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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第一章 一欠片の茄子
3/27

1.2

朝七時。アラームの音がうっすら聞こえるまどろみの中、俺はお金とお金のぶつかった高い音を何故だか思い出す。耳の奥で響いたその音を深く認識する前に、それは夢のように消えていく。

俺は瞬きを三度して眉毛の上を掻いて自室のベッドから立ち上がった。体にあったはずの強烈な違和感も耳の奥で響いたお金の音も、その頃には全て消えていた。

たまに起こるそれはデジャブに近い。いつ起きたかまでは思い出せないけれど、確かに前、同じような事を経験した気がする。確証はないので本当にデジャブで初めてな事だったのかもしれないけれど。

部屋のカーテンを開けると夏の澄んだ蒼空が広がっていた。うっすらと蝉の声が聞こえて来る。良い天気だけど今日も暑くなりそうだ。


「うわ」


偶然、目に入ったオープンキャンパスのチラシ。昨夜の俺が見たあと投げたものだ。大学も就職も何一つとして考えたくない。まだ俺に選ばせないでくれ、と丸めて屑籠に投げた。

部屋を出てため息が出る。

もうすぐに控えた夏休みの間に就職を目指すなら職場体験を、進学ならオープンキャンパスへ行く事を学校から言われている。高校二年。ダラダラと過ごしていたらいつの間にか受験か就職か決める、もうそんな時期になったらしい。

ーー行きたくない。

顔を洗い鏡を見ているといつものダルさがやって来た。

ボーッとした目。顔の節々に幼さが残っている。濡れた黒い前髪から水滴を払い落として洗面所を出た。


「学校、行きたくない」


朝食を食べながらダメ元で母に言ってみた。


「えーダメよ。今月はもう一回休んでるでしょ」


だろうな、とパンを頬張る。


「とりあえず制服着て行ってみてダメだったら保健室」


いつも通りの解答だ。


「はい!制服着て。私もう出るから」


もう出る?どこ行くんだっけ、と考える。そういえば昨日、友達とハイキングと言っていた。

部屋で一度制服に着替えリビングへと戻る。


「遅刻しないようにね」


そう言って出て行った母を見送り、俺はリビングのソファーに倒れ込む。制服の皺なんて気にならない。あぁこんなじゃダメだ、と唱えるたび少しずつソファーへ体が沈んでいく。学校へ行かなくては、と思うたび眠気がやって来る。うつら、うつら、とし始めて…


「おい、青!遅刻だろ」


体を揺すられて起きる。兄貴がソファーの横で険しい顔をして立っていた。茶髪の髪に健康的に焼けた肌。黒髪に白い肌の俺とはまるっきり正反対だ。ふと時計を見ると十時近い。

兄貴は講義を遅い時間だけ取っていたのだろう。ちょうどいい。


「頼む兄貴。学校から電話がくるから休みにしてほしい!」


「は?お前さぁ。遅刻くらいでサボんなよ」


「お願い!ジュース奢るし、それに今月二回目。もうサボらないから」


舌打ちされた。やっぱり無理か。

その時、家の固定電話が鳴った。おそらく学校からだ。


「兄貴頼む!」


手を合わせ頭を下げた。

兄貴が電話の方へと歩く。

俺はソファーの背もたれを掴んだまま電話を取る兄貴を眺めた。


「あーはい。夜越(ヤゴシ)です。あぁはい。弟がお世話になっております。あぁあいつは今寝てますね。体調悪いみたいで、はい。明日は行けると思うんですけど、あぁいや?朝、母が電話してた。あー八時十五分とかあぁ職員会議、多分そうですね。はい。はい。失礼します」


