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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第二章 波音に叫ぶ
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道中、神社の近くみたいな街並みが続いた。青々とした稲の植えられた田んぼがさっきまで俺の髪を撫でつけていた涼しい風に揺られている。歩いていると時々、カエルの鳴き声が近くの用水路から聞こえてくる。そんな長閑な田園風景が広がっていた。


「ここはのんびりできるねー」


「時間の流れが遅くなったみたいです」


「詩的なこと言うね」


隣からケラケラと笑い声が聞こえてくる。


「将来の夢は作曲家ですから」


栄香さんはえ、ほんと?と俺の方を見る。

俺は顔を上げて目を丸くしている栄香さんに「もちろん嘘です」と淡々と言った。作曲家は考えたこともない。


「えー書いて歌えば良いのに。君のバラード聴いてみたいけどな」


一瞬、そんな世界を考えて辞めた。

書いたとしても多分栄香さんに聴かせることは無い。


「歌ったら笑いますよね」


「うん。録画してずっと笑う」


栄香さんは真顔で頷く。

でしょうね、と俺は視線を栄香さんの奥に広がっている田んぼの方に向ける。ふと、炊いたお米のような匂いがうっすらとする。


「お米の匂いがします」


「うん、するね。稲の匂いでしょ」


栄香さんが道路から曲がって土手道に入った。俺も後に続く。踏んだ土の感触がなんだか久々な気がする。

青空に向かって背を伸ばす若い稲穂に顔を近づける。確かに泥の匂いの中にお米の甘い香りがした。

それから俺たちは側からみれば大分不審者なのでいそいそと土手道から戻り再び歩き出す。


「泥と草からこんな匂いがするなんて不思議な感じです」


「これは動画とか写真じゃわからないから良かったね。小さな発見できて」


「まぁ…そうですね」


確かに小さな発見ではある。これに何の意味があるのかは知らないけれど。

強いて言うなら…


「今日の夕飯は白ごはんだったらいいです」


「お母さんに言っておいたら」


俺がそうですね、と答えると同時に「わーー!!」とはしゃぐ声が聞こえた。

角を曲がると住宅街の車一台分くらいしかない道路の真ん中で色とりどりの水風船を持って遊ぶ子供たちが見えた。小学生低学年くらいだろうか。道路に一つ黒い染みが広がっている。恐らくここの交通量が少ないのでこういうことが出来るのだろう。


「楽しそー」


栄香さんは優しく微笑みながら子供達を眺める。

俺は先に見える駄菓子屋に目を向けた。店先にかき氷と白と水色の旗に書かれた文字とイラストが見える。子供は煩くて苦手だ。


「いらっしゃい」


ガラス扉を横に開くとレジの奥で座っていたお婆さんが顔を上げ俺に言った。なんだか田舎のばあちゃんが懐かしくなる。俺は軽く頭を下げて店内へと進む。

駄菓子屋の内装はタイムスリップしたような感じがした。茶色の濃い壁にズラッと駄菓子が並んでいる。店内は甘いお菓子の匂いに包まれていた。こんなに駄菓子屋らしい駄菓子屋は初めて来る。俺の知る駄菓子屋はショッピングモール内にある駄菓子屋コーナーくらいだ。


「久しぶりーお元気してましたか」


「あら夏ちゃん!久しぶり。なんとかお店で座るくらいはやれてます」


「あー良かった。お店続けてね。暇出来たらすぐまた来るから」


「うん。ありがとう。もうちょっと頑張るつもり。どうなるかわからないけどね」


さくらんぼ、キャベツに焼肉。俺が強烈な名前のついた駄菓子を眺める背後でそんな仲睦まじい会話が聞こえている。

それから俺たちはそれぞれ会計を済ませて駄菓子屋の前にあったベンチに座った。


「結構青くんも買ったねー駄菓子好きだったの?」


「いえ、せっかく珍しい所に来たんで家族にも買って帰ろうと」


「おー偉い」


そう言った後、栄香さんは袋に手を入れて「そんな君には」と言いながらニ本のラムネを取り出し俺に見せた。


「ラムネあったんですね」


「うん。レジの所にあるよ」


へー、と受け取って眺めながら蓋を回した。どうやって開けるのだろうか。


「ほっ!」


隣で栄香さんが上からラムネの瓶を押している。上の蓋が沈むと同時に中にあったビー玉も沈む。炭酸の細かな泡がビー玉に一瞬触れて登っていく。グッとしばらく栄香さんは上から押さえた後、蓋を離した。

