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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第一章 一欠片の茄子
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神社の鳥居を抜けると栄香さんが昨日と同じ場所に座っているのが見えた。昨日と変わらず本を読んでいる。本当にちょくちょくくるんだな、という納得と少しの安心があった。不思議な感覚だ。

近づいてもジッと本を読んでいる栄香さんに俺は「こんちわ」と声をかけた。栄香さんは顔を上げ軽く俺の全身を見る。


「あれ?えーと青くんか。また制服じゃん。どうしたの?」


「学校から逃げてきました」


「え、なんで?」


怪訝そうな表情を浮かべる栄香さんに俺は今日あったことを説明する。

栄香さんは途中まで真面目な表情で何度も頷いて話を聞いてくれていた。が、最後は大口を開けながら手を打って豪快に笑った。

俺は唇を尖らす。そんなに面白い話だっただろうか。


「馬鹿だねー」


と、栄香さんはしばらく笑ってから心底可笑そうに言った。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「学校は大丈夫なの?君が突然居なくなったりして」


俺は首を横に振る。


「連絡しときます」


担任の先生に電話をかける。


「はい。夜越くん。どうかしましたか?」


「突然体調悪くなったので帰りました」


「そうですか。分かりました」


「じゃあ」と言って俺は電話を切った。

栄香さんが隣から「早いねぇ」と少し驚いたような調子で言った。


「学校では青くん病欠キャラにしてんの?」


「いえ。まぁ今の担任は一年時からの付き合いなんで俺がどういうやつか分かってるんですよ」


スマホをポケットにしまいながら俺は言う。

担任は一年時から俺とあいつに対してああいう感じだ。


「理解ある大人でよかったね」


俺は「どうでしょう」と肩を竦める。

ふと、栄香さんの持っている赤と白の本に目がいった。


「受験の参考書ですか?」


「あっうん。そう」


溌剌と喋る栄香さんにしては珍しくどこか含みのある言い方に思えた。


「俺、じゃないんですけど大学生の兄貴が同じの持ってます」


栄香さんの表情がパァッと花が咲いたみたいに明るくなる。


「えっ!ほんと?じゃあこれ当たりなのかな?」


「まぁ兄貴はそれで第一志望の大学に受かってるんで少なくともハズレじゃないと思いますよ」


栄香さんは「良かったー」と言って安心したのか小さく息を吐き出している。


「私全然参考書とか分かんないからさ」


そう言って浮かべた栄香さんの微笑みのどこかに俺は温かさを感じていた。


「兄貴の持ってる参考書、見ますか?栄香さんがどこの大学目指してるか知りませんけど」


「いいの?」


「はい。兄貴ももう必要ないからって俺に渡すつもりらしいので、言えばくれると思います」


「じゃあ…お願いしていい?」


遠慮がちに言う栄香さんに俺は「はい」と頷く。


「栄香さんに必要そうだったらそのままあげますよ」


何気なく俺はそう言っていた。

どうしようか、と悩んでいるフリをしながら本心ではどうやらだいぶ将来について決まっているらしい。

栄香さんは「え」と言って目を丸くした後「それはダメだよ」と首をはっきりと横に振った。それに合わせて二色の髪が左右に大きく揺れている。そういえば今日は帽子を被っていない。


「私は私でちゃんと買うし、それに君は…行かないつもりなの?大学」


栄香さんのそれは学校の先生のような責める調子ではなく、どちらかと言うと同情のような声色に聞こえた。


「…まぁ、面白くなさそうなので」


栄香さんはフッと力を抜くことが出来たように微笑んで「そういえば私もそうだった」と言った。


「青君、ご飯食べに行かない?」


突然のご飯の誘いに俺は「えっ」と言葉に詰まった。

栄香さんはこちらを見ずに自分のバックを触っている。


「私もうすぐご飯食べて仕事行かなきゃいけないからさ。何か食べたいものあれば奢るし、無ければ適当に私の行きたいところに行くつもりだけど…お腹いっぱい?」


「いえ、行きたいです」


と、言ったものの行きたい所など特になく、栄香さんの行きたい所へ着いていく事になった。

電車での移動中。隣に座った栄香さんが神社の時より少し声のボリュームを落として「ずっと高校楽しくないの?」と俺に聞いてくる。


「いえ、一年の頃は一人だけですけど友達が居て楽しかったです」


「喧嘩別れ?」


俺は首を横に振る。短い間だったけれどあいつとは何度か喧嘩して、その度に仲直りもしている。


「そいつ退学になったんです。部活の先輩にしつこく絡まれて、殴り合いの大げんか」


今でも、はっきりと思い出せる。俺はその喧嘩の最中も星見の隣にいた。だけど何もしなかった。星見が髪を掴まれキレて突き飛ばし殴り合いを初め、それでも俺は見ていた。


「それで喧嘩両成敗で退学ってすごいね」


「いえ、あいつだけ。あまりにも一方的すぎました」


殴り合いが始まり、星見は余裕そうに笑って軽くステップを踏みながら先輩の鼻へ的確にパンチを当て続けた。大振りな攻撃に合わせて顔にストレートを叩き込む。それを俺は初めて見る生の喧嘩にワクワクしたまま近くで見続けた。


