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今から一緒に、死にに行こうぜ  作者: シロツメクサ次郎
不良と悪友
16/24

老若男女、腹が立てばキレるもの

「おうまさん!つぎはあのおしろまで、つれてってくれるかしら!」


少女の命令に、僕は頷きその場にしゃがみ込む。


すると、少女はそれを待っていたと言わんばかりに、勢いよく僕の背に飛び乗った。


「よ~し、それじゃあしゅっぱ~つ!」


「はいはい……」


「おい、何で馬が日本語喋ってんだよ」


立ち上がろうとした僕に冷たい声が降り注ぐ。


顔を上げてみれば、お城で一番カッコいいお姫様、という設定の七海がゴミを見るような目で僕を見降ろしていた。


「な、何でって」


「それと、馬は二足歩行じゃねえ、四足歩行だ。遊びだと思って手ぇ抜いてんじゃねえぞ」


どうやら、この場所で繰り広げられる“おままごと”は、僕の知っているものと空気感が違うらしい。


仕方なく、一度少女を下ろして四つん這いになる。


それを見た七海はそれでいいんだと言わんばかりに頷いて、お城と言う名のお菓子やジュースの置かれたテーブルへと戻って行った。


距離にして僅か数メートルだが、子供を乗せて、しかも四つん這いで歩くのは思っていたより体力が必要だった。


何とかたどり着くと、少女はまるで僕が本物の馬であるかのように僕の頭を撫でて、


「それじゃあ、おむかえもよろしくね」


たどたどしい口調で告げると、少女は七海の待つテーブルに着き、お気に入りのお菓子たちへと手を伸ばした。


疲れたが、とりあえずこれで一休み出来る。


そう思ったのも束の間、立ち上がろうとした僕の背に強烈な平手打ちが叩き込まれた。


驚いて振り返れば、そこには無邪気な笑顔で僕を見つめる少年たちがいた。


「進藤、今から魔王ね!」


彼のその言葉を合図に、後ろで風船で作った剣を構えていた少年たちが一斉に僕に斬りかかってきた。


馬車馬から転職して魔王とは、ずいぶん大した出世だ。


疲れてはいたが、しかしそんな僕の事情など知らず、彼らは容赦なく僕に剣を振り下ろす。


「魔王一人に大勢で攻撃ってズルくない?」


「ズルくない!魔王は悪の超パワーが使えるから!それに、ゲームだと悪役は一人で勇者は大勢って決まってるから!」


「確かに、言われてみればそうだね」


「と言うわけで、覚悟~!」


元気のいい声と共に袋叩きに会う僕を見て、お茶会を楽しんでいたお姫様たちが笑い声を響かせた。




七海に手を引かれてやってきたのは、先日頭の治療をしてもらった病院だった。


扉をくぐり待合室に着くと、七海は一人受付へと向かい一人の看護師に声をかけた。


若い女性で、真っ黒な髪を後ろで一纏めにしていて、可愛らしい顔にはまだ幼さが残っている。


彼女は七海の顔を見ると、あっという間に表情をほころばせ七海に抱き着いた。


「伊織ちゃん、久しぶり~!元気だった!?」


「おかげさまで。たちばなさんは今日も元気そうですね」


「人に元気をあげられるくらいじゃないと、このお仕事は務まりませんから!」


明るい声に、七海の表情がほころぶ。


二人はどういう関係なんだろう?


伺うように見つめていると、七海が思い出したように僕の方を振り返り、


「今日は生贄を用意してきました」


「本当?助かるわ~。それじゃあ、お願いできるかしら。私もあとで行くから」


「はい。それじゃあ、また後で」


挨拶を済ませると、橘さんと呼ばれた彼女は再び業務へと戻って行き、七海は先ほどまで浮かべていた愛想の良い笑顔を消し去り僕の手を引き歩きだした。


待合室から続く廊下をまっすぐ進んでいくと、やがて僕たちの前に両開きの大きな扉が現れ、七海は何の説明もなくその扉を開いた。


そして、扉を開いた先には沢山の玩具と、それらで遊んでいる子供たちの姿があった。


七海の話によると、彼らは病気やけがの都合で学校へ通えておらず、長い間この病院の中で過ごしているようで、そんな彼らのために、病院側が少しでも楽しんで日々を過ごしてもらえるようにと用意したのがこの部屋だそうだ。