同じように俺も真似して続く。


「固っ」


「もっと力込めてー」


少し躊躇するくらいの力を込めるとビー玉が抜けた。炭酸の噴き出そうとする力を少しだけ感じたもののすぐに収まる。


「乾杯」


カチンと互いのラムネ瓶を打ち鳴らしてから呷った。爽やかなラムネの風味と炭酸の弾ける感覚がする。冷たくスッキリとした味わいだ。

俺はあれから変わらず道路ではしゃいでいる子供達を眺めながら駄菓子を一つ開けた。海鮮の小さな干物、名前的にタラなのだろうか。袋を持ち上げて見る。イラストはロックンロールなお兄さんと、どうやらこれイカの干物らしい。


「改めて何で落ち込んでたから聞いても良い?」


栄香さんはそう聞いた後、ガリッと赤い梅を噛み砕いていた。

俺は「あぁはい」と昨日のことを話す。昨日よりかは大分冷静に話せたような気がする。


「ふーん。そこまでされたら警察呼んでいいと思うけどね」


栄香さんは食べ終えた後のゴミを袋に戻しながら言った。


「まぁ、それは結局キッカケで俺って大人になってもずっとこんな感じなのかなーって」


「こんな感じって?」


「なんとなく始めた事も、もういいやって適当に辞めちゃう感じです」


客観的に見て俺は情緒不安定で責任感の無いやつだ。いつかクラスメイトに言われた「やめなーそういうの」という助言を思い出す。俺だってこんな性格、辞められるのなら辞めたいさ。

顔を上げるとちょうど一人の子供が水風船を道路に投げた所だった。破裂した水風船から水が辺り一面に飛んで歓声なのか絶叫なのか、とにかく強い感情に煽られて子供達から叫びが起きる。


「やめていいんじゃない?面白くなかったんでしょ?」


「でも、それじゃあ社会で生きていけないですよ」


栄香さんの方を見て言った。

栄香さんは突然、吹き出すように笑い「誰かに言われたな」と俺の方に目をやって言った。

まぁ誰かから直接言われたことはないけれど、なんとなくそんな空気を感じたというだけの話だ。それに学校はそういう我慢を鍛える側面もあるんじゃないかと思っている。


「まーさ、やってみたら面白いだとか、やってるうちに面白くなるだとかみんな言うけど、私が教えて欲しいかったのはそんな事じゃなかったなー」


「何を教えて欲しかったんですか?」


「小さな楽しさの見つけ方」


俺はそれを聴きながらラムネの最後の一口を飲み干す。

それはなんだか栄香さんらしい考え方だな、とボーッと道路の方を見る。子供達が駄菓子屋から伸びるホースで最後の水風船を膨らませている所だった。


「私はね。その話を始めて聞いた時、それを何より先に教えて欲しかったーって思った。その話のお陰で私はこれから社会で生きていけるような気がしてる」


俺は道路から目を離し隣に座る栄香さんの方を見た。

視線を感じたのか栄香さんも俺の方に顔を向ける。


「それが小さな楽しさの見つけ方ですか」


栄香さんは「うん」と頷いた。


「私はね、心の底からありがとうって沢山言いたいんだ」


俺は「はぁ」と呟いて記憶の中からありがとう、と言いたくなった時を探す。結果、あるにはあった。家族や友人から何かしてもらった時なんかが当てはまる。心の底からと限定されるとそれくらいだろうか。最近だと、兄貴に学校を休む手伝いをしてもらった時になる。


