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今から一緒に、死にに行こうぜ  作者: シロツメクサ次郎
不良と僕
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約束しましょう

何とも奇妙な言葉が聞こえた気がした。


戸惑う僕に、彼女はそれが聞き間違いではないと教えるように言葉を続ける。


「だから、私はこれから死にに行くんだけどさ、一人じゃ寂しいから付き合ってくれって言ってんだよ」


「えっと、どういうこと?付き合ってくれって、僕にも一緒に死ねってこと?」


「カバンは教室に置いてきたのか?それじゃあ、まずはお前のカバンを拾って、それから死にに行くか」


「いや、ちょっと待って。僕の話を聞いて」


「返してほしかったらついて来な」


結局、僕は彼女の言った言葉の意味も分からないまま彼女の後を追いかけることになり、気が付けば学校のそばにある商店街へと足を運んでいた。


「ここで死ぬの?」


「この中にある店で死ぬ予定なんだ」


「店?」


首をかしげたところで、前を歩いていた彼女が突然、古びた建物の前で足を止めた。


どうやらここが目的地らしい。


彼女はスマホをポケットに入れ、躊躇いなく引き戸の扉を開いた。


それと同時に、覚えのある匂いが鼻孔をくすぐった。


「ラーメンの匂いがする」


「正解。評判良いんだぞ」


「ラーメン屋で死ぬの?」


「すぐに分かる」


話しながら適当なテーブル席に着くと、カウンターの奥から白髪の男性が姿を現した。


マフィアのドンと見間違う風貌をしているが、腰につけた白いエプロンを見るに、彼がここの店主の様だ。


「獄炎二つ」


「あいよ」


「ああ、とうとう頼んじまった。楽しみだな」


「待って、獄炎ってなに?」


「獄炎は獄炎だよ。知らねえなら、楽しみにしてな」


店主が奥に引っ込んでいくのを見守りながら、彼女は水を入れたコップを僕へと差し出して来る。


「ラーメン屋の水って意味分かんないくらい美味いよな。中に何か入ってんのかな?」


「そろそろカバン返して」


「おいおい、少しは言葉のキャッチボールしようぜ?お前、教室ではもう少し愛想良いだろ?えっと……清水」


「進藤だよ」


記憶力が良いって設定はどこへ行った。


呆れる僕に、七海は悪びれる様子もなく微笑む。


「大丈夫、もう忘れないから」


「ここまで信頼できない大丈夫を聞いたのは初めてだ。ていうか、一つ聞いて良いかな?」


「なんだよ改まって」


「死にに行こうぜって、結局どういう意味なの?君は、死にたいの?」


「ああそのことか。いや、大したことじゃねえんだが、実は私って二十歳まで生きられない病弱少女なんだよ」


「……は?」


「生まれつき心臓に病気があってな。今は薬で何とか誤魔化してるけど、いずれ自分で立つことも出来なくなって、最後は呼吸もできなくなって死ぬらしいんだ」


「ちょ、ちょっと待って、話がいきなり過ぎて付いていけない」


慌てる僕に、彼女は紙袋の中から小さな錠剤をいくつか取り出し僕の前に並べた。


それらの効能は定かではないが、袋の中にある尋常ではない数の薬たちは、彼女が健康体ではないと言うことをこれ以上なく丁寧に教えてくれた。


「入院しなくて良いの?」


「中学に入るまでしてたんだけど、寝るのに飽きたから退院してきた」


「飽きたって……」


「いやいや、寝てるだけってのも結構キツいんだぞ?一日中寝てると背中とか首が痛くなるし、病院だから遊ぶ場所も道具もない。他の患者のこともあるから、出来ることと言ったらベッドで静かに本を読むことくらいだし。あんなところにずっといたらストレスで禿げるぞ」


声を潜めて話す今の彼女からは、まるで病の気配と言うものを感じない。


いたって元気で、笑顔さえ浮かべている。


「生きるのはもう諦めるとしてもさ、だからって体が動かなくなるのが分かっているのに、それを黙って待つなんて勿体ないだろ。どうせなら、最後の瞬間くらい自分で選びたいと思わないか?」


なるほど、言いたいことは分かった。


しかし、それならどうして彼女は今日、僕をラーメン屋に連れて来たんだ?


