会いたい
【会いたいよ】
液晶画面ごしにストレートな思いをぶつけられてドキッとする。
相手の名はレオ。俺はタクミと名乗ってるけど、ただのユーザー名。『ドロシーの友達』というルームで二人きりでチャットしてる最中。
どう返せばいい?黒いキーボードの上で指がさまよう。
【いや? 俺のこと嫌い?】
ほんの数秒の間が空いただけ。なのにこっちの心情を見透かしたように甘い文句が続けて並ぶ。
いやじゃない。だけど──
固まった指の代わりに唇が言葉を形作る。換気扇の音に紛れてブブブ、と耳ざわりな羽音がした。
天井から下がる照明を見上げると、白い傘の中で虫が暴れていた。
ベランダに出る掃き出し窓は閉めたはず。
腕を伸ばし、手縫いの紺色のカーテンをめくると鍵は閉まっていた。
ガラスにぼんやり映る。中学生みたいな童顔。
目を背けて液晶画面に戻る。
【こわいの? 俺は会いたくてたまらないよ。文字だけでドキドキする。タクミのこと色々想像しちゃうよ】
同性愛者ばかりの掲示板で知り合い、仮想で関係を深めてきた。まだ顔は知らない。
リアルでは日暮里駅から徒歩十五分の家賃四万のアパート。一人暮らし二十二歳。本名は姫川青葉。ワンルーム六畳の中央に小さな折り畳みテーブル。そこに置かれた中古のパソコンのキーボードを叩いているという状況。
【違う。怖いわけないじゃん。部屋に虫がいて……俺の話、レオは真剣に聞いてくれた。ヤる相手ばっか探してる他のやつらとは違う。俺だって会いたいよ】
「あ……」
自分のリアルな声に驚いて、ノートパソコンの脇に置いたペットボトルを倒しそうになった。慌てて掴んでキャップをキツく閉める。
羽音がうるさい。洗濯物取るときに入ったんだろうか。
【虫?……うれしいよ!ホントに?タクミ愛してる。良かった】
流されて『俺も会いたい』と打ってから押し寄せた後悔の波は、レオの熱波に呑み込まれた。画面の愛してるという文字を指でなぞる。
おじけづく感情。言えない。やっぱり怖いなんて。レオのことが怖いんじゃない。好きだから。でも言えない。ガッカリさせたくない。過去話にさんざん付き合ってくれたんだから。迷いを打ち消そうとウソをせっせと叩き込む。