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今から一緒に、死にに行こうぜ  作者: シロツメクサ次郎
不良と委員長
4/24

メタルスライムは気を抜いたときにやってくる

バンジージャンプに連れて行かれたあの日以降、すっかり七海からの連絡が途絶えていた。


死ぬのを手伝えと言われた僕としては、彼女からの連絡がないと少し不安を覚える。


主に、生存確認的な意味で。


僕と七海は友達と呼ぶほどの関係ではないが、しかし顔見知りがどこか知らないところでいつの間にか死んだとあれば気分は良くない。


また怖い目に合うのはごめんだが、だからと言ってここまで放置されると、こちらとしても色々と思うところがある。


「進藤君?」


あれこれ考え込んでいると、聞き馴染んだ声が降ってきた。


驚いて顔を上げると、そこには小さく首をかしげてこちらを見つめる可愛らしい女の子の姿があった。


彼女は“宮崎みやさき 由衣ゆい”と言い、僕の所属するサッカー部のマネージャーをしている。


彼女の声で、僕は自分がサッカー部の朝練をグラウンド端のベンチで見学していたことを思い出した。


「ごめん、ちょっと考え事してた。どうしたの?」


「皆は教室に戻るけど、進藤君は戻らないのかなって思って」


言われて気が付いた。


僕が考え事をしている間に、今日の朝練は終わってしまっていたらしい。


辺りを見渡すと、グラウンドには僕と宮崎さん以外の姿はなくなっていた。


「何を考えてたの?」


「……いや、何でもない」


まさか練習中に不良のことを考えてましたなんて言えるはずもないが、思わず視線をそらした僕を見て、宮崎さんは何故か表情を輝かせた。


「もしかして、女の子のことでも考えてたりして」


「へ?いや、な、そ、そんなわけないよ」


「その反応、すごく怪しいね」


「急に変なことを言うから驚いただけだよ。それより、練習が終わったなら宮崎さんも教室に戻りなよ」


「そうしたいところだけど、マネージャーの私にはまだお仕事がありますから」


そう言って、彼女はグラウンドに置きっぱなしになっている、三角コーンや転がっているボールたちを見つめる。


うちのサッカー部では練習用具の準備片付けはマネージャーの仕事になっているが、どう考えても一人で片づけるには量が多すぎる。


「そういえば、今日は他のマネージャーは来てないの?」


「来てくれる予定だったんだけど、監督が私一人いれば間に合うから、偶にはゆっくり休ませてあげなさいって」


「ああ、なるほど」


確かに、宮崎さんはマネージャーの中で一番仕事が出来る。


しかし、だからと言って宮崎さん一人に押し付けこのまま教室に戻るのも少し心苦しい。


「手伝うよ」


「ダ、ダメだよ!これはマネージャーの仕事だし、それに進藤君は足を怪我してるじゃない!」


確かに宮崎さんの言う通り、僕は練習中に足を怪我した。


そのせいでもう一カ月以上練習に参加できず、グラウンドの隅っこで皆の練習を見学することになっている。


「でも、怪我って言っても歩けないわけじゃないんだから大丈夫だよ。それに、この量を一人で片付けてたら、宮崎さんが朝のホームルームに遅れちゃうよ」


「そ、そうだけど。でも……」


「これもリハビリの一環だよ。そう言うわけだから、宮崎さんの仕事を奪う様で申し訳ないけど、手伝わせてくれないかな?」


そこまで言って、ようやく宮崎さんは僕が片づけを手伝うことを了承してくれて、片づけを終えた僕たちは二人で教室へと向かうことにした。


「先輩たち、最近は特に気合入ってるね」


「大会が近いからね。熱が入っちゃうんだよ」


「もしかして、最近週末に練習試合が増えたのも」


「うん、三年生たちが監督にお願いしたの。最後の大会までに出来ることを全部やっておきたいって」


うちの高校のサッカー部は夏に行われるインターハイを最後に引退することになっている。


強豪校だったら冬の選手権まで部活を続けるところもあるらしいが、生憎うちのサッカー部は強豪校と呼ぶにはあと一歩及ばない。


「もっと一緒にいられたら良いのにね」


宮崎さんの寂しそうな声に小さく頷く。


そうか、もうすぐ先輩たちは引退なのか。


ということは、僕の足のケガが完治しても、その時には……。


「ごめんなさい、暗くなるようなことを言っちゃった」


「謝らないでよ。僕も同じこと思ってたから」


寂しいが、仕方のないことだ。


そもそも、練習中にけがをした僕が悪いのだから。


「宮崎、ちょっと良いか?」


二人で廊下を歩いていると、背後から聞きなれた男性の声がした。


振り向けば、担任の先生がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。


