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「そういえばさっきの話って何かの本ですか?それとも誰かから?」
「常連のお客さんが読んだ本の話を聞いたって感じ」
俺はへー、と呟く。
行きよりもさらにスピードを落とし俺たちは知らない街を歩いた。
「こんなのもあの街じゃ見ないよねー」
栄香さんが立ち止まり見ていたのはペットボトルに切れ込みを入れ広げた風車のような飾りだった。
「見ないですね」
その時、ちょうど風が吹いてきた。
赤や黄に彩られた羽がカラカラと音を立てながら回る。
栄香さんはスマホを取り出し「おー」と録画し始める。海の方から流れてくる風はしばらくゆっくりと小さな風車を回し続けた。
「行こっか」
「はい」
そこからしばらく歩いて海が見えた時だった。
「私はさ。大人っぽい人に救われた」
栄香さんは立ち止まり水平線の方を見ている。
「私は大人から見てまだ子供だけど、君から見たらきっと大人に見える。だから私は大人なふりをしておきたいんだ」
栄香さんは何を言いたいのだろうか。普通の人なら「ありがとう」を言わせたいのか、と勘繰る所だったけれど、栄香さんに限ってはそうじゃ無いのだろうと分かる。
ふと、栄香さんが昔「背伸びしてよかった」と言っていた事を思い出した。それに近い事だろうか。
「そんなこと言っておいて仮面が剥がれたら笑ってね」
栄香さんはそう言いながら俺の方に顔を向けて白い歯を見せて少し照れたように笑った。
「笑いませんよ」
俺は水平線の方へと視線を向けながら言った。笑うわけが無かった。仮面が剥がれたとしてなんだと言うのだ。そうなった時、そう言える自信は無かったけれどそう言いたいは確かな形を持って俺の中に埋まった。
「どうしたんですか突然…詩的なこと言い出して」
隣から「んー」と考えるような間があって
「遠くまで来れるようになったなーって思ったからさ」
「流石にここまで遠いと歩いてくるにはキツそうですよね」
「そゆこと」
そんな話をしながら階段を下り砂浜へとまた戻ってきた。砂の感触が懐かしい。
波打ち際まで進み、ゆっくりと濡れていない所に沿って歩き出す。
「これは家に帰ってご飯食べてお風呂入ったらグッスリだねー」
そんな満足げな呟きが背後から聞こえてきた。
俺は「そうですね」と振り返らずに言う。
ふと前方の波打ち際に人がいない事に気付いた。振り返ると不思議そうな表情をした栄香さんと目があった。その肩越しの背後には誰も見えない。
「叫びます」
「あぁ人いないからね」
俺は頷いて波打ち際から少し距離を取る。
そこから助走をつけて波打ち際に走り込み前のめりになりながら
「明日も頑張るぞーーー!!!!」
と、全身の毛を逆立て肺の空気を全て出すつもりで力の限り俺は叫んだ。
叫んで眺めた海を見て思う。
家を出た時の気分が嘘のようだ。こんなにも今日の天気は晴れやかで気持ちの良い日だったらしい。
「ガンバるぞー!」
後から聞こえてきたそんな声に思わず笑いが出た。




