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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
夜越青の証言
24/27

夜越青の証言 3

「あの」


前方から車の音に負けそうな位のか細い声が聞こえた。


「どこでナッちゃんと出会ったんですか」


「だってよ青」


兄貴が付け加えて言う。

俺は窓の外から視界を戻し二人並ぶ前の席を見る。兄貴のお嫁さんから話しかけられるのは凄く珍しい。嫌われているというか距離を取られているような気がしていたからだ。


「花火大会の時、友達の少ない同士で隣になって話したのが最初ですね」


「へー青は兎も角としても栄香さんに友達が少ないのは意外だな」


「その時だけだよ。後はずっと友達に囲まれてた」


俺は頬杖をして視線を窓の外に戻す。

あの時出会えたのはほとんど偶然だし、付き合えたのも彼氏と別れてちょうどいい時期だったからだろう。ナッちゃんも俺を「直感」で決めたらしい。

ーーそこまでの積み重ねだよ。

じゃあ運が良かった、と俺が言って返ってきた言葉を思い出す。

ーー隣になったのは偶然だったけど、少しずつお互い近づけたのは運だけじゃないでしょ。

そうかもしれない。


「じゃあどうやって仲良くなったんですか?」


俺は「えっと」と大学一年だった頃を思い返す。


「見かけたら話しかけて、何気ないメッセージ送ってって感じでしたね」


兄貴から「真面目だな」と言いつつ笑われ、お嫁さんからも「健気なワンちゃんみたいですね」と言われた。


「…犬」


初めてそんな事を言われてちょっと困惑した。恋愛はそういう小さな積み重ねだと思っていたのに違うのかもしれない。


「じゃあどこら辺が好きだったんですか」


珍しく今日はよく喋るな、と思いながら考える。


「何でも笑ってくれる所ですかね」


ナッちゃんが笑ってくれるから、あの頃の俺は何でもできた。嫌いなものも好きになれた。

初めてあった時、ナッちゃんは花火大会を終えた後の帰り道、ずっと花火について話続けていた。こんなに花火を楽しめる人がいるのか、と驚いた俺は初めて自分から近づいた。真逆の価値観に興味が湧いたのだ。


「ナッちゃんは素敵な思い出を残してくれたんですね」


素敵な思い出。確かに、一つ一つ大切で綺麗な思い出だ。

でも、もう次がない。新しい思い出はもう出来ない。


「まぁ、そうですね」


「大切にしろよ」


それには答えない。兄貴の言葉にはナッちゃんとの思い出を大切にしろ、という以上の意味が透けて見えた。

もちろん大切にしている。大事に大事に持っている。ずっと抱えていくつもりだ。何があってもこの思い出を離すつもりはない。


「ここでいい?」


車が止まる。窓越しに懐かしい自販機が見えた。自販機は煌々と光り、その周りを虫が飛んでいる。


「おう。ちょっと待っててね。鍵閉めて何かあったらすぐ連絡して」


「うん」


俺は車のドアを閉めて石段の方へと向かう。その後に兄貴が続く。

薄暗い石段に虫の鳴き声が響いている。昼間の何とかなるくらいの肌寒さも夜の森となると流石に寒い。

俺は腕を擦りながら登る。言われるがまま外へ出てきたのでまともな防寒対策をしていない。


「ここ知ってた?」


「まぁ、何回か来たことあるし」


ナッちゃんが昔ここでよく勉強したと言っていた。思い出の場所らしく二人で何気なく寄り道をしてここにきた事もある。近所といえば近所だが実家からは少し遠い。歩いて二十分ほどだろうか。


