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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第五章 青い夏
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花火ふとの帰り道。自然と俺は栄香さんと手を繋いだまま電車に揺られ帰っていた。

「待っている」と言われている。多分、今後もお互いの気持ちが完全に一致することはない。育ちも環境も考え方も違う。でも、お互い似ているはずで少しずつそれを確認しながら進むつもりだ。

最寄りの駅で降りて夜道を進む。


「楽しかったねー!今年のやつは一段とすごいよ」


隣で花火大会を語る栄香さんを見ながら頷く。大変楽しそうで俺も嬉しかった。


「そうですね。すごく綺麗でした。コロナの影響でできなかった分、張り切っていたのかもしれません」


「じゃあラッキーだったねー」


「はい」


俺は多分、映画やアニメの見過ぎで勘違いをしていたらしい。

爆発の瞬間は平時から職人さんの準備に始まり、開演式があって昇り竜が上がり、一瞬何もない夜空になってから爆発していた。何もない所から爆発は起こるわけじゃない。思えばあいつとは喧嘩もしたし放課後、長い事話をしていた。休み時間も一緒だった。そういう日常があってこそ花火のような瞬間があった。それだけだ。


「クラスメイトともう少し話してみようと思いました」


「突然、どうして?」


「花火大会前の夜空を見てつまらない、というのは浅はかすぎました」


高校初日、教室に入った瞬間の空気だけでは何も知り得なかったのに、決めつけた。

高校生活はあの時何も始まってなかったのだ。


「詩的なこと言うね。良いじゃない。華の高校生、楽しまなくちゃ」


そう言って栄香さんは微笑む。優しい顔だ。


「秋に体育祭あるので来ませんか?」


「うーん。行こうかな」


軽く顔を顰めて首を傾げ言った。まぁ仕事もあり受験勉強もあり色々と難しいのだろう。

来てくれたら俺は嬉しい。何よりそれが力になる。


「来て欲しいの?」


「はい」


栄香さんが目を丸くする。その後「そしたらー」と言いながら薄く笑う。


「じゃあ行こうかな。頑張って予定空けて、その前に勉強も頑張る」


「俺も受験勉強頑張ります」


それで、と一度区切る。勇気がほしくて握りあった手を確かめる。きっと大丈夫だ。


「もし受かったらご飯に誘います」


栄香さんの顔を見て言い切った。栄香さんはゆっくりと目を細めて、夜空を見上げた。


「嬉しいけど、遠いなー」


「え」


よくよく考えれば後一年以上あるらしい。どうだろう。耐えられるだろうか。この感情のうねる荒波に流されるかもしれない。でも、不思議と不安はあまり無かった。全くないというわけではない。正直にいえば今でも少し混乱している。自分の中で湧き出てくるこの力にも。俺と全然違う栄香さんにも。でも、それでよかった。


「まぁその間に何回も行きましょうよ」


「ねー。かき氷も楽しみだし」


「調べてるんで今度の勉強会の帰り寄りましょうね」


「おー!やったーありがとうー!勉強頑張ろっ」


弾むような調子で言う。そう言ってもらえて良かった。


「今年、私受かるかなー」


「どうでしょう。勉強ペース的には間に合いそうですけど」


「ね。でも心配は心配」


「…受かりますよ。きっと」


「ありがとう」


それからゆっくりと歩きながら少し無言の間が空いた。

気づけば駅からだいぶ歩いていて時渡神社の前の自販機が見えた。駅の所まで人混みで全然進めなかった道も今は誰も見当たらない。


「え?」


はずだった。

時渡神社に続く石段に誰かが座っている。シルエット的に男性だろう。こんな時間にこんな場所だ。気を引き締めないと。


「ナッちゃん!」


前を通り過ぎようとした時、男が叫んだ。怒っているような声だった。

俺たちは立ち止まり男の方を伺う。その男の顔を見てギョッとした。


「蜂出先生」


クラスの担任だった。担任は俺を見ていない。隣の栄香さんだけを見ている。


「タクちゃん…どうしたの?」


仕事の時の声。だけど、そこにはあの時に見た近寄るもの全てを拒むような力は感じない。隣を見ると不安が栄香さんの顔に影を落としていた。身を縮こませ握りあっていない方の手が胸元の辺りで握られている。


「腕時計、返ってきましたけど間違いですよね?それを確認したくてこのような待ち伏せみたいな事をしてしまいました。驚かせたのなら申し訳ない」


授業をしている時のように淡々と言う。だけど目が笑っていない。謝ろうとは思っていないように見える。

隣を見ると栄香さんは何も言わず目を伏せ首を横に振った。それを見て担任はガリガリと頭を掻いていた。腕時計?なんの話だろう。プレゼントだろうか、と考えて気がつく。栄香さんはタクちゃんと呼んでいた。だったら一つ、仕事の客だ。