兄貴が俺の視界の先で電話を元の場所に戻す。

通話が切れたのを見てから「シャッ!」と俺はガッツポーズをしてソファーから立ち上がった。


「青、忘れんなよジュース」


兄貴が俺の方を見て言った。


「もちろん」


俺はサムズアップして軽い足取りで部屋に財布を取りに向かう。さっさと近くの自販機で買ってこよう、と日焼け止めを塗りながら階段を駆け降りる。

廊下に出ると既に兄貴が玄関で立っていた。


「あれ?兄貴も出掛けんの?」


「おう。釣具屋行ってくる」


「バイト代でたの?」


「そ」


そんな話をしつつ家の横に止めてある自転車を引っ張り出す。

七月も、もう十五日になったのか。じゃあ俺もバイト代が入っているはずだ。


「ジュースは?」


「どうせ、途中まで一緒だろ。神社前の自販で買って」


頷いてから道路に出る。上から太陽が照り付け、下から焼けたアスファルトの熱が昇ってくる。アッツと思わず声が出た。昼間なのに風も吹いておらず何も聞こえない。これだけ暑いと蝉も黙るようだ。

道中、無心で自転車を漕いでいるうちに額に汗が滲んだ。頬を撫でる風のお陰かジッとしているよりかはマシだ、と思えたのも信号待ちまで。止まった途端に流れて落ちる汗を腕で拭う。

周りを見れば肌を焼いてくる太陽の下で多くの人が何かのために働いている。日傘の下だったり首元にハンカチを当てたりしながら何かのために信号が変わるのを待っていた。

俺は早く神社へ行きたかった。それはこの日差しから逃げること以上の意味を持つ。神社なのに俺にとっては駆け込み寺だ。一般常識というやつに俺は追われている。

まだ信号は変わらないのか、と顔を上げるとちょうど赤い郵便局のバイクが前を横切っていく。

ふと、とある手紙のことを思い出した。


『五年前の自分へ。どうか大人の自分と、()()を救ってあげてください。俺は今にも心が張り裂けて叫び出しそうなほどに参っています。あの頃の自分では今の私の姿を想像できないかもしれません。でも、今はまるで背骨が抜かれたように体に力が入らない日々を過ごしているのです。どうか同じ自分ということで助けてほしい。そして同じ自分という事で助かってほしい。貴方が貴方を助けた時、神社の鳥居で二拝二拍手一拝をした後『ーーー』十円を賽銭箱に入れて下さい』


今年のゴールデンウィークが終わった頃に神社で拾ってから何度も何度も読み返した手紙だ。

今では全文を空で言えるほどに覚えた。

内容に関して言えばまだよくわからない事が大半で、知っていることとすれば十円の賽銭は縁起が悪く、ご()()ざける…らしい。結局それも語呂合わせでしかないらしいけど。

ーーこのマッキーで塗りつぶされた途中の所も何なんだろう。

そもそも自分へとは誰のことだろう。あの手紙は拾ってよかったのだろうか、と思いつつも書いている字が俺と似ているような気がしてつい持って帰ってしまっていた。

ーーあの神社に来るの俺だけだし他の誰も拾わないだろ。


「青」


突然、兄貴に呼び止められて自転車を止めて顔を上げる。

いつのまにか住宅街から草木の方が目につくくらいの郊外まで出ていた。騒がしい蝉の声が聞こえてくる。


「なに」


と、兄貴の方を見ると兄貴はヒューッと口笛を吹きながら道路の先、神社へ続く階段のある方を見ている。

兄貴の視線の先を追った俺は思わず目を疑った。一瞬、黒い髪と長いスカートの揺れた端が木々に隠れる間際に見えた。誰か、恐らく女性が神社に続く階段を上がっていったのだ。それはこの数ヶ月間かなりの頻度で神社に通った俺が初めて見た光景だった。


「見えた?超、可愛い。いや、美人タイプの顔だったな」


と、兄貴は軽く笑い浮かれた口調で俺の方を見ながら言う。俺はいや、と呟く。どうやら兄貴の方ははっきりと見えたらしい。


「パッと見、俺とタメくらいの歳で、女優みたいにスラッとしてた…知ってる人?」


俺は首を横に振る。


「初めて見た」


「謎の美女、神社に来たりってか。ドラマ始まったな」


俺は心底楽しそうに語る兄貴を鼻で笑う。現実はドラマチックな事なんて一切なくて、どうせこの後に下らないオチが待っているだけだ。アニメや映画なんかと違い現実は平坦でただ退屈な日々を繰り返す。いつだってそう決まっている。