「で、本当にこんな所まで来てどうするんだよ。こんな時間に参拝でもするの?」


「まっそうだな。神様にお礼とお願い事を言うのは間違いない」


「タイムトラベルはどうすんの?」


ようやく石段を登り終えて振り返る。


「まー待てよ」


そう言って兄貴は俺を追い越し境内へと進んだ。

俺はその背中を追う。それから兄貴は自身に起こった不思議な現象について説明を始めた。


「まず俺のタイムトラベルは偶然から見つかった」


「俺のって事は別の所にもあるのかよ」


「いや、それはまだ未確定だ。この神社に起こった事を別の所で試したけど上手くいかなかった」


兄貴が真面目な顔をしながら首を横に振る。

冗談のようには思えない。だったら兄貴は洗脳されていて、新しい誰かが出てきて宗教勧誘でもされるのだろうか。


「俺が中学の頃、夏休み前にリュックを背負って帰ろうとした時だ。寄り道をして偶然見つけたこの神社で参拝をした俺に不思議な事が起きた」


「はぁ」


「振り返ったら鳥居の下に置いたはずの宿題でパンパンのリュックが消えていたんだ」


へぇ、と俺は返す。それからひとまず俺たちは神社の階段に座った。

まぁ、それが確かに本当なら地味だが不思議だ。


「誰かが持って行ったとか?」


「後は石段の下に落ちたとか、とりあえず俺は宿題も入ってたし必死に探したよ。でも見つからない」


「それだけ?」


「俺も最近までそれだけだと思ってた。幸い、学校に事情を説明して宿題は何とかなったし、リュック自体どこかで無くしたんだと思っていた」


「…」


「でも、それが最近戻ってきたんだ。両親から連絡があって親切な人が届けてくれたらしい」


「今更?」


「俺も思ったよ。無くして十年経ってる」


「盗られたんじゃないのか?」


「いや、リュックを見て驚いた。あの時無くした時の状態で何も変わっていなかったから」


そんな事があるのか。


「まさか、と思ったよ」


俺は「いや、まさか過ぎるだろ」と浅く笑いながら言った。冗談みたいな話だ。冗談なのだろうけど。


「まぁものは試しと思ってもう一回鳥居に今度は時計を置いて同じ事をした」


「…」


「そしたらだ。消えていた」


「へー、手品?」


「あったんだよ。止まったままの古びた同じ時計が。ここに」


兄貴が階段を指差して強く言った。


「ここって、ここ?」


俺も同じように階段を指差す。兄貴は「あぁ」と俺の目を真っ直ぐ見ながら深く頷いた。

不思議な事もあるものだ。

だけど、それだと初めの事象と違う結果になっている。

まるで過去に戻ったみたいだ。あくまで兄貴が言った事が本当なら、だが。


「しばらく俺は実験を続けてわかった事があった。タイムトラベルは短時間で何度も使えない。使うためには大体一二ヶ月くらいの間隔がいる。そして過去には五年分ほど戻る」


「やけにリアリティがあるな」


俺は頷きながら鼻で笑った。


「後お前には残念な話だが、それで過去が変わった事は無かった」


兄貴は淡々とそう言った。真面目な顔をしている。

俺は「そ」と境内へと視界をむけて適当にあしらう。元々俺は本気にしていたわけじゃない。流れ星に願うくらいのつもりで今ここにいる。


「なぜか置いたはずの物が俺の家に戻ってあったり、壊れていたりしたけれど、それで何か記憶や他の事に変化があった事はない」


「まぁでも気がつかないだけの可能性もある」


過去の記憶から全部変わっていた場合や一部の認知が歪んでいたり、だ。

あの映画の男の子だって突然記憶が抜け落ちていたし、その後も何となく生活していた。


「そうだ。だからダメ元だ」


俺は「そっか」と頷いてから改めて手紙を読み直す。


『五年前の自分へ。どうか大人の自分と貴方を救ってあげてください。私は今にも心が張り裂けて叫び出しそうなほどに参っています。あの頃の自分では今の私の姿を想像できないかもしれません。でも、今はまるで背骨が抜かれたように体に力が入らない日々を過ごしているのです。どうか同じ自分ということで助けてほしい。そして同じ自分という事で助かってほしい。神社の鳥居で二拝二拍手一拝をした後、そこに手紙を置いて十円を賽銭箱に入れて下さい』


ーーこれだと過去の俺に伝わらないだろ。

酔って書いて文章がめちゃくちゃだ。そもそも、この神社に俺は来ていないので、この手紙を見る事すらないだろう。


「まっ、いっか」


どうせ全部兄貴の妄想だし、真面目に付き合う方が馬鹿らしい。


「確認終わったら、鳥居に置いて来い」


俺は「はいはい」と手紙を持って立ち上がる。


「そういえば初めの事象と違うことの説明はつくのかよ」


十年後にリュックがあったり、物が過去に戻っていたりだ。


「あぁ、それは実験している時に思い出したんだけど、あの時の俺は五円玉が無くて適当に理由も知らず十円を賽銭箱に入れたんだ」


俺は鳥居へ向かいながら「へー…五円でご縁ね」と呟き頷く。器用な神様もいたものだ。

鳥居のところに立つ。賽銭箱の前に真っ直ぐ立った兄貴の後ろ姿が見える。


「ありがとな兄貴」


この遊びが終わったら帰って身支度を整えよう。そういえば家の本棚に兄貴から借りっぱなしになった漫画があったはずだ。分かりやすいところに残しておくよ。

俺の方を見た兄貴は険しい顔で睨んでいた。


「黙って見とけ。準備しろ」


「はいはい」


俺は手紙を持って鳥居の下へ突き出す。

二礼二拍手一礼、兄貴の手を打つ音が静かな境内に響いていく。


「いくぞ」


五円が賽銭箱へ放物線を描いて吸い込まれていく。

お金とお金のぶつかった高い音が鳴った。

ーー俺はタイムトラベルを使い必ず未来の自分を救う。

なんて事はなく、やはり手紙は手に持ったままだ。大人になって兄弟でわざわざこんな子供だましな儀式をしたのが馬鹿らしく、そしてどこか懐かしく何だか久々に笑えた。


「なんだよ兄貴、やっぱり嘘じゃねぇか」


兄貴の真面目な顔に騙されかけたけど、やっぱりか。

まぁタイムトラベルは想像の中だけだ。


「え。嘘、なんで」


兄貴は眉を上げて手紙を見つめながら呟いている。


「良いって、別に良いよ。ありがとう。俺はこのままナッちゃんから貰った思い出を抱えて生きていくからさ」


手を夜空に伸ばす。体が震える。見上げるとずっと近い距離に星空が広がっているように思えた。星一つ一つの光が大きい。家に帰ったら寝てばかりもいられない。まずは終わってないナッちゃんの遺品整理からだろう。

ふと、手に持ったままの手紙を見る。広げて首を傾げた。こんな事を俺は考えていただろうか。何を書いているかよく分からない。ちょっと酔い過ぎだな。


「あー手紙。なんか兄貴は実験してんだったよな。あげるよ。要らないなら破り捨てるけど」


そう言って差し出した手紙を兄貴は受け取った。


「手紙は貰うけど。なんで」


「よし、待たせてるのも悪いし帰ろうぜ。星見たらスッキリしたわ」


「そっか」


「末永くお幸せにな」


そう言って俺は弾むような足取りで石段を駆け降りた。

ここまで読んで下さりありがとうございます。

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