「今日はお前がいることだし、私は楽させてもらうな」


「え、楽ってどういうこと?」


僕の問いには、七海の代わりに子供たちが答えてくれた。


気が付けば、話をしていた僕たちの足元には子供たちが群がっていて、彼らは一緒に遊ぼうと僕を部屋の中へ連れ込んだ。


それから僕はお城へお姫様を運ぶ馬になったり、世界を滅ぼした魔王になったり、時には奥さんに内緒で不倫をしているサラリーマンに変身することになった。


「ね、ねえ。そろそろ疲れたんだけど」


「何言ってんだ。まだ遊び始めて一時間じゃねえか」


「もう一時間だよ。子供ってすごく元気だから、一緒に遊ぶのは疲れるんだよ」


「だろうな。まあでも、そんなに言うなら仕方ねえか。お前もこっち来い」


手招きされるまま、僕は床を這うように移動してお茶会をしている七海たちの元へ向かった。


テーブルに着くと、一緒にお茶会を楽しんでいた小さなお姫様の一人が、七海の膝の上で静かに眠っているのが見えた。


十歳くらいだろうか。


七海の様に髪の長い女の子で、静かな寝息と共に小さくお腹が上下している。


「ずいぶん懐かれてるんだね」


「私はここに入院してたから、付き合いが長いんだ」


「そうなの?」


「この子だけじゃねえ。ここの子供たちは何度も入退院を繰り返してるから、自然と顔見知りになっちまうんだよ。まあ、それが良いことなのかは分からねえけど」


言いながら、眠っている少女の頭を優しく撫でる。


すると、少女は七海の膝の上でくすぐったそうに顔をそむけた。


美羽みうって言うんだ。頭にちょっと厄介なものを抱えていて、長い間ここに入院してる。他の子どもたちと同じように遊べなくて辛いはずなのに、文句を言わず治療を受けてる。本当に大した奴だよ」


今までにない優しい声色。


二人の間に流れる空気は、まるで本物の姉妹そのものだった。


「退屈とか言って病院を抜け出した誰かと比べたら、ここの子供たちはさぞかし立派だろうね」


「お前、美羽が起きたら覚えとけよ」


「もうしばらく起きないことを心から祈ってるよ」


などと言ってみるが、先ほどから美羽ちゃんが薄目を開いてこちらを見ているのを僕は知っている。


目を覚ましたのは良いが、もう少し七海に甘えたいのだろう。


黙っててくれと、美羽ちゃんは口元に人差し指を当てて僕に合図をしたのだが、


「なんだよ、起きたのか」


タイミング悪くその瞬間を目撃されてしまい、美羽ちゃんは不服そうに体を起こした。


「あんまり昼寝すると、また夜に眠れなくなるぞ」


昼寝がしたいんじゃなくて、七海に甘えたかっただけだ。


誰だって分かることだと思うが、しかし肝心の七海だけが美羽ちゃんの想いに気付いていない。


「美羽ちゃんも大変だね」


苦笑交じりに言えば、美羽ちゃんは七海の顔をじっと見つめて、悔しそうに彼女の胸に飛び込んだ。


その後、僕はまた子供たちの遊びに付き合わされ、この部屋の利用時間が終わるころには息も絶え絶えで床に転がることになっていた。


「それじゃあ、私はこの子たちを部屋まで送り届けて来るから。二人とも、今日は本当にありがとう」


礼を告げる橘さんに倒れたまま手を振り見送ると、部屋に残されたのは僕と七海だけになった。


二人きりの部屋の中、七海は倒れている僕を横目に床に散らばったおもちゃを片付けていく。


「子供ってすげえだろ」


「そうだね。元気いっぱいで、疲れって言葉を知らない」


「特に今日は久しぶりの新しい獲物ってことで余計に元気だったな。相手が男だと、アイツらも手加減しなくて済むんだろうな」


確かに、チャンバラごっこや戦隊ものごっこは女の子相手にはやりにくい。


ましてや相手が金髪の不良娘ともなれば、さらに違う意味で戦いを挑みたくはないはずだ。


そんなことを考えているうちに、いつの間にか片づけは七海を終えていて、子供たちを送り届けてきた立花さんが部屋に戻って来たのを合図に、病院を後にすることにした。


しかし、出口へと向かう途中で、僕は待合室に見覚えのある人影を見つけて足を止めた。



——何でここにいるんだ。



驚いている僕に気が付いたらしい。


そいつは、僕の顔を見つめて照れくさそうな笑顔を浮かべた。


「よう進藤。こんなところで何してんだ?」


明らかに無理をしている笑顔に言葉が詰まる。


見つめる視線の先、そこには待合室の隅っこの席で診察を待っている河野の姿があった。


河野は僕と、その隣で目を丸くしている七海を見比べ、ニヤリと悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