「言いたいんですか?」


ただ普通はありがとう、と誰かから言われたいものじゃないか。ボランティアだったり寄付だったりする人達がいるように。


「だって、心の底からありがとうって言う時に笑顔じゃない人っていないんじゃないかな。少なくとも私は笑ってると思ってる」


「まあ…特殊な例を除けば、そうかもしれませんね」


両親の死に際なんかは泣きながらも本心から感謝している気がした。


「うん。それが小さな楽しさの見つけ方」


「え?」


なんの繋がりがそこにあったのだろうか。


「心の底からありがとうって言えた時、私は絶対笑顔だから。そこに大小あっても楽しかった事には違いないって教わった。私もそうだと思ってる」


「だから沢山言いたいと?」


「うん。そしたらどんな所でも行ける気がした。勇気を貰ったんだ。その言葉に」


そうやって微笑みかけてくる栄香さんがなんだか眩しくて俺は目を逸らす。

それから「無理ですよ。俺には」と呟きコンクリートの地面を眺めた。


「そうなの?」


「これまで自分が選んだもので楽しめなかったから」


学校もバイトも。与えてくれるのはいつも自分で選んでいない、ほとんど偶然。

そしてこれからもきっとそうだ。

そんな俺はどこにも行けやしない。栄香さんやクラスメイト達とも違う。ヒト科のヒトもどきだ。

ーー自分で考えて虚しくなる。


「出来るよ、君にも」


「それは!」


栄香さんの方へ振り向く。

それからの言葉に詰まった。

顔が近かったからだ。力強い眼差しで真っ直ぐ見つめられ俺は怯んだ。

反った長いまつ毛が一度降りて、また俺を捉える。


「一緒に海に来てくれてありがとう。話を聞いてくれてありがとう」


そう言ってから牡丹の花が崩れるように表情が緩やかに溶けていく。ゆっくりと両頬に深いエクボを作り笑った。

俺は「なるほど」と天を仰いだ。

ーー完敗だ。

栄香さんに何をやっても勝てる気がしない。俺は手のひらの上で転がされるているだけだ。

それから俺はドキリと高く跳ねた鼓動を整える為に深く息を吐き出す。


「海に連れてきてくれてありがとうございます。きっと神社で丸まってても解決しなかった」


「うん。言えたじゃん」


満足そうに栄香さんは微笑んだ。

俺は「でも」と小さく首を横に振る。


「それは栄香さんだったからですよ」


栄香さんは眉を上げ高らかに笑った。


「ありがと、それで良いんだよ」


「良いんですか?」


「うん。君はあの神社で私に近づいて私と話をした。きっかけは小さな事だったけれどこうやって悩みを聞いて海に遊びに行く仲になったよね」


「そうですね」


俺は頷く。

あの時の俺は何もなく別れ二度と会うことはないとすら思っていたはずだ。


「青くんがあの時私を無視していたら、もし距離を取ろうとするような事を言っていたら、こうはならなかった」


「まぁどうしてこの神社にやってきたのか少しだけ興味がありましたから」


「それだよ」


栄香さんは笑いながらそう言った。

俺は「え?」とその言葉の意味を問う。


「初めから人に興味を持って接する。仲良くなれそうだったら近づく。近づくうちに私はいつかその人に私を受け入れてくれてありがとうって思う日がやって来る」


「そう簡単に上手く行くでしょうか」


人に興味を持つことも、仲良くなれそうだったら近づく事も、その先も。自信は無かった。


「難しいね。でも私は色んな人と話をして考える生き方って楽しそうだなって思う。それに私に必要なのは道標だった。フラついても転けても補助輪付きでも、いっぱい感謝したいって思っていれば大丈夫な気がしてる」


道標。それは俺に無いものだ。心の底からありがとうって沢山言いたい…か。

ーーちょっと見習ってみようかな。


「よし。海眺めながらバイクの所まで戻ろっか」


俺も頷き、ゴミを袋に詰めて立ち上がる。

隣からパンッと手を叩く音がした。何事かと栄香さんの方を見る。


「思い出した。前から言いたかったんだけど、ここ職場じゃ無いし敬語やめようよ」


「親しき中にも礼儀ありでは?」


「そんなの友人に序列つけるタイプの考えだから。使い慣れちゃって抜けないのは仕方ないけどね」


そういうものか、と駄菓子屋のベンチから道路に向かって歩き出す。


「善処させていただきます」


「おい、距離を取るんじゃ無い」


肘で小突かれた。

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