「良いの?彼女いるのにそんなこと言って」


「あいつの前なら、どんな美人が居ても見もしないわ」


「ほぉ」


珍しく兄貴が惚気た。


「後が怖いから」


「そんな事だと思った」


俺は鼻で笑って自転車を押しながら自販機の所まで進んだ。自転車を止め約束通りジュースを兄貴に渡す。


「あの美女と何かあったら聞かせろよ」


俺は自販機から自分の分のジュースを取り出しながら「うん」と適当に返事をしておく。俺はぐっしょりと濡れたジュースについた水滴を払いながら思う。

ーー何か、なんてきっとない。

ふと、水滴をはたいて落としている最中、ガコンと自販機の方から音がする。

見ると兄貴が自販機の前で屈んでから立ち上がり俺に一本のジュースを差し出してきた。俺は差し出されたジュースを見てから兄貴の方を見る。これは…


「お前にじゃねぇぞ。あの美女にだ」


俺は「何もないって」とため息をつく。面倒事はごめんだった。

それにしても兄貴の美女好きにも困ったものだ。兄貴が好きなのは海じゃなくて海にいる水着の美女じゃないの、なんて言ったら怒られるので言わないけど思った。


「言うだろ?Truth is stranger than fiction。事実は小説より奇なり。ただし、バイロンの言う通り語ってくれなきゃいけないけどな」


「わかったって」 


俺は人差し指を空に立ててスラスラと喋る兄貴の説得をさっさと諦めてジュースを受け取った。

兄貴に口で勝てた事は一度だって無い。知識は人生を豊かにする、見えないものも見えてくる、なんて言いながら豊かになったのは口撃手段だけだ。まともに口論する気も起きない。


「やっぱこの蝉の声を聞いてると夏始まったって感じするなぁ」


俺は兄貴のそんな言葉に釣られて神社のある山を見上げた。青々と茂る森から蝉の大合唱が聞こえてくる。まぁ夏は元々これくらい五月蝿いのが普通か。

俺は自転車を神社に続く石段の側に止める。


「じゃあ」


振り返ると既に兄貴は居なかった。

俺はジュースを持って石段を見上げる。木陰の先に石を切り出して作られたであろう鈍い灰色の鳥居が聳え立っていた。どことなく威圧感がある。少し上がるとその鳥居の後ろから差し込んでいる白い光に目が眩み手を(かざ)す。

ーーこの先に…

下を向き苔生した石段を上がっていく。一段進む度、少しずつ体感温度は下がり、暗く静かになっていた。登っているのに海の底へと沈んでいるみたいだ。

石段を上がりきって鳥居の前に立つ。鳥居の真ん中には『時渡神社』と金の文字で書かれているのが見える。このまま見上げていると首が痛くなりそうだ。

俺は視点を戻し一礼した後、鳥居を潜った。この先にいるらしい謎の美女に少し期待しながら。


『2』

神社の境内は夏だというに少し涼しいくらいだった。あの纏わりつくような湿気がないせいかもしれない。見上げると太陽はいつも通り輝いている。不思議な現象だ。

そして今日は不思議な事がまだあった。

境内の先、賽銭箱の奥にある拝殿の階段、その一番上で黒いバケットハットを被ったまま本を読んでいる女性が見える。この神社に誰かいたのを見たのは初めてだ。ちゃんとこの神社が管理されているのかも怪しい。掃除している所すら見た事がないからだ。

