絆創膏 36
幼虫飼育用の土は、とベランダの方に顔を向けた俺の前に「先生……」と、湯気を立てる白いティーカップが降りてきた。
ガラス板とソーサーが触れてカチャっと音が鳴る。
ドキンと心臓が跳ねた。
ふわっと甘い香りに包まれてトキメキに変わる。
とっさに浮かばない。何の香りだろう。
「マンゴー&ストロベリーティーだ。変な組み合わせだけど味は普通の紅茶だから。先生、ここに座って」
「え……」
マンゴー&ストロベリー。宍倉さん、そんな紅茶飲むのか。
「そこで正座は疲れるだろ」と、腕を掴まれてソファにいる宍倉さんの横に座らされる。
身体が傾いて宍倉さんの肩と腕に鼻と唇が追突した。
「あ……」
そのまま凭れそうになってサッと身体を離す。
トップノートがシトラスオレンジの柔軟剤なら、ミドルかラストは微かな汗の香りだった。
鼻で吸うと一旦広がって留まる。
奥に残った香りを新しい酸素と一緒に吸い直した。
「ワタルくんは……」
動悸が聞こえそうな距離。意識してるのバレたら気持ち悪いって思われるだろうな。
「先生はゲストなんだから。もっと堂々と図々しくしてればいいんだ」
ワタルくんに話題を移そうとしたのを見抜かれたような先手。
肩を抱き寄せられて注がれた熱い眼差しが深く刺さる。
この眼差しに甘い何かがこめられているなら──
ちょっと強引だけど、自分からアクション起こさない俺にはちょうどいい。
少しくらいのプッシュだとどんどん遠慮して後ろに下がってしまうから。
ただし、恋とか愛とかいう甘い意味なんて、きっとない。
加奈子って誰──
「土を……」
上昇しかけた熱がいきなり冷えた。
ソファから立ち上がる。
裸のままケースに入れられて放置されてる幼虫を思い出した。




