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今から一緒に、死にに行こうぜ  作者: シロツメクサ次郎
不良と悪友
17/24

何事も初めたばかりが一番楽しい①

七月が始まり、クラスは夏休みの話題で持ちきりになった。


どうやら皆それぞれの予定が詰まっているらしく、それを楽しみに微笑んでいる者もいれば、逆に憂いて涙を浮かべる者もいた。


「君はどうするの?夏休みは実家に戻ったりするの?」


「さあな、考えてねえや」


ぶっきらぼうに言い、七海は手に握っていたペンをテーブルの上に転がし深く椅子にもたれかかる。


今日も今日とて、僕たちは宮崎さんの勉強会のために図書室へと足を運んでいた。


しかし、到着した早速勉強を始めようとしたところで、ちょうど宮崎さんのスマホに連絡が入った。


それを見た宮崎さんは何やら慌てた様子で部屋を飛び出し、僕たちは彼女が戻ってくるまでの間、二人で勉強を進めることにしたのだが、


「三十分だな。それ以上は集中力が持たねえらしいわ」


そう言うと、七海はカバンの中からポッキーを取り出しポリポリと音を立てて食べ始めた。


机には“飲食禁止”と書かれた張り紙が貼られているのだが、どうやら彼女の視界には届かないようだ。


「お前も食うか?」


「……いただきます」


張り紙から目を背けて一口。


口の中で広がる甘みは、疲労困憊だった脳みそを蘇らせる。


久しぶりに食べたが、やっぱり僕はチョコレート系統のお菓子でこれが一番好きみたいだ。


「宮崎さんはまだ帰ってこないのかな」


「委員会の手伝いして、ちょっとだけマネージャー業をしてから来るみたいだ。今ちょうど連絡が来たんだけど、どうやら後三十分くらいかかるらしい」


「相変わらず大変そうだね」


「お人よしもここまで来ると異常だな」


確かにと、僕たちは同時に苦笑を零す。


異常とまでは言わないが、確かにお人よしと言う意見には首肯せざるを得ない。


「本当、頑張り屋さんで困るね」


「ああ、本当にな。おかげであと三十分したら、私は強制的に地獄に引きずり込まれるんだ」


大きな舌打ちと共にポッキーをかじる。


文句を言いながらもちゃんと勉強会に来るのは、果たしてただの気まぐれなのか、それとも七海が問題を解くたびに宮崎さんが嬉しそうに笑うからなのだろうか。


「これだけ面倒見てもらっておいて、二人そろって赤点だったらどうなるんだろうな」


「夏休みの補習まで付き合ってくれそう。再試験に合格するまで毎日勉強三昧とか」


「……ありえそうで怖えよ」


「それが嫌なら、何としても赤点だけは回避しないとね」


そう言ってペンを握りなおしたところで、不意に図書室の扉が開き、浮かない顔をした宮崎さんが部屋の中に入って来た。


「なんかあったのか」


「……うん。ちょっと、部活の方で問題があって」


「部活?」


「喧嘩って程じゃないんだけど、私が見てないところでそう言うのがあったらしくて……」


「大丈夫かよ。試合までもう一カ月くらいだろ」


「解決したとは言ってたんだけど、時期が時期だけに少し心配」


そう言って、宮崎さんがこちらに向けてくれた視線が教えてくれた。


多分、宮崎さんの言う問題には河野が関わっている。


原因は恐らく、最近続いている乱暴なプレーだろう。


やっぱりこうなったかと、思わずため息が零れそうになるが、何とかそれを堪えて宮崎さんにねぎらいの言葉を送る。


そうして、僕たちはいつもの様に勉強会を始めたが、どうしても頭の片隅には宮崎さんの言う問題とやらがちらついて。


この日の勉強会は、今までで一番出来の悪いものになってしまった。





降り注ぐ日差しは一日ごとに暑さを増していく。


道を歩いているときに日傘をさしている方を見かけるようになったが、あれは男の僕が差していたらおかしいだろうか。


一応、男性用に作られた日傘はあるらしいが、生憎僕はそれを使っている人を見たことがない。


もしかすると見栄えが悪いのかもしれない。


もっと使いやすい男性用の日除けグッズがあれば良いのに、探してみても見つかるのは帽子くらいなものだ。


夏は男にとって暮らし難い季節だ。


だからこうして勉強にも身が入らないのは仕方なくて、これは決して僕の性根が怠け者と言うわけではないのであって……。


「ぶつぶつうるせえな!黙らねえとぶっ飛ばすぞ!」


物騒な声と共に飛んでくる消しゴムが胸に突き刺さる。


痛みを感じて顔を上げれば、対面の席で七海が鬼の形相でこちらを睨みつけていた。