ーー本を読んでいるし参拝客じゃ無いかも。

俺がそこまで観察してもお姉さんは本を読み続けている。俺の存在に気がついていないらしい。そのまま俺は砂利のせいで歩きづらい参道の横をゆっくり進んでいく。

近づくにつれてお姉さんの姿が鮮明になっていった。タンクトップみたいな白いシャツにデニムジャケット、ヒラヒラした黒いスカートを身につけている。確かに兄貴の言う通り、本を読む姿勢が綺麗だ。スタイル良く見える。俺と違い、多分身長も高そうで羨ましい。

俺が賽銭箱の横まで来ると、お姉さんは初めて本から目を離した。


「あれ?神社の子?」


お姉さんは首を傾げる。遠くからだと黒色に見えた長い髪は近くで見ると向日葵の種みたいな暗い紺色に白の線が入った二色だと分かった。大きな目と白い肌、艶のある唇、確かに顔つきは美人だがフランクな話し方から高嶺の花という感じはしない。

俺はいえ、と首を横に振る。


「ここに誰か居るの初めてです」


お姉さんは「そうなんだ」と呟いた後


「じゃあ初めまして、栄香夏(エイカナツ)です。多分仕事までの間、ちょこちょこ寄ると思うからよろしくね」


どことなく手慣れた感じの自己紹介に思えた。

俺も同じように軽く頭を下げて「高校二年、夜越青(ヤゴシアオ)です」と自己紹介をする。


「高校生か。制服だもんね。良いなぁ〜。もう夏休み?」


「いえ、サボりです」


栄香さんは「ダメじゃん」と苦笑いしていた。


「私は散歩ついでに本を読める所を探してたんだけど君はここに何しに来てるの?」


「暇潰しです。神社、見るのも居るのも好きなんで」


栄香さんは「えっ!?」と声を弾ませ目を丸くしていた。何かあったのだろうか。


「私も!最近は行けてないけど全国の神社、あちこち行ってきたよ」


それは少し興味があって「俺も何個か有名なところはいきました」とスマホの写真アプリを開く。

それから俺は栄香さんの、栄香さんは俺の撮った写真を見る。途中から見せ合うのが面倒になってスマホを交換した。


「これ伏見?」


そう聞かれて俺は顔を上げる。栄香さんは独り言みたいにスマホを触ったままいる。俺も同じようにスマホに視線を戻して「伏見はいきました」と答えた。


「石段登った?」


「登りました」


俺は頷く。それから次の写真に目が止まった。

暗い部屋の中で一際輝くシャンパンタワー。小さなシャンデリアに照らされ、透明なグラスに溢れんばかりのお酒が注がれている。ドレス姿の女性が数人ほど周りの暗がりにうっすらと見える。これは…


「長いよねーあれ。あっこの先、石あったでしょ」


俺は一つ後ろの写真に戻る。森の中に佇む雰囲気のある小さな(やしろ)だ。それを見て何故だかホッと息が出た。

これ以上見ても神社は無さそうだったのでスマホを返す。それから「ありましたね」と返事をした。


「まぁ…ただの石でした」


おもかる石のことだ。願い事をしてから、横の石を持ち上げ、重かったら願いは叶いにくく軽かったらその反対というものだ。先にネットで調べていたこともあってか、感動はなく石の重さもプラシーボ効果でしかない、と結論づけてから持ち上げると軽かった。だろうなと思ったものだ。

