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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第一章 一欠片の茄子
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5

それからフッと笑って「君は強いね」と俺の目を真っ直ぐ見ながら言った。

何の事を言っているのだろう。筋力は無いし、喧嘩だってした事ない。メンタルだって強く無い。実際、学校から逃げ出している。


「何の話ですか」


「孤独に戦ってる」


「別に…」


俺は戦ってない。現実から目を背けて逃げている。それは戦いじゃなく敗走だ。

それに家に帰れば兄貴と両親がいる。


「スパークリングワインとピスタチオです」


いつの間にかテーブルの横に立っていた店員さんが静かに頼んだ物を並べていく。グルグルと思考してきて声がするまで気が付かなかった。

テーブルの上に置かれた白ワインの中に細かな泡が浮き上がっている。綺麗でおしゃれだ。

栄香さんはそれをほっそりとした指でつまみ「乾杯」とグラスを傾けて言った。


「うん、美味しー」


栄香さんは一口軽く飲んでピスタチオに手をつけた。ペキッと殻が割れて緑の実が出てくる。剥がす動作が手慣れている。


「君も食べなよ。多分、もう少し時間かかると思うから」


俺も皿から一つ取り割って口に入れる。きな粉みたいな優しい味だ。


「叫べない人も逃げ出せない人もいる。私もそうだった」


栄香さんはそう言ってから「だから君は強いよ」と微笑んだ。その顔はなんだか少し寂しそうに見えた。

俺の気のせいだろうか。


「どうも」


俺は軽く頭を下げる。

それから黙々としばらくの間、ピスタチオを食べていた。


「こちら、夏野菜のポモドーロとなります」


トマトパスタがテーブルに置かれる。トマトの匂いがうっすらと立ち上る湯気と共に香る。

写真で見るより実際きたパスタは少し大きめだった。多分シェアするための量だ。


「この上に乗ってる野菜ってなんですか?」


栄香さんが運んでくれた店員さんに聞いていた。


「こちらはししとうと茄子になっております」


「トマトに茄子にししとう、夏野菜尽くしなんですね」


「はい。見た目も鮮やかで味も抜群です。白ワインにも合いますよ」


俺は弁当を食べた後なのに、既にパスタを早く食べてみたくて仕方なくなっていた。

ただ和やかに話す二人を邪魔するわけにもいかず、ジッと待つ。


「じゃあ後で彼からちょっといただきます」


そう言いながら栄香さんが一瞬、俺の方を見ていた。もちろん、幾らでも食べてもらって構わない。


「はい。是非」


店員さんはにこやかに去って行った。


「美味しそー良い匂いだね」


「そうですね」


俺は蔓で編まれたようなカトラリー入れの横にある白い皿を取ろうと手を伸ばす。


「あっ大丈夫」


そう言って栄香さんは一欠片の茄子をフォークで刺して口に入れた。それからワインを口にする。


「おー美味しい。確かに白に合うね」


グラスをゆっくりと置きながら小さく頷いている。


「終わりですか?」


「うん。ありがとう」


今ガッツリ食べられない、と先に言われていたこともあり俺は若干の申し訳なさと共に残りを黙々と食べた。食べる時にハーブが香り食欲をかき立ててくる。口に含むと暖かいほぐれたトマトの甘みを強く感じる。塩とトマトソースというシンプルな味付けが茄子とししとうの甘さを引き立ているような気がした。


「美味しい?」


「美味しいです。トマトは結構甘いんですけど、パスタの塩加減でちょうどいいです」


「良かった。ゆっくり食べなー」


「はい」


それから栄香さんはピスタチオを摘みながら、ただ俺の食べる姿を眺めていた。

その顔はとてもリラックスしているように見える。俺は何故だか幸せそうで良かった、となんで幸せそうなんだ?という両方を感じながらパスタを食べた。


途中、栄香さんが「やっぱり制服につけたか」と俺を見て笑っていた。

それくらいしか俺がパスタを食べる間、栄香さんと話した事はなかった。


食事を終えてデザートを断り店を出る時、栄香さんが奢ってくれた。

さっさと会計を済ます栄香さんに「出します」と声をかけた。けれど栄香さんは「私が誘ったんだから」と微笑んで言う。それでピッで会計が終わっていた。

俺は店を出て「ご馳走様でした。次は奢ります」と頭を下げる。

栄香さんはアハハッと声に出して笑った後「楽しみにしとく」と言った。


「じゃあ私すぐそこだから」


栄香さんはビルを出てた所で立ち止まる。

どうやら駅とは反対側の方にお店はあるらしい。


「ありがとうございました」


「うん。私も楽しかったよ」


俺はずっと頭の端で気になっていた事を言おうか言うまいか悩んだ。このまま何事もなく帰ってしまえばもう聞く事はないような気がするその質問。いつもなら流していたような気がするそれを俺は口にした。


「どうして誘ってくれたんですか?」


栄香さんはただ一言、囁くように言った後、お店のある方へと去って行った。


「君の青さは尊いものだから」


栄香さんのスラッとした後ろ姿がスーツ姿の人や背の高い外国人に紛れてやけに遠くに見えた。

ここまで読んで下さりありがとうございます。

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