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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第四章 最後の一発
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1

花火大会というのは花火が打ち上がる前から始まっている。ボーッと電車に揺られながら花火大会の会場に近づくにつれて増えていく浴衣姿の人たちを見てそう思った。俺も浴衣の方が良かっただろうか。

ーーまぁ浴衣持って無いけど。

栄香さんはどうやら浴衣で来るらしい。メッセージには写真付きでそう書かれていた。その事を知った時は思わずガッツポーズが出た。


俺は十七時頃に花火大会最寄の駅に着いていた。花火大会までは二時間ほどあるけれど待ち合わせの時間はこの時間だ。栄香さんの方は友達に車で送ってもらうらしい。

栄香さんから今から駅に向かう、と連絡の後、何もメッセージが無く手持ち無沙汰になった俺は何気なく空を見上げた。薄紫色の空で雲の端はまだ少し赤い。いつの間にこんなに日は伸びていたのだろう。そういえば蝉もチチチチと声が変わっている。


「お待たせ」


突然、肩を叩かれ俺は視線を空から戻す。目の前に栄香さんがいた。写真通り赤と青の朝顔が入った黒色の浴衣を着ている。二色の長い髪が今日は纏められて可愛らしい花の飾りが付いていた。「どうかな」と問われる前に俺の視線は釘付けになっていた。鳥肌が立ち、胸が苦しくなる。SNS上で見かけた浴衣姿を見てもこうはならなかったのに。美しい、と思えた時、人は苦しくなるらしい。知らなかった。美しいは劇薬で奇跡だ。一瞬で感情が湧き立ち、何から何まで俺の感じた感動全てを口から言いかけて一度自分の腕を押さえて視界を切った。それでも溢れてくる言葉で口がパクパク動く。何から言えばいいのだろう。どう伝えればいいのだろう。分からない。

それでも、と栄香さんの方を見る。


「めっちゃ可愛いです!ありがとうございます。あの凄い…モデルさんみたいで」


アタフタと手を動かしながら拙い言葉を紡いでいく。

それで、とまた言葉に詰まった。どう言えばいいのだろう、と空回りする頭が重く下がる。最後には首の後ろに手を置いて呟くように「めっちゃ似合ってます」とだけ口にした。

そこらへんで俺はようやく落ち着いてきて顔を上げる。


「ふーん。ありがと」


栄香さんの反応は意外と淡白なものだった。少しだけ嬉しそうに微笑みながら頷く。俺だけはしゃいで子供っぽいと思われただろうか。そう思うと途端に昂っていた心の波がゆっくりと引いていく。

栄香さんは横の方に視線を向けて口元を手で押さえ「もう」とだけ言ったのが聞こえた。

それから顔を上げて「青くんも髪切ったでしょ。似合ってる」と言ってくれた。


「あぁはい。数時間前に切って来ました」


「へーありがとう」


いえいえ、こちらこそ、と俺は頭を下げる。

その後、栄香さんは「行こっか」と当たり前のように俺の腕を取って花火大会の会場へと歩き出した。歩き出してすぐ栄香さんとの距離が近いことに気がついた。いつもは少しだけ栄香さんの背の方が高い。今日はちょうど同じくらいの高さだ。


「俺の背がようやく伸びてきたかもしれません」


「そうなの?」


「同じくらいの目線です」


そう?と栄香が言ってお互い顔を見合う。栄香さんの月の光を含んだ大きく丸い目が俺を捉えていた。

それから栄香さんはあぁ、と頷いて


「今日はスニーカーだからね」


「え」


「いつもの厚底ブーツは浴衣に似合わなかったから」


俺の背が伸びたわけではなかったのか、と落ち込む俺に栄香さんは「スニーカーの方が好き?」と聞いた。


「そうですね」


と、答えた。どうせ好きな靴もない。繰り上げだ。


「じゃあ今度からスニーカーにしてあげる」


「ありがとうございます」


いえいえ、こちらこそ、と栄香さんが言った。

そんな話をしている内にいつの間にか辺りの様子が大分花火大会らしくなっていた。街灯と街灯の間にかけられた赤い祭り提灯。白熱電球の眩しい灯りに照らされた屋台が道路脇にズラッと並んでいる。りんご飴、鶏皮、焼きとうもろこし、牛串、たこ焼き。様々な屋台が出ていた。

屋台の前で並ぶ人々の話し声、店員さんの掛け声に注文の確認作業、それらが全部合わさって一つのお祭りらしい浮かれた(ざわ)めきを作っている。


「おーやってるねー」


栄香さんはいつの間にか取り出していた小さな扇風機で涼みながら眺めていた。


「どれから行きます?」


「まずはかき氷じゃない?」


定番ですからね、と返し屋台へ向かう。

それからかき氷、焼きそば、フライドポテトを買ってから河川の方へと向かった。


「意外と浴衣多いね。良かった浮かなくて」


「はい」


目の前の家族も少し前を進む女性二人も浴衣だ。川へ近づくにつれて浴衣の割合が増えていく。

紺色の浴衣に赤色の帯、白い浴衣に向日葵の模様、ピンクの浴衣に黄色の帯。橋の上を進む人々は様々な浴衣に彩られている。

きゃー、と前の方から明るい声がした。見ると前にいた家族の両親に挟まれた子供が持ち上げられ着地した。

隣から小さく笑った声が聞こえてくる。見ると栄香さんは優しい目をしていた。


「青くんはお兄さんいるんだったよね」


栄香さんが俺の方を見て、目が合った。


「います。三個上の」


「私一人っ子だからさ、兄弟いるってどんな感じなの?」


どんな感じと問われてもすぐには出てこない。少し考え思い出す。


「兄貴とはずっと遊んでたような気がします」


「仲良いんだね」


「仲は…良いんでしょうか。よく喧嘩もしますよ」


仲良いじゃん、と言って栄香さんは笑った。

そうこうしているうちに河川敷へとやってきた。赤く光る棒と緑に光る襷をした案内係が下へ降りるための階段の所で立っていた。辺りはあれから更に暗い。既に多くの人がレジャーシートを広げスペースを確保しているのが月明かりでぼんやりと分かった。

俺たちもしばらく河川敷を歩いて空いている所を見つけた。俺は持ってきたレジャーシートを二人が座れるくらいの大きさに折り畳み地面に置く。


「あと一時間くらいあるよ」


と、隣に座った栄香さんが周りと同じように声を少し小さくしてスマホを見ながら言った。まぁ買った物を食べながらゆっくりしていればすぐだろう。

焼きそばのトレイを止めてあった輪ゴムを外す。


「え!?青!?」


突然、俺たちが通ってきた河川敷の方から俺を呼ぶ声がはっきりと聞こえた。顔を上げるとクラスメイト達がそこにいた。まだ離れていないようで十人以上が固まってゾロゾロ移動している。誰かが俺を呼んだせいでみんな俺たちに注視していた。誰だっけ、みたいな反応をする人もいれば隣の栄香さんに見惚れる人もいる。


「よお」


もう既にめんどくさい事に巻き込まれそうな雰囲気があって投げやりに返事をした。

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