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今から一緒に、死にに行こうぜ  作者: シロツメクサ次郎
不良と悪友
15/24

頑張り屋さんはサボり下手

頭を怪我したからと言って、勉強会が休みになることは無かった。


宮崎さんのスケジュールが空いた日は、毎日図書室へ行き宮崎さんや手の空いている先生に勉強を叩きこまれていた。


「先生!僕は一応怪我人なので、手を上げるのは勘弁してほしいです!」


「怪我したのは頭だろ!だったらそれ以外は殴っても問題ないだろ、このたわけが!というか、貴様は何度同じ問題を間違えたら気が済むんだ!」


厳しい言葉と共に背中に平手打ちが入る。


今日は世界史を見てもらっているが、世界史の担当の先生は生まれが古いこともあり、指導方法もそれに見合ったものになっている。


このご時世に教師が生徒に手を上げるなんてニュース沙汰になってもおかしくないが、しかし今回ばかりは同じ問題を十回も間違えている僕にも非がある。


「一つ一つ点で覚えるからいかんのだ!世界史、いや、全ての勉強は点ではなく線で覚えろ!」


「多分良いことを言ってるんでしょうけど、読解力のない僕には全くわかりません!」


「このっ、たわけが!」


叱りはするが、それでも先生は諦めずに僕に何度も歴史の流れを説明してくれる。


そんな僕らの隣では、穏やかながら、別の意味でスパルタな宮崎さんの授業が行われている。


「なあ委員長、一度休もうぜ。ペンの握り過ぎで手が痛えよ」


「それじゃあ、キリの良いところまで進めたら休憩にしようか」


「一時間前にも同じこと言ってたけど覚えてねえか?」


「そうだっけ?七海さんと勉強するのが楽しくて、つい……」


申し訳なさそうに俯く宮崎さんに、流石の七海も閉口せざるを得ないようだ。


分かるよ、こんなに可愛い子にそんな顔をされたら罪悪感が凄いよな。


深いため息を一つ吐き出し、七海はテーブルに置いていたペンを手に取る。


その時、一瞬だけ七海がこちらを見て、様子をうかがっていた僕と視線が合った。


互いに言葉はない。


しかし、疲労に満ちた彼女の表情からは“助けてくれ”と言う悲鳴が聞こえて来た気がした。


そうして地獄の様な勉強会を終えると、僕たちは先生に礼を言って三人で校舎を出て、そのまま校門へと向かう予定だったのだが、その途中で七海がグラウンドの方に視線を向けて言った。


