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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第三章 消える登り竜
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1

高校二年の一学期も残す所この大掃除と終業式だけとなった。

教室ではクラスメイト達がそれぞれのグループで固まり割り当てられた担当の掃除をしている。夏休み目前ということで今後の予定で盛り上がるクラスメイト達。それを尻目に俺は窓拭きをしていた。


「コミケ行くんだって?」


そんな会話が隣の窓を拭くクラスメイトから聞こえてくる。

コミックマーケットの話らしい。夏にオタクがアニメやゲームのグッズを販売する所というイメージがある。SNS上でたまに見る話題。俺は窓を拭きながらクラスメイトの話に聞き耳を立てた。


「うん。ホテルも取って、初コミケ」


「マジかーめっちゃ羨ましい。てか、高校生でホテル取れるんだ」


「取れるけどホテルが出してる親の許可書を持ってないといけない。まぁただの紙だから楽だけど」


「へー良いなー」


彼らの話はそこでまた別の話題に変わってしまう。俺は彼らの方を軽く見る。興味があったので残念だ。

それから雑巾を洗う為に手洗い場へと向かった。心の底から「ありがとう」と言う。栄香さんの教えはあの日から俺に根付いていたけれど相変わらず仲良くなれそうなら近づくというステップが難しい。あのクラスメイト達ならば一声かければ快く続きを話してくれるだろうに。あと一歩が踏み出せないでいる。


雑巾を片付け教室に戻ると窓の上の方を拭くため脚立が立っていた。

俺の拭いていた窓を見る。隣の席の女子生徒が爪先立ちで窓を拭いていた。背が足りていなくて少し危なっかしい。

俺は近づいて脚立をノックしてから黒板の方を見ていた。見上げてパンツが見えてしまい目を反らすような気まずい思いはごめんだ。


「なに?」


「変わろうか」


「え?マジ?代わって代わって」


彼女が嬉しそうに降りてくる。俺は彼女から雑巾を受け取り代わりに登った。


「ありがとーそもそも窓にあんまり届いて無かったんだよね」


「届いてないなーって見てた」


「おい!」


アキレス腱の辺りを叩かれた。

もちろん見れなくても本気で怒っていない事は相手の口調から分かるので無視して窓拭きを続ける。


「あんたも背は高くない方でしょうが」


「まーな」


そこから沈黙があった。栄香さんとなら大して気にならない静寂もなんだか彼女とだと気まずさの方が勝つ。取り敢えず何か面白い事でも話さなくては、と自分自身に急かされるものの何も思い浮かばない。

そんな時「あのさー」と彼女が少し間を置いて言った。


「青は花火大会来ないの?グループにいないけど。誘われてない?」


「…誘われたけど断った」


「えー。まぁ青はああいう所来なそうだよね」


どういう意味だ、と手を動かしながら苦笑いを浮かべる。

ふと、一つ引っかかったことがあった。「えー」と言った彼女の口調に僅かながら不満が滲んでいたような気がした。そんなわけない。俺が来なくて喜ぶ事はあっても、悲しむ事はない。

ーーいや。

栄香さんは「初めから人に興味を持って接する」と言った。必要な事は興味だ。


「誰が行く予定なの?」


「ん?結構クラスの人行くみたいよ」


彼女は十名以上のクラスメイトの名前を口にする。


「かなり行くんだな」


「まっ行ってもあっちで数人ずつに別れる事になると思うけどね」


まぁ十何名もいればあの混雑した場所ではまともに動くことすら難しいだろう。それならば数人に別れるのは合理的だ。もし俺がクラスメイトと花火大会に行った場合を少し想像して…


