玲央と亮輔 32
「それは昨日の夜のこと?」
思い出したくない。声が震える。
まさか。日暮里駅からの帰り道。
聞こえたブランコの音。
あの時やっぱり公園にいたのは──
「今日会って確信した。間違いなく先生だった。昨日の夜、イヤなことでもあったのか?」
首を傾げて覗き込む瞳は、やっぱり昔飼ってた犬のトトに似ていた。
落ち込んでるとき,クウンと鼻を鳴らして寄り添ってくれたトトに。
「見間違いですよ。雨のせいで泣いてるように見えただけですよ」
不自然でも誤魔化すしかない。俺から聞き出したところで、受け止めきれないくせに。
「俺は泣いてたとは言ってない。それに、あの時は止んでた」
ぐっと言葉につまる。
前言撤回。見た目も中身も普通とは違うって、いい意味で思い始めてたのに。
見た目は変で、中身は俗物じゃないか。
「宍倉さん!! かりにそうだったとしても昨日今日会ったばかりの貴方に簡単に打ち明けられるわけありません」
こっちの返答否定したって責任とれないのに。
何で追い詰められなきゃならないんだろう。
「すまない。たまたま見かけたから言った。見なかったら言わなかった。一日二十四時間あって、あの場所、あの時に居合わせたのは偶然だと思えない。昨日の朝のこともそうだけど。運命を感じるんだ」
宍倉さんが怖い。良く知らない相手だから心を壁で囲って守ってる。
なのに一番ボロボロの姿を知らないうちに見られてた。
崩れかけたコンクリートや、古びてささくれた木の板に沁みてく雨みたいに。
ジワっと入ってくる。
壁ごと抱きしめられるような温かさ。
「運命……」
恋愛ドラマで使い古されたセリフに似てても、狭義の意味じゃないから否定できない。
言われてみれば、偶然にもほどがある。
「そう思うだろう?」
何て優しい目をするんだろう。見つめていると瞳が蕩けて全て涙になって流れてしまいそうだ。
洪水でダムも決壊して水が溢れ出したら、俺は立っていられない。
「ともかく! 俺が宍倉さんに心の深い部分をさらけ出すことはありませんよ」
強い口調ではねつける。
宍倉さんは何も言い返さずクールに背を向けた。
ジッとにらんで消えるまで見送る。
彼がいなくなった途端に肩が落ちて、園児の元気な声が溢れる賑やかな朝の風景に戻っていた。




