栄香夏の証言 2
時計の長針が刻むリズムを聞きながら微睡の中で寝返りを打つ。今何時だろうと、スマホを触る。一時過ぎ。課題を済ますには十分な時間がある。
体を起こし、つい癖でメッセージを確認する。
そういえば飲みのお誘いが来ていたのに断っていなかった。一緒に飲むのはまぁ良いけれど、もし行って変な期待をさせると相手に悪い。何より面倒だ。
『最近忙しくて予定空けられなさそう。ごめんねー』
一から十まで嘘の文章を送りスマホをベットに投げて立ち上がった。私の真実は誰かと飲みに行って今の状況を聞いてもらいたい。でもタクちゃんの事は元彼含め大学の誰にも話した事がない。理解されるとも思わない。だけど誰にも理解されなくても話したい事はあるのだ。
私は冷蔵庫で冷やしておいたお酒を取って呷る。
「難しいだろうな」
私は本来卒業を控える歳で院生を除けば周りはどこまでいっても同い年か年下になる。その中で同じ価値観を持つ人を探すのは難しい。それに私の場合、普通の道から一度外れている。ふとした時に感じるズレに度々チクリと刺されたような感覚になる。そういう話も全部ひっくるめて聞いてくれる人…
「結局、タクちゃんしかいないのか」
乾いた笑いが出る。それでは何の意味もない。いつまで経っても堂々巡りだ。
そんな考え事はパソコンを開いて課題をする内に消えていった。
課題は丑三つ時を超えた頃に終わった。私は緩やかな酔いと眠気を感じていた。
ベットへ横になりSNSを開く。通知欄には確かにタクちゃんの名前があった。タップして投稿している写真を眺めた。
「…」
タクちゃんとは確かにそういう雰囲気になった事すらないし父親みたいな存在だと思っている。
だけど、タクちゃんから女の子として扱われていないとも思っていない。それは父親みたいな存在と矛盾している。それを深く考えたくなくて、その話をされるのが嫌で私は誰にも話していないんじゃないか、と思う。実際、そう扱われて良い気になっている自分も分かる。でも、大切にされる感覚を嫌いになれる人なんていないのではないか。タクちゃんは私をどう思っているのだろう。
「考えたくない」
私は先送りにする。いずれ時間が解決してくれるかもしれない…してくれないかもしれない。それでも良かった。何かが決定的になるまで私は見ないフリを続ける。
私は見終えたタクちゃんの投稿から戻り通知を遡って青くんの投稿を見る。
青くんの投稿は少し変わっている。大学生にもなって大きな紫の蝶の写真をあげたりしている。この写真はもう少し遠くで撮って欲しかった。近くで見ると蝶も結局虫でグロテスクだ。
後は自分で組み立てたらしいキャンプセットや山の景色、山で食べたご飯の写真。サークル仲間との写真も何枚かあるけれどほとんど一人。単純に山を楽しんでいる写真ばかりで少し羨ましい。
その中で一枚だけ異質な写真があった。
「きれー」
山の中腹からほとんど水平な場所で見た花火の写真。
この隣に私はいたはずだ。だけど青くんの視界から私はあの瞬間消えていた。
正直言えばそこまでずっと話をしていたので突然、花火に夢中になった青くんには繋いでいた手を離されたような戸惑いと寂しさを感じた。彼は自由人だからと友人から紹介された時、私はバンドマンみたいな浮ついた人を想像した。青くんを知れば知るほどに私の想像とは真逆な自由さを持っている事を知った。誰でも良いではなく誰もいらない。楽しい雰囲気で笑える私とは違い青くんは自分が楽しめるかしか考えていない。自分勝手な人だ。
「子供じゃん」
私の友人は青くんをそう言ったけれど私は逆にお爺さんのように思えた。悟りのような場所にいる。
ーー大丈夫、大丈夫。ナッチャンは強いから。
小さな頃に亡くなったお爺ちゃんはそう言って泣いている私の頭を撫でていた。私の強さになんの根拠もない。
だけど、それで良いのかもしれない。そう思った所で私は眠りについていた。
「栄香さん」
翌日、大学の廊下を歩いている最中、私は背後から声をかけられた。
振り返るとこちらへ小走りで向かっている青くんがいた。それにしても青くんから話しかけてくるのは珍しい。
「あれ青くん。おはよー」
「おはようございます。今から講義ですか?」
「うん。青くんは?」
「俺はあるにはあるんですけど当分暇します」
