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青夏、五円と花火  作者: 夏草枯々
第二章 波音に叫ぶ
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3

俺は「海ですか」と歩きながら言って栄香さんの隣に置いてある二つの赤いフルフェイスのヘルメットを見つけた。隣を見ると黒の細いパンツで脚を組んだままヒラヒラと手を振る栄香さんは白のTシャツの上に光沢のある黒のライダースジャケットを羽織っている。どうやら本当に今からバイクで海に行くようだ。


「前の潰れた休みをここにしたからさ…どう?青くんのお誘いを断った埋め合わせも兼ねて」


俺はヘルメットを挟んで隣に座る。

兄貴や親父の誘いを断った手前、行く気にはなれなかった。それに二人の誘いを断っていなくても今は何も楽しめるような気がしない。昨日あったお腹の違和感は無くなったものの、朝からため息が止まらないままだ。


「今海に行っても楽しめる気がしないので俺は残ります」


「あれ、何かあったの?」


栄香さんは顔を傾け恐らくあえて俺と視線を合わせた。優しそうな目つきで俺の答えを待っている。


「特に何も。強いて言うなら言うなら傷心中って感じです」


俺は目を逸らした。

ちゃんと言葉にすることの出来ないモヤモヤが募る。


「そっか」


「はい」と俯く。栄香さんは唸り声を上げた後「じゃあ」と何か思いついたらしい。


「海行こう」


「はい?」


思わず俺は顔を上げた。

何を言っているのか、一瞬理解ができなかった。


「海で叫んでスッキリした後、ゆっくり海を眺める。どうよ?」


「別に神社で叫べば良いじゃないですか」


ここに残る言い訳のように口を尖らせ呟く。


「神様に迷惑でしょ」


確かに、と納得しそうになったものの神社の階段に座っている俺たちの言えた事ではなかった。


「それに楽しいだけが良いものじゃないって。ゆっくり、のんびりも良いものだよ」


ゆっくり、のんびり…か。

考えた事なかった。海を眺めるだけなんてつまらないように思えるけれど、良いものと栄香さんは言っている。


「そうなんでしょうか」


「うん。教えてあげるから」


栄香さんの方を見ると立ち上がりライダースジャケットのファスナーを上げている。

俺も無言のまま立ち上がり一礼してから鳥居を潜った。

石段を降りながら「お家に連絡入れといてね」と栄香さんは言う。


「あたし誘拐になっちゃうから」


入れときます、とスマホを取り出す。

家にいる母親に言うとめんどくさそうだったので兄貴に言っておく。どうせ親父も一緒にいるので伝えてくれるだろう。そこでようやくじわじわと実感が湧いてくる。本当にこれから海へといくらしい。


「あと連絡先交換しとこう。今日青くんがいつ来るかわかんなかったし」


「あぁ、はい」


連絡先を交換する。

栄香さんは黒に金の装飾が入ったお酒のアイコンらしい。


「アイコン癖あるね」


見ると栄香さんはスマホを見ながら目を細め薄く笑っている。

そうだろうか。自分のアイコンを見る。神社のおみくじで出た大吉の写真だ。真ん中に大きく大吉と書かれた写真だ。


「嬉しかったの?」


栄香さんが変わらず笑いながら俺の方を見る。


「え?まぁ。稲荷の大吉ですから」


中学の修学旅行で撮った写真が残っていたので、数ヶ月前にそれに変えた。その前は家族旅行で行った四国カルストの写真で、そっちの方が良かっただろうか。

伏見の大吉なんてそこそこレアだし俺が簡単に行けるような場所ではないのでお気に入りだったのだけれど。


「そっか。なんか私のツボなんだよな青くん」


栄香さんは小さく笑いながら石段を降りた。

そこからしばらく歩いてコンビニに着く。


「何か買っていく?」


「いえ、特には」


「まっ海にもコンビニはあるでしょ」


そう言って栄香さんは停めてあったバイクを叩く。

黒色のバイクで後ろに座るところがある。

ただ…


「後ろ高くないですか」


前の人の座るところより手のひら一つ分くらい高い。


「高いよー。遠慮せずしっかりお腹に手を回して頭近づけておいてね」


ヘルメットを被り栄香さんの距離感はちょっとどうかしてる、と思いつつ後ろの席に座る。こんな高いところに座るのは中々無い。慣れないヘルメットの重さも合わせ少しバランスが心配な反面見上げた空が近く気持ちよかった。俺も十八になったらバイクを買おう。でも、だったらバイトは続けないといけないのか…それは嫌だ。


「はい。しっかり手を握って」


前に座った栄香さんがヘルメット越しにこちらへ振り返る。

俺は「失礼します」と一言添えて手を伸ばす。体と体が密着して栄香さんの背中にヘルメットがぶつかっている。


「よしっ。出発!」


くぐもった声と共にバイクが進みだした。初めは恐る恐るバイクに揺られていたけれど、次第にそのスピード感を楽しむ余裕がでてくる。俺はひんやりとした風を感じながら海まで栄香さんの背中にしがみついていた。なんだか情けなくなるくらい頼もしい背中だった。