「俺が行った所で一人だろ」


気まずくなって後ろからついて行くだけの人になるような気がした。


「えぇ!?いやいや、青ならどっか入れてくれるって。多分バスケ部の仲良い人たちで固まるから私の所でも良いし」


確かにクラスにはバスケ部男女混合で集まっているグループがある。あのグループの事だろうか。それだと一応話した事のあるクラスメイトもいた。


「ふーん。ありがとう。まぁ行かないけど、ちょっと興味は湧いた」


「そう?」


上の窓拭きが終わり「うん」と返事をしながら脚立を降りた。


「ちょうだい、洗ってくる」


ん、と俺は汚れた雑巾を渡す。


「ありがとう」


何気なくそう言って彼女が廊下へ出て行くのを見送る。

なんだか少しだけ上手く話せたような気がした。

ただ、やっぱり難しいな、と窓の方へ振り返る。そこにはニンマリと笑うクラスメイト達がいた。


「「おいおい!」」


「なに」


「え、めっちゃいい感じじゃん」


なるほど。そういう事か。

数人の女子生徒が廊下の方へ笑顔で駆けて行くのが見える。

俺は「何もないって」と言いながら両手を上げた。


「そんな事言ってー」


「夏休み前にちゃっかりしてるな!」


勝手な事を、と苦笑いを浮かべる。

みんなの想像通り彼女と仲良くなりたかったのは本当だったけれど彼女だけが特別というわけではない。ただそう訂正するのが面倒くさくなった俺は「はいはい」と逃げた。


「…それって!?」


「ちょっ!咲ちゃーん」


俺は廊下に走り去って行くクラスメイトの背中を眺める。

ここはちゃんと否定するべきだっただろうか。


「体育館に集合しとけー」


掃除を終えしばらくして学年主任の先生が廊下から俺たちに声をかけた。

それから教室を覗いて「あれ?蜂出先生は?」と聞く。


「いませーん」


クラス内の誰かが答えた。


「あっそう?まぁいいや。もう並ぶ時間だから全員ダッシュ。委員長は鍵閉めておくように」


騒めきが起こる。すぐに慌てた様子でクラスメイト達は教室から出て行った。

俺もそれに続く。担任はどこへ行ったのだろうか。


「あぁ!忘れてました。すみません」


そんな疑問は体育館に着くと解けた。

担任が並んだ俺たちの前方で頭を下げている。ボーッとしていたそうだ。

真面目な担任にしては珍しい。

その後は何事もなく終業式を終え、夏休みが始まった。

しばらくクラスメイトと話をしてから教室を出てスマホの電源をつける。栄香さんからメッセージが来ていた。


「今日も行く?」


俺は「はい」と送る。メッセージには栄香さんと海に行った日からポツポツと繰り返されたやり取りが残っている。俺は少し履歴を遡り送られてきた動画をタップする。

風でカラカラと回るペットボトル風車の動画だ。

動画を見てあの街を懐かしんでいると自転車置き場に着いていた。


自転車を押しながら少し進むとプールの横に出る。塩素の匂いが僅かに香る。もう既に水泳部の練習が始まっているようで跳ねる水の音やホイッスルの音が聞こえてきた。見るとちょうどスタート台から水泳部の一人がプールへと飛び込んだ。水面が大きく揺らぎ白く光る。プールサイドにいる部員同士の話す声が聞こえてくる。

去年もここにこんな景色があったはずだ。だけど俺は存在を知ろうともしなかっただろう。

視線を外し再び自転車を押しながら学校前の坂道を下り始める。背後からゾロゾロと足音が聞こえてきた。


「青!じゃあな!」


クラスメイトが手を振りながら颯爽と俺の横を駆け抜けて行った。サッカー部の走り込み中だろう。あっという間に彼は人混みに紛れて見えなくなる。


「頑張ってー」


俺は適当に集団へ声をかけておいた。なんだかこれだと走るサッカー部員全員を応援しているみたいだ。

ふと、彼らの背中から視線を外す。

同じような夏用の制服に身を包んだ生徒達が坂道を下っている。自転車を押していたり手ぶらだったり友達と並んで帰っていたり些細な違いはある。だけど、きっと今俺もその群衆の一人になっているはずだ。

ーーヒト科のヒトもどきじゃない。

そんな気がした。

坂道を降り終えると、ちょうど民家から風鈴の涼しげな音色が聴こえてきた。穏やかな夏休みの始まりらしい音だった。


「お前さぁ、マジでどうするつもりなの?」


昼下がりのリビングで夏休みの課題をこなしている最中、兄貴が背後からそう言ってきた。予想した通りバイトと栄香さんに会う以外で外に出ず、ゲームをしたりテレビを見たりと穏やかに夏休みを過ごす俺に兄貴だけが変わらず現実を見せてくる。