その疑問は、店主が運んできた料理を見た瞬間に解消された。


「……獄炎二つ」


静かな言葉と共に差し出された器の中には、血の様に赤く染まったドロドロの何かが詰まっていた。


食べなくても分かった。


これは、人間が食べてはいけない物だ。


口に含んだが最後、辛さで味覚が破壊される。


その証拠に、微かに漂って来た匂いを嗅いだだけで、目の前で玉ねぎをみじん切りされているかのように涙があふれて来る。


「獄炎ってのはキャロライナを使ったラーメンなんだ。ちなみに、キャロライナは世界一辛いって評判の唐辛子のことな」


「それ、絶対人間が食べたらダメなやつだよね?」


疑問を口にする僕に、彼女はおもちゃを買い与えられた子供の様に楽しそうな笑顔を浮かべて、


「まあまあ、とりあえず料理は届いたわけだし……さっさと死にな」


明るい声とともに、レンゲの上に集めていた赤い麺を容赦なく僕の口の中へ突っ込んだ。


それに驚き、ついつい口に入れられた麺を噛んでしまったその瞬間、口の中が地獄と化した。


「……っ!!」


“辛さ”ではなく“痛み”が口の中を襲った。


全身から汗が噴き出し、息をするたびに舌先がしびれる。


慌ててコップの水を飲み干すが、そんなものではこの痛みは治まらない。


「これ、ヤバいだろ……」


これを拷問で使われれば、どんな屈強な悪人だって口を割ってしまうに違いない。


一度知った辛さから、僕は怯えるように椅子を後ろに引いて器から距離を取る。


いくら辛いもの好きでも、誰もこんな商品は求めてないだろ。


これを食べられる人間が存在するはずがない。


「あはは、超辛え!」


訂正。


いた、目の前に。


驚く僕をよそに、彼女は笑いながらラーメンを次々と口へ運んでいき、ついには器を空にしてしまった。


「君、舌と頭は大丈夫?」


「どういう意味だコラ」


「こんなに辛い物、人類は食べられないよ」


「そうか?美味いじゃん」


「いや、味なんて分からないって」


「あっ、そういえば言い忘れてたけど、残したら罰金一万円だからな」


「……はぁ!?」


驚く僕に、彼女は店の壁に貼られた”罰金一万円”と書かれた紙を指さして微笑む。


「頼む前に教えてよ」


「教えたら逃げるだろ。それじゃあつまらない」


「……君、絶対に地獄に落ちるよ」


「あはは、余命宣告を受けている美少女に容赦ないねえ」


この程度の言葉では足りないが、しかし今は彼女に構っている暇はない。


テーブルに箸をおき、ポケットから財布を取り出し中身を確認。


しかし、何度数えても所持金の合計は一万円に到達することは無い。


まあ、銀行に行けば何とかなるが……。


「ねえ、一つお願いがあるんだけど」


「金を下ろしに行く間、この席で待っていてくれって願い以外なら聞いてやるよ」


やはり彼女の行先は地獄が相応しい。


目の前の外道では話にならないとカウンターにいる店主に視線を向ける。


しかし、店主の中では既に僕から一万円を貰えることが決定していたようで、呑気にノートを開いて“一万円で買いたいものリスト”なんてものを作り始めていて、どれだけ呼びかけてもこちらを振り向くことは無かった。


「金を払うまで話を聞いてくれなさそうだな」


「どうしよう……」


食べるしかないのか?


しかし、食べて無事に帰れるのか?


脳裏には先ほど味わった痛みへの恐怖がある。


もう一度こいつを口に含めば、今度こそ僕の味覚細胞が全て焼き切られてしまうかもしれない。


膨れ上がる葛藤の中、それでも何とかテーブルに置いた箸に手を伸ばそうとしていたその時だった。


「まあ、どうしてもって言うなら手伝ってやらんこともない」


ふと、彼女は怯える僕を見つめたまま、意地の悪い笑顔で呟いた。


……何を企んでいる。


手を止めて笑顔の彼女を見つめていると、案の定、彼女は手伝うための条件を提示してきた。


「食べてやる代わりに、私が死ぬのを手伝って欲しい」


「死ぬのを手伝う?」


えっと、つまりそれはどういうことだ?