「なんだ、また二人は一緒だったのか。最近ずっと一緒にいるけど、もしかしてそう言う関係なのか?」


いつも通りの冗談に、僕は何も言い返せない。


と言うか、会話なんて出来る余裕はない。


だって、今の僕は河野の左足に見える包帯のことで頭がいっぱいだから。


言葉を失っている僕に代わり、七海が僕の疑問を口にする。


「そう言うお前はどうしたんだ?足に包帯巻いているけど」


「いや、大した怪我じゃねえんだ。だけど、試合も近いから、念のために診てもらおうかなって思って」


話によると、先ほど僕たちが見ていた紅白戦の最中にちょっとしたアクシデントがあったらしい。


「疲れてたんだろうな。集中力切らしちゃって、相手チームの奴とぶつかっちまった」


「なんだそれ。チームのエース様が聞いてあきれるな」


「はは、返す言葉もないや」


「……何してんだよ」


ようやく出た言葉は、怒りで震えてしまっていた。


ダメだと分かっているのに、自然と声が荒くなってしまう。


「集中力が切れたって、違うだろ。疲れて視野が狭くなってただけじゃないのか」


「……」


「お前、休めって言われてたのに、誰も見てないところで練習してたんだろ」


気まずそうに視線を逸らしたのが答えだった。


気が付けば僕はここが病院だと言うことも忘れて河野の肩に掴みかかっていた。


「今日の試合だって乱暴なプレーが目立ってた。お前、何がしたいんだよ。無茶な練習して、それで怪我して、皆に迷惑かけて楽しいのか」


「そ、そう言うわけじゃねえよ」


「じゃあなんだよ。皆はお前に期待してるんだぞ。お前と一緒に試合に出られることを楽しみにしてるんだよ。それなのに……」


ああ、マズイ。


気持ちが、言葉が溢れて止まらない。


「無茶して格好つけて皆に迷惑かけるなら、今すぐサッカーなんてやめろ」


言い終えても、気持ちは収まらない。


それどころか、言葉を重ねれば重ねるほど怒りが積み重なっていく。


そんな僕に、河野は静かに言った。


「……進藤には、関係ないだろ」


その言葉が聞こえた瞬間だった。


ふと、僕の右手に触れる何かがあった。


見てみれば、七海が無表情に僕の手を掴んでいた。


「怪我人だぞ」


言われて気が付いた。


僕は、河野を殴ろうと拳を握っていた。


慌ててそれを引っ込めると、七海は俯く河野に「またな」と挨拶を交わし僕を病院の外へと連れだした。


それからのことは、正直よく覚えていない。


多分、道中七海が僕に何か声をかけていたと思うが、それらの内容の一切は頭の中から抜け落ちていた。


残っていたのは、後味の悪い後悔だけ。


関係ない。


その一言は、今の僕が一番聞きたくなくて、河野が一番言いたくなかった言葉だったはずだ。


謝らないといけない。


そう思っていても、どうしても僕は素直に行動には移せなかった。


それよりも、無茶な練習を続けている河野に対する怒りの方が大きくて。


結局僕は、どこまでも自分のことしか考えられない格好悪い奴のままだった。




病院の一件から数日が経った。


僕と河野はあの日から口を利いていない。


とはいえ、僕には僕で友達がいたし、河野には河野でサッカー部の連中がいたから、互いに話し相手に困ることは無かった。


強いて言うなら、クラスメイト達と昼ご飯を食べる時にちょっとした気まずさは感じることはあったが、それでも大した問題はなく学校生活は送れていた。




「それじゃあ、今日の朝練はここまでな」


三年のキャプテンの声で、グラウンドで練習をしていた部員たちが一斉に引き上げる。


それを見届ければ、僕は宮崎さんと共に彼らの残した道具の後片付けを始めた。


「河野君、今日もすごかったね」


「三日連続ハットトリック達成。いくら紅白戦とはいえ恐れ入ったよ」


メンバーに選ばれてからの河野は、それまでとはまるで別人のように結果を残し続けている。


しかし、脳裏には病院で見た包帯のことがあり、彼が無茶をするたびに僕は眉間に力が入ってしまう。


「もう少し冷静な判断が出来たら、きっとプロも夢じゃないだろうね」


だからこそ、実力があるのに自分を大切にしない今の河野が許せない。


片づけを終えると、僕たちはいつもの様に二人教室へと向かった。


扉を開けると同時に宮崎さんはクラスメイト達に囲まれ、僕はそんな彼女に軽く手を振って自分の席に着いた。


席に着くと、机に突っ伏していたはずの七海が顔を上げてこちらを見つめていた。


「朝からどうした?委員長に何か言われたのか?」


「いや、別に……」


「そうか、それならもう少しまともな顔をしろよ」


「……」


何も言い返せない僕に、七海は呆れたように席を立ち教室から出て行ってしまった。