「俺は近くにいたから、すぐに止めるべきでした」


結局、先輩は停学、止めなかった俺も両親を学校に呼ばれる厳重注意。

そして最後に星見は「どこでもやっていけるから」と言葉を残して退学した。

会議室で俺たち二人の両親と共に椅子に座って並び、相手方の母親から「まともに教育できないならガキなんて産むなよ!」とか「こういう社会のゴミを蹴落とすのが高校じゃないんですか」とヒステリックに叫び激しく罵られた事は今でも覚えている。

多分俺の中にあった大人への信頼はあの瞬間から消えてなくなった。


「あっこの駅だ」


栄香さんが立ち上がる。駅の方は帰宅ラッシュの時間に近付きかなり混雑していた。

ふとホームで待つ人の中にどこかの学校の制服を着た人たちがいた。帰宅だろう。それを見てやっと落ち着いて息を吐き出すことができた。今日もなんとか逃げ切ったらしい。

栄香さんの背中を追って着いたのは大通りに面したビルの四階にあるカフェだった。

入ってすぐ綺麗な店員さんが「現在ディナーメニューになっておりますが、よろしいですか?」と愛想よく言っている。それに栄香さんは頷き、どこの席に行くのか店員さんの確認を待つ。

俺はそんなやりとりから目を離して初めて訪れるそのカフェを見渡した。

カフェはオープンテラスになっていて周りを透明な窓ガラスが囲っている。パラソルと丸いテーブル。淡い炎のような光がぼんやりと観葉植物を照らしていた。雰囲気はとても大人っぽかったけれど、制服をきた女子高生二人組が分厚いパンケーキを食べながら静かに話しているのを見つけて、俺はその二人のおかげで少しだけ肩の力を抜くことが出来た。


「ご案内します」


にこやかに店員さんが言って店内を進んでいく。テラスの真ん中には小さなタイル張りのプールがあった。淡い光が揺れる水面を照らしている。


「綺麗な所ですね」


「でしょ?お気に入り」


それから俺たちは案内された席に座る。

栄香さんは手慣れた具合でバックを下にあったカゴにしまいメニュー表を広げた。

そうした栄香さんがこの雰囲気に似合いすぎていて、その対面に座る俺が高校の制服でなんだか申し訳なくなった。少し離れた席で座っているスーツ姿の男性のような人がこの場には似合うと思う。

ーーあぁ飛行機雲。

俺はなんとなく空を見上げていた。これ以上、ここに似合いそうな人探しをしたくなかったのかもしれない。ほんの少しだけ澄んだ青空の輪郭がぼやけている。太陽がビル群に隠れ始めたのだろう。

視線を戻し俺はボーッと真剣な表情でメニュー表を見つめる栄香さんの顔を見ていた。


「あっごめんね。青君はどれ食べたい?」


俺の方へと栄香さんはメニュー表を広げる。

俺はしばらくメニュー表を眺めて自分の腹の空き具合からパスタを選んだ。


「この夏野菜のパスタで」


と、メニュー表の写真を指差す。


「おー期間限定の、美味しそー」


メニュー表を広げて眺め栄香さんは俺が選んだパスタに頷いていた。

栄香さんは何を選んだのだろうか。


「トマトベースに茄子とこの載っかってるの何だろう?来たら聞いてみよっか」


「はい」


「すいませーん」


栄香さんが手を上げる。すぐに店員さんが来て注文の対応をしてくれた。

ただ栄香さんが頼んだのはメニュー表に美味しそうな写真付きで載ったどの季節の料理でも無かった。頼んだものは文字だけで記されたスパークリングワインとピスタチオだった。


「良いんですか?お酒とおつまみだけで」


「ん?うん。流石にお店でご飯食べることになるかもしれないから今ガッツリ食べられないし、一発目からキツいお酒はしんどいからね」


栄香さんは俺を見ながらサラッと言う。仕事に関して隠すつもりはないらしい。多分、眼中に無い俺にどう思われようが知った事ではないのだろう。


「カッコいいですね。プロ意識」


栄香さんは一度瞬きしてから「ありがとう」と軽く笑って言う。

それから「君は…」と一度栄香さんの言いかけた言葉が霧のように途切れた。

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