プレゼント
悩んでいるうちに、その日はやってきた。
美羽ちゃんの十歳の誕生日当日、僕たちは美羽ちゃんを祝うために彼女の病室へと足を運んでいた。
「おい七海!俺のケーキのイチゴ食べたのお前だろ!楽しみに取っておいたのに!」
「いやあ、育ち盛りのサッカー部は果物より肉の方が食べたいんじゃねえかと思ってな。お詫びにほら、私のチキンをやるから許してくれよ」
「許して欲しいなら俺のショートケーキにチキンを刺すんじゃねえ!」
「ねえ進藤!次はメロンソーダと麦茶を混ぜてみようよ!」
「ダメだよ進藤!それより先にコーラとお汁粉だよ!」
「両方ともマズそうだね……っていうか、何で僕だけ呼び捨て?」
「そんなことより進藤!ケーキ食べたらみんなでゲームしようぜ!」
明るい声と笑顔が部屋を包み込む。
その中心には今日の主役である美羽ちゃんがいて、皆からお祝いの言葉をかけられるたびに照れ臭そうな笑みを浮かべている。
「良いなあ十歳。ねえ美羽お姉ちゃん、十歳ってどんな感じ?」
「そりゃあ、アンタらみたいな年下の男どもが馬鹿に見えるのよ。ねえ美羽お姉ちゃん」
「そんなこと言うけど、お前だってまだ八才だろ。ってことは、美羽お姉ちゃんから馬鹿だと思われてるぞ」
「そ、そんなこと思ってないから、喧嘩しちゃダメだよ?」
いつも七海と一緒にいるところしか見ていなかったが、年の近い子供たちと一緒にいる時の美羽ちゃんはまるで皆のお姉さんのようで、喧嘩を始めそうな彼らを優しい笑顔でなだめている。
珍しい光景を見つめていると、ふと隣にいた宮崎さんが表情をほころばせて言った。
「お誕生日プレゼントは決まった?」
「あ~……、一応……」
「不安そうだね」
「まあ、色々と事情がありまして」
「ふふっ、きっと大丈夫だよ」
「だと良いんだけど……」
部屋の隅っこで話していると、一人の男の子が僕たちを呼んだ。
それを機に僕たちは会話を切上げ、子供たちと一緒にゲームを楽しんだ。
楽しい時間が終わりを告げたのは、用意したお菓子やケーキを食べ終え、窓から夕日が差し込みだした頃だった。
看護師さんが夕飯の時間を告げに来たのを皮切りに、子供たちを部屋へと連れて行く。
遊び足りないと嘆く子たちをなだめるのは想像以上に大変で、子供たちの部屋への連行の手伝いを終えた僕は、七海と共に宮崎さんと河野が戻ってくるのを廊下のベンチで待つことにした。
「運動部なのに情けねえなぁ」
「僕が情けないんじゃなくて、君の体力が化け物なんだよ」
「何でもいいが、いい加減に息を整えて顔を上げな。お前にお客さんが来てるぞ」
言われた通り顔を上げれば、廊下の曲がり角からこちらをのぞき込む人影が見えた。
見覚えのある小さな影は僕が手を振ると、それを待っていたかのようにこちらへと駆け出してきた。
「美羽ちゃん、部屋に戻ったんじゃなかったの?」
「ケーキの食い過ぎで腹でも痛くなったか?」
「ち、違う!そうじゃなくて……」
言い淀みながら、美羽ちゃんは僕の手を取って言った。
「あの、今日はありがとう。凄く楽しくて、嬉しかった」
よほど照れ臭かったのだろうか、握られた手は微かに熱と震えを帯びていて、その健気な姿に僕は口元が緩み、七海は口元が邪悪に吊り上がった。
「美羽は偉いな、ちゃんとお礼を言えるんだな」
「そ、それくらい言えるもん」
「そうだな、美羽はもう大人だからな。年下に最後のケーキ食べられて落ち込む、可愛い大人の女性だったな」
意地悪の数だけ、美羽ちゃんの頬が風船のように膨らむ。
その愛らしい姿をもう少し見ていたいと思うが、しかしこれ以上は彼女の頬が破裂しかねない。
悪魔の代わりに謝罪を口にすると、美羽ちゃんはむくれた表情のまま僕の膝の上に腰を下ろした。
「あれ、今日はそっちなのか?」
「……」
返事の代わりにそっぽを向く。
それを見た七海は、心底楽しそうに声を押し殺して笑いだす。
相変わらずの悪魔と天使のやり取りを見つめていると、ふと思い出したように七海が僕に視線を移して、
「プレゼント渡してないの、お前だけだぞ」
「……あ」
言われて、ようやく思い出した。
しかし、プレゼントを用意したのは良いが、喜んでもらえるかどうか不安で仕方ない。
そのくせ、七海が「すげえプレゼントをくれるぞ」なんてハードルを無暗に上げるものだから余計に渡し難い。
やっぱりこの女は地獄に落ちるべきだと思いつつ、観念して僕はズボンのポケットに入れていたプレゼントを取り出した。
瞬間、プレゼントを渡された美羽ちゃんも、それを見ていた七海も石にされたかのように動きを止めた。
「それは?」
「見ての通りだよ」
「……見間違いじゃなけりゃ、“何でも引換券”って書いてるな」
「見間違いじゃなく、そう書いてます。良いかい?これは美羽ちゃんが何か欲しいもの、して欲しいことがあった時、いつだって僕がその願いを叶えてあげる魔法のチケットなんだ。ちなみに期限は無いから、本当に欲しいものが見つかるまでじっくりと考えても大丈夫だよ」
「……つまり、何にも思いつかなかったから、美羽に丸投げしたと」
「サッカー選手のポスターみたいな欲しくもない物を押し付けられるより、こっちの方が何倍も素敵なプレゼントだと思ったんだよ。これが僕の美羽ちゃんに対する誠意だよ」
「お前の心意気は分かったが、どうしてさっきから私の目を見ようとしねえんだ?」
「さあ美羽ちゃん、何かある?いや、無理してすぐに決めなくてもいいんだよ。ゆっくり、これだと思うものがあった時で大丈夫だから」
圧のある眼光から逃れるように、膝に座る美羽ちゃんの顔をのぞき込む。
すると、彼女は少しだけ顔を強張らせながら僕を見上げて、
「……なんでも、良いの?」
「うん。いや、でも、あんまり高い物は……」
「美羽、気にすんな。自分で言いだしたことなんだから、内蔵売らせてでも叶えさせる」
「……それじゃあ、一つだけ良い?」
「うん、なに?」
聞き返した僕に、美羽ちゃんは小さな声で言った。
「私、お母さんに会いたい」