怒らせてしまったわけではなくて、単純に気を遣わせてしまっている。


その証拠に、放課後は依然と変わらず宮崎さんと先生で勉強会をして、その帰り道は他愛のない話をしてくれる。


「駅の近くでデカい犬の糞を見つけたんだよ。まだ残ってるかもしれねえから、帰る途中に見に行こうぜ」


「嫌だよ。ていうか、いきなり汚い話をするな」


「楽しいだろこういう話。なあ委員長」


「おいやめろ、宮崎さんにそう言う話を振るな。お前と同じところまで引きずり降ろそうとするな」


「とか何とか言って、案外委員長もこの手の話は好きかもよ?清楚な顔して卑猥なことが好きとかそそるだろ?」


そう言って七海に肩を組まれる宮崎さんの顔は、見ていて気の毒になるくらい赤くないっている。


単純に照れているのか、それともまさか図星を突かれて戸惑っているのだろうか。


分からないが、どうか前者であってくれと願わざるを得ない。


「そういや、委員長って好きな人いんの?結構告白されてるけど、誰かと付き合ってないの?」


「え、ええ!?わ、わた、私はっ……!」


「彼氏とか好きな人がいたら面白いことになりそうだな。クラスの男子たちが知ったら失神してぶっ倒れるんじゃねえか?」


「ち、違うよ!私は別に、そんなっ」


からかう七海と慌てる宮崎さん。


間に入って止めないのは、僕も宮崎さんの恋愛事情に興味があったのではなく、他の考え事に気を取られていたからだ。


七海は気が付いているだろうが、あえて僕にそれを聞くことはしなかった。


そうして、今日もいつも通り宮崎さんと駅で別れ、僕たちは二人で電車に乗り込み隣り合うように席に着く。


「委員長って弄り甲斐があるよな」


「イジメ甲斐だろ」


「どっちも変わんねえよ。でもよ、あの反応を見るに委員長って好きな人がいそうだよな。これは面白い情報を仕入れちまったな」


悪役の様な笑みに口元が引きつる。


可哀そうに宮崎さん、よりにもよってこの女に弱みを握られるとは。


「宮崎さんもそうだけど、君にはそういう人はいないの?」


おもむろに話題の矛先を変えてみると、七海は意外そうに目を見開いて、小さく唸り声をあげて考え込んだ。


「……考えたこともねえな。ずっと病院だったってのもあるし、そもそも恋愛しても意味ないし」


「どういうこと?」


「先がねえのに、誰かを好きになっても仕方ねえだろ」


「あっ」


また迂闊な質問をしてしまった。


すぐさま謝罪の言葉を口にしようとしたが、それより早く七海が言葉を続ける。


「まあ、恋人は無理だけど。遊び相手ぐらいは手に入ったから別に良いんだよ」


そう言って浮かべた意地悪な笑顔は、僕たちの間に生まれかけていた重苦しい空気をあっさりと押し流してくれる。


それが有難くて、僕は彼女の笑顔に甘えいつも通りに話を続ける。


「遊び相手じゃなくて、玩具じゃないのか?」


「いやあ、まさか。そんな酷いこと考えてるわけないだろ」


「そんな笑顔で言われても説得力がないよ」


「気にすんな。今大事なのは、私は恋愛が出来ないが、友達は大切にする素敵な美少女だと言うことだろ」


言い終えると、大きなあくび零し、ゆっくりと僕の方へ体を預けて来る。


勉強会終わりは特にだが、七海はこうして電車の中で眠ることが多い。


何度も経験しているせいか、彼女から伝わる体温に慣れてしまっている自分がいる。


少し暑いが、うかつに動けば文句を言われるので、仕方なく僕は今日も彼女に肩を貸す。


そうして電車に揺られていると、七海は目を閉じたまま、眠たそうな声で言った。


「友達だから分かって欲しいことはあるけどさ、友達だから黙っていたいこともあるんだろ。だから……」


「……だから?」


寝息を立て始めた七海は、大事なところで言葉をはぐらかしたまま気持ちよさそうに夢の世界に落ちていく。


言葉は途中で途切れたが、しかし彼女の言いたいことは何となく伝わった。


同時に、眠っている彼女の横顔に僕は思う。


そんなことが言えるってことは、君も同じ思いを抱えているのか?


いや、七海だけじゃない。


きっと皆にも大事な人に知って欲しいことと黙っていたいことがあって、それを必死に胸の内で隠しながら、バランスを取りながら懸命に日々を生きているんだろう。


そんな当たり前のことを、僕はすっかり忘れてしまっていた。


「分かってたのになぁ」


脳裏に蘇るのは先日の病院での光景。


怯えと悲しみに満ちた河野の目。


ため息とともに後悔の念が胸中に渦巻く。


ふと窓の外に視線を向ければ、いつもより明るい黄昏の空が見えた。


いつの間にか世界には夏の匂いが漂い始めていた。

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