを取り出しながら


「これ兄貴の使ってる参考書です」


と、今朝撮った写真を差し出す。


「おっありがとー!エアドロで送ってー」


「送りました」


「来たっ!ありがと!青くんは今まで授業?」


いえ、と俺は首を横に振って少し今日は遅いことを説明する。

栄香さんは最後まで聞いた後、電子タバコを一度吸ってふかし「まぁ仕方ないよ。ルールだし」と、ニッと小さく歯を見せて笑っていた。

俺は「まぁそうですよね」と頷く。


「栄香さんタバコ吸うんですね」


「うん。吸うよー電子だけだけど」


「タバコって美味しいですか?」


栄香さんは俺の方に視線だけ軽く向けて「いや」と表情を変えずに言う。

それから一度、電子タバコに口をつけてふかす。


「でも、これが私の補助輪だから」


栄香さんは冗談のように笑いながら言った。


「もう片方の補助輪はこれ」


と、ビニール袋を掴んで掲げている。


「まだ補助輪がいる()()だから」


もう一度「バブ」と口にしてケラケラと一人で笑っている。


「俺からは大人に見えますけど」


自然と声に出していて俺はしまったと口を塞ぐ。

俺の意見は栄香さんの意見の全否定だ。冷や汗が落ちていくのを感じながら俺は栄香さんの表情をチラリと伺う。

栄香さんは俺の方を見て「そう?」と首を傾げながら何気なく言う。


「じゃあ背伸びしてよかった」


と言って寂しそうな目をしながら口角を上げた。

背伸びしてよかった、と栄香さんは言った。栄香さんは自分のことを補助輪のいるバブだという。

だけど、俺から見れば颯爽と歩く後ろ姿に背伸びや補助輪の影は見えない。

「青が羨ましいよ。自由でさ」とクラスメイトから言われた時、俺はあんな表情をしていたのかもしれない。


「わかんね」


頭の後ろを乱暴に掻く。俺の発言は間違っていたのだろうか。

ふと、栄香さんと視線があった。

いつのまにか周りは大分暗くなっている。空には星が散らばって、虫の声もすっかり夜バージョンに変わっている。五月蝿い蝉はもう寝たようだ。

一瞬、二人に無言の間が空く。俺が何か話しかけようと口を開きかけた時だ。


「でもさー青くんが来てくれてよかったよ」


「え」


栄香さんは「ここの境内って」と言いながら顔を上げて境内の方を見ている。


「飲むのに一人じゃちょっと広すぎるよね」


俺も同じように境内を眺めた。

石畳の道と砂利。背後にはゴテゴテした拝殿があるけれど、こう見ると鳥居と木の賽銭箱くらいしか無い。


「寂しい境内ですね」


「うん。私、自分の部屋ですら広いなって思うもん。狭いけど」


どっちなんですか、と笑ってツッコんだ。


「こんなに広いなら誰か一人くらい境内で踊っててほしいよね」


「え」


俺は栄香さんの方を見る。

栄香さんは俺の方を見てニヤリと笑った。


「酔ってます?」


「そりゃあ休日ですからね」


「へー…普段の日は?」


「よく喋ってよく笑うようになるけど酔ってない。酔えないよ、お店じゃ」


どこか遠い所を見ているような表情をしていた。

けれど俺は「え」と言ってしまう。


「酔ったらいつもより()喋るんですか」


「私をなんだと思ってる?」


俺は顔を逸らした。そうなのか。普段の状態で結構話すタイプだと思っていたけれどあれでもまだ抑えている方らしい。言われてみれば確かに一緒にカフェに行った時は話していなかった。