栄香さんは「えー!」と声を上げる。


「めっちゃ重かったよ」


俺はあぁなんか難しい願い事をしたんだろな、と予想する。


「中に多分金属入ってると思ったけどな」


「き、金属ですか?」


予想外の発言に思わず言葉が詰まった。


「うん。なんか入ってると思う。それともう一方は空洞だったのかな、とか今考えてる」


「だから重いと思う人も軽いと思う人も両方いるってことですか」


栄香さんは「そ」と自身ありげに頷いた。


「なんか…夢のない考え方ですね」


「石に夢見ても仕方ないからね。それにどんな原理なんだろうって考えるの私好きだからさ」


「そうですか」


変わった人だ。


「君は神社の好きな所とかないの?」


そう改めて聞かれると困る。

俺はしばらく黙ってから「雰囲気と人ですかね」と答える。もう一つ、好きな所が本当はあるけれどそれは言いづらく隠した。


「人?」


栄香さんが首を傾げる。


「みんな道の横の方を通ったり鳥居の所でお辞儀をしたり水で清めたり。そういう事をみんながちゃんとやる所ですかね」


「へー変わってるね。じゃあ他の所もみんな儀式をしてる所とか好きなの?」


「いえ俺は神社以外で好きな所ってないですね」


「えー極端だし嫌いなもの多いね。ていうか、神社以外って地球上のほとんど嫌いじゃん」


地球上のほとんどが嫌い。言われてみれば確かにそうだ。

俺は「まぁどこも面白くないので」と呟いた。ふと、他人といつもより喋ったせいか喉に渇きを感じ、持っていたジュースのことを思い出す。


「栄香さん。これ、どっちか」


俺は持っていたニ本を差し出した。


「え?いいの?」


栄香さんは俺の持っているジュースと俺を交互に見ている。


「どうぞ。どっちでも」


「じゃあ…こっち、ありがとね」


俺はいえ、と言って残った方に口をつけた。

りんごのジュースは乾いた喉にちょうどよく、俺は三分の一ほど一気に飲み干す。

飲んでいる最中、隣から「いただきます」と声がした。


「えっ久々にクー飲んだけど美味しいー!」


見ると栄香さんはペットボトルを持ったまま目を丸くしている。


「そうですか」


「うん。ちょうど良い甘さしてる」


俺は「へー」と自分のジュースのキャップを締める。ジュース一本でそこまで喜んで貰えるとは思っていなかった。

ちょうど喉が乾いていたのかもしれない。小さな満足感が泡のように浮かんで弾けた。それは一瞬だったけれど兄貴に感謝しておくか、と思った。


「喜んでもらえたようで良かったです」


「うん。ありがとう。でもこれどうしたの?自販機のルーレットでも当たったの?」


俺は少しどう答えようか、迷う。それからえっと、と間を置いてから「何か面白い事あるかもって兄貴がくれました」と正直に話すことにした。


「そのお兄さんは?」


「釣具屋に行きました」


栄香さんはそれを聞いて「なんじゃそりゃ」と呆れたように笑った後


「きっとあるよ、面白い事。だって華の高校生じゃん」


何も起こらない華のない生活です、とは流石に言いづらく曖昧に頷くにとどめた。

ふと、俺は空腹感を感じお腹を摩る。


「家でお昼ご飯食べてきます」


俺はスマホをポケットにしまい、立ち上がる。それなりに時間も経過していた。多分、兄貴はそろそろ電車に乗って大学へ向かっている頃だろう。栄香さんの話は帰ってからしよう。


「うん。いってらっしゃい」


と、言いながら栄香さんは小さなバックからスマホの充電ケーブルを伸ばしていた。

俺はそのまま境内を抜けて石段をゆっくりと降りていく。一歩一歩、石段を降りるごとに空っぽの腹に響く。それから自転車に乗って家へと帰った。

誰もいない家で俺はスーパーで買ったカップ麺を啜りながら部屋を眺めた。ズズズ、と啜る音だけが響く。家も、学校も、バイト先も小さな物音の積み重ねが一つの大きな音に聞こえる。箸を置いた今は何も聞こえない。一人だ。

神社の好きな所の一つに栄香さんには言えなかったけど一人になれる、というのがあった。

一人で眺めていると神社を支配した気になれる。静かな境内は不可侵の領域で俺だけの物のように見えてくる。実際はそんなことないけれど。そこでは誰も俺を責めない。除け者にしない。

そう思ってようやく息苦しさが無くなる。

夕方ごろ神社へと戻ると栄香さんはもういなかった。多分、もう会わないだろうな、と勝手に思う。


「ただ隣に座っただけ」


だけど、俺はさっき鳥居を潜った時、賽銭箱の奥の階段に誰かいないか一瞬探していたような気がする。

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