目を点にしているであろう僕に、彼女は笑顔で言葉を続ける。


「さっきの話の続きだけどさ、私は生まれつき心臓に病気があって、人生のほとんどを病院のベッドで過ごしてきた。もちろん、それが自分の身を守るためだとは分かってるんだけど、ずっと寝ているだけの生活は色々と、特にこっちの方がキツくてな」


そう言って、そっと彼女は自分の胸に手を当てて、


「周りの人たちが元気になって退院していくのに、私はいつまで経っても同じ場所に留まったまま。ベッドの上で、一秒でも長く生きるために安静にしていないといけない。それを両親も医者も望んでいるのを分かっていたから、私も“そう言う役目”なんだと納得してたんだけどさ、唐突に感じちまったんだ」


「……何を?」


「自分の心が腐っていくのを」


静かな声に、嫌な汗が流れる。


心が腐る。


その言葉の意味を、彼女は穏やかに語り続ける。


「自分の命を、自分のためじゃなくて他の人のために使ってた。両親や医者を困らせないためだけに生きていた。でも、そんな生活を続けているうちに、いつの間にか自分がやりたいこととか、そう言うのを全部諦めていることに気が付いた」


周りの期待に応えるためだけに生きる。


その辛さは、僕には想像もつかない。


「変な話だろ。生きるために“生きたいと思う理由”を全部放棄しなきゃいけないんだ。皆と同じように遊ぶことも、学校に通うことも、習い事だって出来ない。そんで、そうやって生きてると考えちまうんだ。私って、何のために生きてるんだろうって。こんなの、死んだ方がマシじゃないかって」


あっさりと口にするには、あまりにも重たい言葉だった。


それにも関わらず、彼女は思い出し笑いをするかの様に息を噴き出して、


「でもさ、そうやって考えているうちにだんだん腹が立ってきてよ。どうせ短い人生なのに、どうしてこんな風になるまで追いつめられないといけないんだって。たった数年しか動けない心臓のために、どうして私が振り回されなきゃいけないんだってな」


「……」


「だから決めたんだ。どうせ死ぬなら、散々振り回されてきた心臓こいつを思いっきりコキ使ってやろうって。安らかじゃなくても、私が面白いと思える最期を迎えるために、この心臓を使ってやる」


言い終えると、彼女は「最高だろ?」と声を上げて笑った。


僕は、とても笑えなかった。


「もしかして、こんなに辛いものを頼んだのも」


「ああ、辛さでビックリしてそのまま逝けたら面白いと思ったんだけど、この程度じゃダメだったな」


「……一秒でも長く生きたいと思わないの?」


「思わない。腐った命で長生きするくらいなら、さっさと死んじまったほうがマシだ」


過激な言葉だ。


何かが間違っている気もしたが、しかし僕にはそれを言葉にする力も権利もなかった。


「話はこれくらいにして、そろそろ選んでくれるか?このラーメンを食うか、それとも私の手伝いをするか。さあ、どっちだ」


おかしな話だと思う。


僕と彼女は今日初めて言葉を交わした仲だ。


それなのに、彼女は自分の最後の手伝いなんて大層な役割を押し付けようとしている。


こんな話、ふざけるなと一蹴してやれば良い。


ここにも騙されて連れて来られたようなものだから、何も気にすることは無い。


そう思っているのに。


「……分かったよ」


「分かったって、何が」


「手伝う。だから、食べるのを手伝ってくれ」


気が付けば僕は、そんなことを口にしていた。


何故かはわからない。


しかし、それでも無理やり理由付けをするなら、屋上で見た彼女の涙が僕の心の何かに引っかかったのかもしれない。


「よっしゃ、それじゃあ決まりだ。また一緒に死にに行こうぜ」


ちなみに、この約束のせいで僕はバンジージャンプなんて怖い思いをすることになるのだが、当然この時の僕はそんなこと知る由もなかった。

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