「じゃあ逆に飲んで無い日がないんじゃないですか」


「話逸らしたな?」


栄香さんは不服そうに口を尖らせている。俺はそれを苦笑いで誤魔化した。

「あるよ」と呟く声がやけに小さくて俺は栄香さんの方へ急いで視線を移す。

栄香さんは虚な目で伸ばした足の靴の先を見ていた。先ほどまでと様子がまるで違う。


「飲んだら今日は死ぬなって日」


小さくボソリと呟く。

俺は聞きなれない、いやよく聞いているし、よく目にするはずのニ文字に怯んだ。


「嘘嘘、休肝日。あるからちゃんと」


栄香さんは顔を上げて俺の方を見る。その顔はまるで笑っているように見えた。

どうやら俺は遅かった、らしい。 

ーーあれは地雷だったのか。


「栄香さん。次飲む時教えて下さい」


「え?なんで?飲まさないよ?君はハタチなってからね」


栄香さんは目を丸くしながら的外れなことを言っている。


「違いますよ」


俺はため息をついた。


「お酒は楽しく飲みましょ…まぁ最悪…俺、踊るんで」


突然、栄香さんが吹き出すように笑う。それから体を左右に揺り動かして口を大きく開け屈託のない笑みを浮かべている。それはもうなんの遠慮もない大笑いだ。

そんな栄香さんを見ながら俺は言わなきゃよかった、と頷いた。

しばらくして


「あーおっかしぃ。きみぃ面白いねぇ」


と、栄香さんは両目に浮かんだ涙を拭っている。


「そうですか」


と、顔も見ずに適当に言う。

俺はもうさっきの地雷を踏んだ事に対する償いのような気持ちは一切無くなっていた。


「君は優しいね」


「初めて言われました」


また栄香さんは少し笑って「もーお腹痛い」と苦しそうにしている。


「こりゃまたどっか私の奢りだな」


「いえ次は俺が出すんで。バイトもしてますし」


「おー本当に?」


俺は「はい」と頷いてスマホを見る。ここに来てから大分時間が経っている。どうりで暗い訳だ。


「まだ暇ならこの後どこかご飯行きませんか?」


俺は栄香さんの方を見る。

確か財布には奢れる位のお金が入っていたはずだ。

ファミレス、ハンバーガー、ラーメン…うどん屋とか。


「暇暇!暇です!お腹空いた!」


栄香さんは俺の方へ勢いよく手を上げた。見つめてくる目が輝いているように見える。

酔ってるな、と小さく笑いながら思う。無邪気な様子に気が抜けた。


「じゃあ良かったです」


「どこいくの?」


「そこのラーメン屋とか」


俺は鳥居の方を指差す。

街の区画の角にある俺がよく行く家系のラーメン屋だ。


「うーん。良いね!」


栄香さんが「ビールもたーのもっと」と腕時計を確認し立ち上がった瞬間だった。

電話が鳴っている。自分の手に持っているスマホは光っていない。嫌な予感がした。掛かってくる電話はいつだって良い事が無い。


「あっはい。はい。お疲れ様です」


栄香さんが素早くスマホをバックから抜いて耳に当てた。

真剣な表情でハキハキと丁寧に話している。先程までの呂律の怪しい喋り方が嘘のようだ。どこか近づけたと思った距離がブチリと毟り取られるように開く。ボタンのつけ糸が未練たらしく栄香さんの方へと伸びていた。


「あぁ…わかりました。大丈夫です」


栄香さんはしばらく話してから何か時間を言って通話を切った。


「ごめんね。仕事だ。人が急遽来れなくなったんだって」


「あぁいえ。それならまた誘います」


今度は怯むことなく言えた気がする。多分何も気にしていないような表情も上手く作れたはずだ。

多分、さっき少しだけ準備する隙間があったから。


「うん。ほんとごめんね」


そう早口で言って栄香さんはスマホをしまう時間すら惜しいようで足早に鳥居の方へと向かっていく。

鳥居の方へと顔を向けるその目つきがあまりにも鋭くてナイフでも目に宿っているかのように見えた。近寄ることも手を伸ばすことさえも拒む、そんな目。大きく半円を描いた二色の髪が去っていく背中へ緩やかに着地する。


「あーもしもし、タクちゃーん。助けてー」


そんな声と共にゆっくりと栄香さんの頭が石段へ沈んでいった。

お互いに隣に座っているだけの人だろ。


「…あぁ」


そんな情けない声がだだっ広い境内に響いた。

ここまで読んで下さりありがとうございます。

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