やがてコンクリートの壁越しに海が見える道路に着く。

しばらくそこを進んで駐車場へとゆっくり進んで止まった。

俺は降りてスマホを見る。三十分ほどで海に着いていた。兄貴や親父は良い釣り場があると他県まで出ているのでここなら会うことはない。


「運転ありがとうございました」


ヘルメットを外して渡す。中でわずかに蒸れていたらしく顔のあたりがスースーする。


「寝てたってくらい大人しかったね」


そう言いながら栄香さんはヘルメットから出した髪を大きく左右に揺らしていた。

俺は「ボーッとしてました」と答え、海の方を眺めた。海の塩と生臭い匂いが香る。なんだか空気も少しベタつく気がした。太陽が反射した白色と海の暗い紺色で結局灰色のように見える。

「行こっか」と言われて砂浜を進んでいく。栄香さんはいつか見た黒のバケットハットを被っている。

進んでいくと少しずつ波音が聞こえてきた。打ち寄せる波を見ているとなんだか気分も落ち着いてくる。ふと、立て看板があった。遊泳禁止、釣り禁止、花火、BBQ(バーベキュー)など禁止と書いてある。


「この禁止事項するとすぐ警察くるから」


へー、と頷きながら周りを見ると少しだけ人が見える。散歩だろうか、波打ち際を歩いている人とカップルらしき男女。禁止事項のおかげか砂浜はとても綺麗だった。定期的に誰かが清掃しているのかもしれない。


「ここだとゆっくり、のんびりできる」


波打ち際に立って海を見渡す。青色の水平線に小さくなった船が見える。この先に太平洋が広がっているらしい。

一つ少し大きな波音が聞こえた。

見ると足元の方まで白い泡が伸びて、砂浜を濡らし海へと戻っていく。すぐまた次の波音が聞こえる。


「叫んどく?」


「いえ、みんな海、楽しんでますし」


そう言いながら首を横に振る。泳ぐわけでも釣りをするわけでも花火、BBQでもない楽しみ方。なんだかこの海にはそんな海の楽しみ方があるようだ。そんな海で叫ぶのは迷惑な気がした。


「偉い」


と、言って頭を撫でられた。俺はされるがままに海を眺める。

しばらくそうして二人でなんとなく波打ち際に沿って砂浜を歩き出す。


「海、楽しい?」


「えぇまぁ」


何かをしているわけではないけれど不思議とつまらないようには思わなかった。教室で黒板を数分眺めているだけで退屈に襲われるのに、海は見ていられるのは何故だろう。


「なんで海は退屈しないんですかね」


「なんでだろうねー」


のんびりとした調子で栄香さんは言う。


「学校は逃げ出すほど退屈なのに」


ただ繰り返す波音を聴いているだけの海はもう少し居ても良いらしい。


「学生にとっては社会に出るための勉強なんて自分ごとに思えないからじゃないかな」


「海見るのって自分ごとですかね」


「君は海で傷心癒し中でしょ。私は落ち着ける空間って好きだから、お互い自分のためだよ」


俺は「まぁそうかも?」と首を傾げる。丸め込まれた感じがある気がした。気のせいだろうか。


「将来なんてやってみないとわからないものなのに、大人になるとなぜかそれを忘れるんだよね」


そういうものか、と頷く。


「…でも栄香さんは大学目指してますよね。何かやりたい事が出来たんですか?」


「振り返ると勉強やっとけばよかったーって思ったからさ」


「俺もそうしようかな」


お金をためてバイクでも買って勉強したくなった時にする。

良い人生のように思えた。


「あんまり私はおすすめしないなー」


「そうなんですか?」


俺は波から目を離して栄香さんの方を見る。「うん」と言った声にザクザクと砂浜を歩く二人の足音が混じる。


「時が経てば経つほど勝手に責任が増えて()()()()()()にされるから」


「責任」


「うん。生きてるだけでお金を要求される。お金のために働いているうちにどんどん責任が増す。次第に生きるためのお金も嵩む。そんな中で勉強はやっぱり難しいよ」


そう言った栄香さんの表情は諦めと優しさが混じったような曖昧な表情に見えた。


「何かを切り捨てる強さも全部を拾える強さも私にはなかった」


栄香さんは水平線の彼方を見つめるように目を細めていた。


「捨てる物も残す物もまだ軽いうちに選んでおきなよ」


「はい」


俺は必要なものに何を残すだろうか。

家族は…大切だ。神社に行く習慣も残しておきたい。

ーー後は自分を救う事…かな。

いつか、どこかで叶えたい手紙で見た目標だった。

後は…


「ん?」


栄香さんと目があって「いえ」と海の方へ視線を逸らす。どうなのだろうか。自分の気持ちがまだはっきりとは分からない。


「近くに昔ながらの駄菓子屋があるからそこで休憩しよう。お婆ちゃんの顔を久々に見に行きたいんだ」


「ここら辺の生まれなんですか?」


「いやー違うよ。たまたま寄って仲良くなったの」


「はぁーすごいコミュ力ですね」


「違う違う。お婆ちゃんから話しかけてくれたから。私は割と人見知りする方だし」


まさかまさか、と笑いながら小さく手を振っている。俺は思わずポカンと口が開いていた。

栄香さんが人見知りなんて信じられない。俺と会った時も普通に話しかけてくれたし。


「何その顔ー」


鼻を摘まれた。

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