「どうしたんですか?」と宮崎さんが首をかしげると、先生は手に持っていたクリアファイルを宮崎さんに手渡した。


それを見て宮崎さんは事情を察したのか、柔らかい笑みを浮かべ言った。


「このことでしたら、昨日の放課後に学年主任の先生に報告しておきました」


「そうか、それなら良かった。流石宮崎だ。いつも通り、しっかり頼むな」


短いやり取りを終えると、先生はそのまま教室へと向かった。


それを見送ると、僕は思わずため息をこぼして宮崎さんの方を振り返る。


「マネージャーに学級委員、仕事をたくさん頼まれて大変じゃない?」


「大丈夫、期待してもらっているからには頑張るよ」


明るく微笑み、宮崎さんが教室の扉を開く。


すると、教室に現れた彼女を見て、数人のクラスメイトが今にも泣きそうな顔をして彼女の元へと駆け寄ってきた。


「宮崎さん!今日の放課後時間ある!?また力を貸して!」


情けなく頭を下げる彼らに、宮崎さんは優しく微笑みながら話を聞き始めた。


場所を問わず、彼女は皆から頼りにされている。


顔も可愛くて、確か成績も良くて、おまけに人あたりが良い。


欠点らしい欠点が見当たらない、まるで物語の中から飛び出してきたような女の子だ。


ちなみに、男子の中で秘密裏に行われた“彼女にしたい女の子ランキング”堂々の第一位を獲得しており、クラスの女の子も、後輩のマネージャーたちも、口をそろえて彼女の様になりたいと言っている。


相変わらずの人気に思わず苦笑を零しながら自分の席に着くと、空いていた僕の前の席に誰かが腰を下ろした。


見てみれば、そこにはすらりと背が高い男が爽やかに微笑んでいる姿がある。


彼は“河野かわの あきら”と言い、同じサッカー部に所属している中学からの友人だ。


河野は宮崎さんを見つめながら、どこか意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。


「聞いたかよ。宮崎さん、テニス部の先輩に告白されてたらしいぞ」


「でも、結果は撃沈だったんだろ?」


「なんだ、知ってたのか?」


「いや、お前の嬉しそうな笑顔を見たら何となく分かったよ。本当、みんな宮崎さんが好きなんだな」


本人には知られていないが、うちの高校には宮崎さんのファンクラブなるものがある。


彼らは宮崎さんが好きだが、しかし特別な関係になろうとは思っておらず、ただ遠くから彼女の笑顔を見守ることだけを信条としている。


そして、その会員の一人がこの河野という男なのだ。


「なあ進藤、どうして宮崎さんってあんなに可愛いんだろうな」


「さあ、性格の良さが見た目に影響しているとか?」


「一理あるな。宮崎さん、今日も絶好調に皆から頼られてるし」


「そういえばさっきから泣いてる子がいるけど、何かあったの?」


「ああ、委員会でトラブルがあったらしいぜ」


「なるほど、それを宮崎さんに何とかしてもらおうってわけか」


「そう言うこと。まあでも、宮崎さんに任せれば大丈夫だろ」


河野の言う通り、どれだけのトラブルがあっても彼女に任せておけば何とかなる。


今までもそうだったし、多分今回もそうなるんだろう。


「というわけで進藤、お前もそろそろファンクラブに入会しないか?」


「どういうわけか分からないし、何度も言った通りファンクラブには入らないよ」


「いつでも良いからな、会員番号五百二十番」


「……そんなにいるのか」


呆れているうちに、朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。


それを聞いて一斉にクラスメイト達は自分の席に戻りホームルームが始まる。


いつも通りの流れ。


入学してからずっと行って来たいつも通りの光景のはずだが、しかし今日は少しだけ様子が異なった。


「それじゃあ出席を取るぞ……って、あれ?」


学級日誌を手に取った先生が、とある光景を見て動きを止めた。


いや、先生だけでなく、恐らくクラス中の生徒が驚き固まってしまったことだろう。


窓際一番後ろ、つまり僕の左隣の席。


その席に、七海がいた。


遅刻は当たり前で、もはや最近では教室にいることの方が稀有だった彼女にしては珍しい光景だった。


固まる皆をよそに、当の本人は皆の視線などどこ吹く風と机に肘をついて窓の外を見つめている。


どうして今日に限って朝からいるんだ?


その疑問に答えるように、七海はホームルームが終わると同時に僕に言った。


「今日の放課後、一緒に死にに行こうぜ」


数日ぶりに聞いたその言葉は、やはり何度聞いても慣れる気がしなかった。

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