「どうしてですか?何か私は間違えたでしょうか。でしたら謝りたい」


「夜から戻りたいんです」


「それは知っています。ナッちゃんの夢でしたから応援しています。家庭教師が必要ならすぐにでも相談に乗るという気持ちは今も変わっていません。今回の件で少し人として失望しましたが」


担任は説教の時、こういう言い方をする。事実を述べているだけのような顔で確実にメンタルへ傷をつけてくる。俺と星見が遊び始めてすぐに担任は俺たちを見限った。高校生活が始まってすぐのことだ。


「今はお客様から何も受け取らないようにしています。貰うものはお店にあるものだけです。辞めたら何もお返しができなくなるので」


「そうですか。私はナッちゃんにとってお客様になったんですね。すごくその言葉は傷付きました。それにそうしたって結局他の子にお客様がつくだけですよ。お金はあるだけ身の守りになる、と聖書にもありますし何かにお金は必要だと私は思いますが」


それに対して「分かっています」とはっきり言い切った。


「分かっているようには見えませんが」


靴音を小刻みに鳴らし苛立ってるように見える。なのに相変わらず表情は変わらない。

いつにも増して人間味がなく不気味だ。


「先生、もう良いですか」


明らかにヤバい雰囲気に立ち去ろうと栄香さんの手を引く。

その瞬間表情が変わった。


「黙れ!!」


担任は叫びながら勢いよく立ち上がり目を見開いて睨みつけた。初めて感情をあらわにしているのを見た。溢れ出した憎しみが透けて見える。

今日会ってその時初めて俺を見た気がした。


「あぁ()()()()()()夜越くんですか」


そう言いながら近づいてくる。「頭がおかしい」と言われ体が固まった。人とズレていると悩んだ時もあったけど、はっきりと他の人から言われるとまた違うショックがある。

その時、スルリと結んでいた手が離れていった。


「え」


隣を見る。

栄香さんも同じように俺を見ていた。俺の頬に手が伸びてきて触れる。


「青くん。今日はありがとう。落ち着いて話せば大丈夫だから帰ってて。後で絶対連絡する」


恐ろしいほどに優しい声色だった。


「いや…」


「多分泣くけど一杯話を聞いてね」


目の周りはもう既に赤く目は潤んできている。

それから俺の返事を遮るように担任の方へと向き直った。

担任はさらに近づいてくる。石段に置いていた白い布に包まれた何かを右手に持っている。それに気を取られ反対の腕がいつの間にか伸びてきていた。髪を掴まれて顔を持ち上げられる。


「今は大人同士の話し合い中です。帰りなさい」


目を真っ直ぐ見ながら言われる。説教する時の目をしていた。呼吸が浅くなり体が情けなく震えだす。あの夜の記憶が頭を過ぎった。

ーーいや、さらにヤバい。

担任からはあの客のような余裕がない。

SNS上でよく見るあの一文字が間近に迫る。死だ。


「離せ!」


引き剥がそうと手を伸ばすがびくともしない。掴まれた腕は丸太のように太い。


「話し合いが出来ないのであれば家畜と同じ対応を取らざるを得ません。従わなければ痛みによる教訓を与えなければならなくなりますよ」


「タクちゃん!」


絶叫のような声が静かな森に響く。

その拍子に掴まれていた髪が離される。手で抑えている頭の辺りが鈍く痛む。


「なんでしょう」


「人に感謝をする時は必ず自分も笑顔になりますから、そう教えてくれたのは嘘だったんですか!作り話だったんですか!」


え、俺は顔を上げる。その話を教えたのは担任だったのか。


「嘘ではありません。ですがそれは人と人との話の時です」


栄香さんはそれに強く首を横に振って「青くんは立派なちゃんとした人です」とはっきり言い切った。なんの疑いもない言い方だった。


「いえ、彼は子供で自立していない。そして今後彼は人の道を外れて生きるでしょう。外道か邪道か。私としては人に迷惑をかける前にとっとと芽を摘んでほしいものです」


息が詰まり顔を顰める。俺は…


「私はそうは思いません」


はっきりとそう言った栄香さんの凛々しい横顔を見る。

ーー捨てる物も残す物もまだ軽いうちに選んでおきなよ。

そうだ。あの時、はっきりとは分からなかった気持ちに今、答えよう。

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