私はへー、と相槌を打つ。どうしよう、気になる授業ではあるけれど出席だけ出して抜ける事もできる。ただ青くんの場合、何かのお誘いだったというよりは事実を話しているだけだと思う。そうなると「じゃあ私も暇にしてくる」は少し重い。
「なので栄香さんが昨日投稿してた写真のカフェに俺も行ってみたかったので今から行ってこようかな、と」
え、と声が出た。
「青くんカフェとか行くんだ」
「馬鹿にしてます?」
してない、してない、と私は小さく手を振り笑って言う。
「写真見ててログハウスみたいでお洒落だなー良いなーって」
青くんは少し浮かれたような表情で語る。それほどカフェが楽しみなのだろうか。花火を眺めている時の横顔を正面から見たような感じだ。
「それ私も行って良い?」
青くんにとって私の発言は心底予想外だったらしく目を丸くして「え?」と声が漏れていた。
「も、もちろん。でも良いんですか?講義は」
「大丈夫。ちょっと待ってて」
そう言ってから青くんを残し私は走った。
その後、出席だけ出してきた私は青くんと共に昨日も来たカフェで昨日とは別のドーナツを頼んだ。青くんはお店一押しと書かれたパスタを選んでいた。
「良いお店ですね。ゆったり出来るし静かだし。雰囲気が良い」
青くんは目を輝かせながら店内を見渡し語る。私はそれに「ね」と相槌を打つ。
その時だった。テーブルに置いたスマホが揺れる。
『プレゼントも用意してあるから期待してて』
タクちゃんからだ。いつもなら嬉しく思えるメッセージなのに今回に限って私は固まった。ただ呆然とスマホの画面を見た。やがて画面が消え、青くんの顔が写った。無表情だ。なんでこんなタイミングなんだろう。私は何か言わなくては、と顔を上げる。
青くんは澄ました顔でお店のどこかを見ていた。私でもテーブルの上のスマホでもない場所。後ろの方のインテリアでも見ているのかも知れない。もしかしたら先ほどのメッセージを見ていなかったかも知れない。またこの問題も見ないフリをしようか、と頭を過ぎる。
その時だった。青くんは小さく笑って「後ろの変な所に観葉植物があります」と言う。
振り返ると確かに角でも無い曖昧な壁際に観葉植物が置かれている。昨日からそうだっただろうか。あまり覚えていない。
「青くんは私の大学入る前の仕事知ってる?」
私は何かに急かされるように思わず聞いていた。
「あっはい。キャバクラですよね。友達から聞かされました」
青くんは軽く笑いながらあっさりと言った。
「学費でも稼いでたのかなーとか、まぁ人それぞれ事情がありますよね」
「知ってたんだ」
「すいません。なんか勝手に個人の事情なのに知っちゃって」
青くんは真面目な顔をして軽く頭を下げた。
私は強く「良いの」と言い切る。
「それは隠してないから。私も聞かれたら答えるし」
青くんは「そうですか」と頷いてから一度目を逸らす。それから私の方を見た。丸くて優しい真っ直ぐな目だ。彼の瞳に映る私はどこか少し戸惑っているような表情をしているのだろう。
「何か、あったんですか?前の仕事の事とか?」
私は首を横に振っていた。何もない訳では無いけれど、言っても伝わらないならその言葉は無意味で言うだけ相手に負担をかける。聞いてほしい。でも話したくない。
「そうですか。ならよかった。あっでも何かあれば話聞きますよ。いつでも連絡くれれば」
「話聞いてくれるの?」
自分さえ楽しければ良い青くんらしくない発言に思えた。もしかしたら青くんなりに心配してくれているのだろうか。
「はい。息抜きの方法だけは知ってるので」
自信満々に彼は言う。私はなんじゃそりゃ、と笑った。その何も考えていないような脳天気加減が羨ましい。
「青くんはいつでも楽しそうだね」
「はい。高校の頃に一生分悩んだので」
大真面目な顔をして言い切った。
生きているだけでどうしたって悩みは積み重なっていく。そんな私の考えとは真逆の解答にどこか気持ちが楽になる。
「じゃあ今度カフェ行こうよ。カフェ好きなんでしょ?」
「えっ本当ですか!?大好きです。カフェの見過ぎでリールにおススメのカフェ流れてきますから」
「私も」
私が笑い青くんも笑う。そうこうしている内に料理が来て私はすっかり色んなことを忘れて食事を楽しんだ。お互いのSNSの事で会話は弾み自分のドーナツを食べて青くんのパスタも取り分けて貰い食べた。私は久々に満たされた様な気がした。
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