「まだ決まってない」


俺はシャーペンをテーブルに置いて頬杖をする。

未だ進学か就職かを俺は決めかねていた。


「は?高二の夏休みでしょ。決めないとヤバいって」


「まぁなんとなく進学かなって思ってるけど」


「どこの大学にするの?」


「決まってない」


「決まってないって…」


絶句する兄貴にキッチンにいた母が「まーまーお兄ちゃんもそう怒らないで上げて」と宥める。


「青はとりあえずどこの大学にでも行けるように夏休みのうちに勉強勉強」


そう言ってから切り分けたスイカをテーブルに置いた。


「そういえば青は今日も神社に行くの?」


俺は「あー」と呟き考える。テーブルに置いたスマホにメッセージは来ていない。栄香さんが居ないなら行かないし居るなら行くつもりだ。いつからか神社へ通う習慣はそんな風に変わっていた。


「行ってる暇あるのかよ」


隣から小言が飛んでくる。

俺は「うるさいな」と言いつつ「行くとして何?」と母に聞く。

それからスマホに手を伸ばし見落としの可能性も賭けて一瞬だけメッセージアプリを確認する。やはり来ていない。

ーーどんな下らない事でも些細な事でも良いのに。

ホームに戻って自身のSNSを開きスイカの写真を撮って送信する。それから水滴の浮かんだ真っ赤な果肉に齧り付く。

テーブルに置いたばかりのスマホが揺れた。スイカから僅かに視線をずらして見る。光る液晶にバーは一つ、SNSの通知だ。


『Sakiさんが貴方の投稿に「イイね」をしました』


電源ボタンを軽く押して画面を消す。こんな下らない投稿に律儀な…そうか。

スマホの電源をつけてメッセージアプリを再び開く。


「帰りに業務スーパーで得用アイス買って来てほしくて」


俺は「ん。あぁ行ってくる」と答えつつスイカを皿に戻し栄香さんに写真を送った。


『スイカ食べ頃ナウ』


その後スイカを食べてから俺は家を出た。栄香さんからの連絡なく神社へと行くのは久々だった。

帽子を被り焼けるような日差しを避けつつ自転車を飛ばす。


「あれ」


ふと、神社のある森が見えた所で道路を歩く人物に見覚えがあった。髪型や雰囲気的に担任な気がする。スマホ片手に森の方を見ながら何か探しものをしているように見える。


「どうも」


俺は自転車を担任の横に止め、軽く頭を下げる。


「…あぁ夜越くん。こんにちわ。夏の課題は進んでいますか」


スマホから顔を上げて眉一つ動かさずに俺の方を見て淡々とした調子で担任は言う。


「ボチボチです」


「そうですか」


それから担任は「あのー」と間を開けてから「ここら辺に神社ってありませんか?」と言った。

その瞬間、俺の心臓はなぜかドキリと跳ねた。「え」と思わず声が出る。


「えっと…まぁ知ってます」


「そうですか。どこにありますか?」


「なっなんでですか?」


「なんで、ですか?」


担任は相変わらず淡々とした調子で言って真っ直ぐ俺を見る。余計な事を言ったかもしれない。そもそも神社の場所なんて隠す必要も無い。


「知人の紹介で少し神社に興味が湧きまして、ここら辺に神社が無いか探しています。ですが知らないのなら大丈夫。こうやって歩くのも楽しいものですから」


担任はフッと笑った。

俺は何に緊張しているのだろうか。


「神社知ってますよ。その道を真っ直ぐ行って山の方に続く階段の先です」


俺は神社の方を指差す。


「そうですか。ありがとうございます」


綺麗なお辞儀をしてから担任は道路を歩いて行った。

俺は担任を追い抜いてそのまま神社に続く石段の前を通り過ぎて業務用スーパーに寄る。流石に担任と二人きりで神社は嫌だ。

業務用スーパーについて店内を歩いているとスマホにメッセージが届いた。


『そうなんだ、美味しかった?私スイカ苦手なんだよね。メロンも食べ頃ナウかな』


俺は苦笑いしながらメロンとスイカのアイスバーを手に取った。

読んで下さりありがとうございます。

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