「なあ、サッカー部は今日も居残り練習があるのか?」


「え?」


「さっきからずっとボールを蹴る音が聞こえてる」


見てみると、確かに七海の言う通りグラウンドでサッカー部の部員が居残り練習をしている姿があった。


それを見た瞬間、僕はグラウンドに広がる光景に驚きを隠せなかった。


「河野?」


「みたいだな。でも、他の連中はどうしたんだ?」


辺りを見渡してみるが、グラウンドには河野以外の姿はない。


「おかしいな。今日はお休みのはずなのに……」


少し遅れてやってきた宮崎さんが、グラウンドにいる河野を見て心配そうに呟く。


「最近の皆、特に河野君が頑張り過ぎてるから、監督がオーバーワークは良くないって言って今日はミーティングだけで帰ることになってたの」


それなのに、河野は一人居残って練習を続けている。


なるほど、確かに練習熱心なのは良いことだが、しかし何事もやりすぎはよろしくない。


「お~い、河野~」


手を振りながら呼びかけると、河野は悲鳴に似た声をあげながらこちらを振り向いた。


長い間ボールを蹴り続けていたらしい。


河野は水浴びでもしたように汗でびしょ濡れになっていた。


「頑張るのも良いけど、汗ぐらい拭いたらどうだ?」


「え?ああ、すっかり忘れてた」


「そんなに集中してたのか」


「進藤も覚えがあるだろ?」


「まあ、そうだね」


曖昧に返せば、河野はベンチに置いていたタオルを手に取り乱暴に顔の汗をぬぐう。


「今日も勉強会か?」


「世界史を教えてもらったんだけど、大変だったよ」


「あの先生、容赦なく生徒の頭叩くだろ」


「そうだね。でも、今回はコイツのおかげでそれは免れたかな」


そう言って額のガーゼを指させば、河野は一瞬の硬直の後、嘘みたいに目を見開いて声を上げた。


「なんだその怪我!しっかりしろ、すぐに病院を呼ぶから!」


「落ち着け、呼ぶのは救急車だ。ていうか、本当に気が付いてなかったのか?この前駅で話した時にもつけてたんだけど」


「ぜ、全然気が付かなかった……」


「全く、サッカーにのめり込むとコレだもんな」


思わず苦笑を零せば、「うるせえ」と河野は照れくさそうに視線を逸らした。


もう少しこうして話をしていたいが、しかしそろそろ本題に入らなければいけない。


「……今日は休みだったんじゃないのか?」


不意に声を落とせば、河野の表情が強張った。


なるほど、どうやらちゃんと分かっているらしい。


しかし、それでもあえて言っておいた方が良いだろう。


「オーバーワークは怪我の元だ。知らないわけじゃないよな」


「……」


不意に流れた風は嫌に生温い。


まとわりつく空気を煩わしく思いながら、それでも僕は言葉を続ける。


「今のお前はチームの大事な戦力なんだ。お前の体は、もうお前だけのものじゃない」


重苦しい沈黙が僕たちの間に舞い降りる。


言葉もなく見つめる僕に、河野は小さく頷いて口を開いた。


「……そうだな。それじゃあ、今日はもう切り上げるわ」


「そうしてくれ。休むことも練習のうちだよ」


「だな。それじゃあ、今から着替えて来るから一緒に帰ろうぜ」


そう言って僕たちに背を向ければ、河野はいつもの調子に戻って部室へと駆けて行った。


それを見届けると、僕はようやく我に返り、後ろで見守ってくれていた二人の方を振り返る。


「変な話をしてごめんね」


「ううん、むしろ河野君を止めてくれてありがとう」


「大事なエースだからね。……ってあの野郎、片付けしてから戻れよ」


「進藤君が来てくれたのが嬉しくて忘れちゃったんだよ」


緩やかに笑みをこぼし、宮崎さんはグラウンドに転がるボールを拾い始めた。


仕方なくそれに続けば、僕たちのやり取りを見ていた七海がのんびりと僕の元へやってきた。


「大丈夫か?」


「……大丈夫。ありがとう」


そう笑顔で答えてみたが、七海の怪訝な表情を見る限り、あまり効果が無かったみたいだ。


何か言いたそうに口を開きかけるが、しかし七海はそれ以上何も聞いてこなかった。


「早く片付けろよ。腹減ってるからさっさと帰りたいんだ」


「君も手伝ってくれれば早く終わるけど」


「悪いな。生まれてこの方お箸より重たいものを持ったことがないんだ」


そう言って、いつもの意地悪な笑顔。


グローブも軟式ボールも箸より重たいはずだが、優しい僕はそこにはツッコんであげない。


片づけを終えると、ちょうどそれに合わせて着替えを終えた河野がグラウンドへと顔を出して、先日の様に僕たちは四人で駅へと向かうことになった。


幸いにも、河野は先ほどの空気を持ち込むことは無く、駅までの道中は七海とくだらない会話に花を咲かせ楽しそうにしていた。


なんにせよ、河野が話を聞いてくれて良かった。


これでもう無茶はしないだろう。


その程度に思っていた僕は、とんでもない阿呆だった。





「頼むぞ河野!」


味方からパスを貰った河野は、そのまま目の前の相手を抜きシュートを決めた。


瞬間、ベンチから喜びの声が上がる。


温かいチームメイトの声に、河野は笑顔を咲かせる。


グラウンドの外から見ていても分かるくらい、今日の河野は調子が良い。


そう思ったのは僕だけではなかったようで、隣で一緒に見ていた七海も感心したようにため息を零していた。


「これで三点目か。これが俗に言う」


「そう、ハットトリックってやつだ。一人の選手が三点以上取ることを言うんだよ」


「すげえことなんだよな?」


「達成した日は英雄扱いだね」


「お前が休めって言ったのが効いたのかもな」


放課後、勉強会から解放された僕たちは、どちらから言ったわけでもないのにサッカー部の練習を見に来ていた。


今日は紅白戦をしているようで、グラウンドでは選手たちが熱い火花を散らしている。


皆の表情は真剣そのもので、漂う緊張感は本番と何ら変わらない。


「おお、また入れたよ。なんだアイツ、もう全部アイツ一人で良いんじゃねえか?」


「味方の援護あってのことだよ。河野一人だと流石にあそこまでボールは運べない」


とはいえ、僕が知っている頃よりだいぶ上手になっている。


正直なところ、このチームが勝ち進めるかは河野の出来次第だと思っていたが、これならかなりの結果が期待できそうだ。


……それなのに。


「なんか気になるか?」


「……いや、ちょっとね」


今日の河野は何と言うか、全体的に荒さが目立つ。


いつも以上にシュートを決めてはいるが、チームプレイが希薄になっているように見える。


いつもの彼なら、敵に囲まれたら無理をせずにパスを出していたのに、今日は躍起になってドリブルで抜こうとしている。


「あらら、またボール取られたな」


見覚えのあるスタイルだ。


一見すれば華があるが、僕がこの世で最も嫌うやり方だ。


だから僕は、これ以上今の河野の姿を見ていたくなかったから、すぐにでもこの場を離れようとした。


しかし、何かを見計らったかのように七海は僕の腕を掴んで言った。


「なあ、この後ちょっと付き合えよ」


少し迷ったが、しかし今の気分のまま家に帰りたくないという思いもあったので彼女の誘いに乗ることにした。


「どこか行くの?」


「地獄」


「はい?」


「予行演習だ。私が行くべき場所の下見を済ませるんだよ」


イマイチ言っていることが分からないが、とりあえず嫌な予感だけはした。


そして、やっぱり僕の嫌な予感は外れることは無いんだなと、この日も思い知らされることになった。

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