「なんだテメエ、さっきから一人でぶつぶつと。ただでさえ暑いのに、そこに辛気臭さを持ち込むんじゃねえよ!」


ごもっともな意見だ。


しかし、今は彼女がどれだけ僕を罵ろうと弱音を吐き出さずにはいられない。


「今日に限って図書室の冷房が壊れてるなんて聞いてないよ。こっちは涼めると思ったから来てやってるのに、これじゃあちっとも勉強が進まないよ」


「暑さのせいじゃねえだろ。本当に勉強する奴は環境に文句を言う前にノートと教科書開くんだよ」


鋭い指摘が胸の奥底まで突き刺さる。


本当に、見た目こそ校内で一番ふざけているくせに、言うことに関しては真っ当だから困ってしまう。


言い負かされた僕は、仕方なくノートをテーブルの上に広げる。


今日は生物の勉強をしているが、やはりこういう暗記がものをいう教科は苦手なままだ。


「数学とか国語ならまだマシな点数が取れるんだけどな……」


「普通はそういう教科が苦手で、理科とか社会が平均点くらいってパターンの方が多いと思うんだけどな」


「こう、解いているって感じがしないんだよ。だから、どうしても身が入らないのかも」


過去に何があったとか、生き物の体の構造はどうなっているとか微塵も興味はないし、わざわざ覚えておかなくてもスマホで調べれば良いじゃないかと思ってしまう。


この考え方が良くないのは分かっているが、生まれた時から傍らにネットのある環境で育ったからには、どうしたって考えてしまうものだ。


「ていうか、君の方も勉強しなくて良いの?さっきからずっと漫画を読んでるみたいだけど」


「任せろ、私には立花さんから教えてもらった秘密兵器があるんだよ」


「まさか、カンニングペーパー?」


「そんなセコイ真似を誰がするかよ。私の秘密兵器は、こいつだ」


そう言って、彼女はペンケースの中から一から六までの数字が書かれた鉛筆を取り出し僕の方へ差し出した。


「こいつを転がして、そこに書かれている数字を書く。すると不思議なことに、解答欄が勝手に埋まってしまうって寸法だ」


「自信満々のわりに、ずいぶんと古典的な手法を使うんだな」


「もう一本あるけど、一ついるか?日ごろの行いが良ければ、神様とやらが助けてくれるかもよ?」


「なるほど、それが本当なら満点間違いなしだから、ありがたく頂戴するよ」


「ていうか、やっぱり二人だけで勉強なんて無理だったな」


笑いながら告げられた言葉に、僕もまた苦笑を零して素直にうなずく。


今日は土曜日で授業はない。


しかし、テストが近いから、折角ならば学校の図書室で一緒に勉強しようと七海から連絡が来たのが昨日のことだった。


どうせ一人だと勉強しないし、誰かいた方が捗るかもしれない。


そう思って来てみたが、案の定僕たちだけだとすぐに勉強とは関係ない話を始めてしまい、緩み切った空気では捗るものなんて何一つなかった。


「宮崎さんとか先生がいないとダメだね」


「互いに勉強が嫌いだからな。逃げ道を見つけるとすぐそっちに行きたくなるらしい」


意志の弱さに呆れながら、結局僕たちは朝の九時から始めていた勉強会を終えることにした。


ちなみに、今は昼の一時だが、黙ってペンを握っていた時間は半分もない。


「最近寝つきが悪いんだが、もしかしたら勉強のし過ぎなのかもしれねえ。目を閉じると委員長が教科書の例文を囁く幻聴が聞こえて来るんだ」


「それは、幸せな様な、そうでない様な……」


「あいつはアレだな。将来は学校の教師とかになるんだろうな。そして、生徒からエロい目で見られるに違いない。夏場に薄着を着て、汗で透けた下着をガン見されれば良い」


悪口なのか良く分からないことを言う七海は、険しい顔をしたまま廊下の窓から見える雲一つない青空を睨みつけている。


「冬は重ね着すれば寒さはしのげるが、暑さは全裸になっても丸刈りにしてもしのげねえ。本当にムカつくな、夏って季節は」


勉強を諦めて校舎を出ると、容赦のない日差しが脳天に突き刺さった。


そして、いつも通りくだらない話をしながら校門を出たのだが、突然七海が駅とは反対方向に向かって歩き出した。


「帰らないの?」


「どうせ帰っても勉強しねえからな。せっかくだから、地獄の予行演習しに行こうと思ってな」


「あのさ、子供たちと遊ぶのを地獄って言うの止めないか?」


「お前も来いよ。どうせ帰っても教科書開くつもりはねえんだろ?」


その通りだが、素直にうなずけないのは胸にあるちっぽけな自尊心のせいだろうか。


これ見よがしに眉間を寄せる僕に、七海は肩を揺らして微笑み、僕の腕を掴んで歩き出した。

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