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今から一緒に、死にに行こうぜ  作者: シロツメクサ次郎
不良と悪友
12/24

陰口って意外と本人に聞こえてる

学生の本文は勉強である。


それは足に怪我をして部活動を休んでいる好青年であっても、巧妙な手口で好青年を騙し続けている不良少女であっても変わりない。


そんな当たり前のことを思い出したのは、真面目で可愛い学級委員に激辛ラーメンを食べに連れて行ってもらった数日後のことだった。


三人でスポーツジムへ行き温泉で汗を流したあの日、学校へ戻ってきた僕たちはすぐさま担任の先生に職員室へ連行され、学校を抜け出したことに対する反省文の提出を命じられていた。


そして、提出期限が二十四時間後に迫った今日、僕と七海は宮崎さんに教えられながら反省文の作成に勤しんでいたのだが、その途中、ふと僕たちの向かいの席に座った宮崎さんが世間話をするように言った。


「そう言えば、二人は中間テストどうだったの?」


瞬間、僕と七海は目の前の原稿用紙から視線を上げて互いの顔を見合わせた。


「ど、どうしたの二人とも?もしかして、あんまり良くなかった?」


沈黙こそが答えである。


とはいえ、どうか少し言い訳をさせてほしい。


僕は、今回こそテスト勉強をするつもりだった。


しかし、そんなときに限って七海が僕に連絡を寄こして、そのたびに死にかけて。


そしてその後も色々あったせいで、僕は中間テストの勉強をする時間が確保できなかったのだ。


まあ、そんな言い訳をしたところで、目も当てられないほど悲惨だった中間テストの点数が上がるわけではないのだけど。


「い、委員長はどうなんだよ。いつも仕事押し付けられていたから、勉強なんてほとんど手つかずだっただろ?」


「そうなの、今回はいつもより出来が悪くて。八十点台もいくつか取っちゃって……」


ため息交じりの宮崎さんの言葉に、七海の顔が凍り付く。


言うまでもないことだが、僕たちと宮崎さんの「出来が悪い」はレベルが違う。


学年順位が五位から十一位に下がったところで、僕たちの様な底辺からすれば大差ない。


「期末テストって来月だったよな」


「七月の終わりだね」


「まあ、来月だろうが明日だろうが関係ねえか」


「例え点数が倍になっても赤点には変わりないからね」


「そう言うこと。分かってんじゃねえか」


「「がっはっは」」


良かった、今年の補習はいつもより賑やかになりそうだ。


なんて考えていると、宮崎さんがじっと僕たち二人の顔を見つめて言った。


「それなら、私が期末試験に向けて勉強教えてあげるよ」


「「え?」」


重なる僕と七海の声に、宮崎さんは自信ありげに胸を張り言葉を続ける。


「任せて。誰かに勉強を教えるのは得意なの」


「え、でも、部活とか委員会は大丈夫なの?」


「皆がお仕事を手伝ってくれるようになったから大丈夫。それに、この前先生からも働かせ過ぎて悪かったって言われて、今はちゃんと休むように言われてるから」


戸惑う僕たちをよそに宮崎さんは話を進め、いつの間にか僕たちは宮崎さんに勉強を教わることとなった。


正直言うと、勉強なんて一秒もしたくない。


しかし、宮崎さんが教えてくれると言うなら話は別だ。


「おいおい、委員長と私の二人と一緒に勉強会なんてすげえじゃねえか。両手に華とはこのことだな」


「……そうだね。でも、両手に花を握ったらペンが持てないから、どうか君は遠慮してくれないか」


「嫌だね。お前の幸せなツラを見るくらいなら、喜んで地獄に落ちてやる」


微笑む七海が、僕は心底憎いと思った。






というわけで翌日の放課後、早速僕たちはホームルームが終わると同時に図書室へと向かった。


「それじゃあ、始めよっか」


優しく微笑む宮崎さんに、思わず口元が緩む。


いつか僕は、宮崎由衣ファンクラブなるものに所属している河野のことを本気で気色悪いと思ったことがあったが、あれは撤回しなければならない。


前から思っていたが、ここ最近話す頻度が増えて余計に思うことがある。


宮崎さんって、やっぱり可愛い。


こんなに可愛い子に勉強を教えてもらえるなんて、一体僕は前世でどんな徳を積んだんだろう。


分からないが、とりあえず今はこの幸せを噛み締めながら勉強に勤しむことにしよう。


「あ~だりぃ~。教師全員破裂しねえかな~」


張り切ってペンケースとノートを取り出したところで、隣から聞こえた声が僕の浮かれていた心を地の底まで叩き落した。


視線を向ければ、少し離れた席で七海が心底面倒くさそうな顔をして問題集を眺めている。


どうかサボってくれと願っていたが、その願いは神には届いてくれなかったらしい。


少し、いや、かなり残念だが、しかしそんなことに気を取られては勿体ない。


気を引き締めなおして、僕は勉強を始めた。


始めたのだが、


「あ、七海さん。そこはこの公式を使って……」


「ん?ああ、そうかそうか」


「そうそう。それで、その問題はさっきの問題の応用で」


「つまり、こういうことだな」


ニヤリと七海の口元に笑みが浮かび、それに誘われるように宮崎さんも微笑む。


そんな幸せな光景を見つめながら、僕は思う。


「……なんであっちに付きっきりなんだよ」


「ん?何か言ったか進藤?」


思わず呟くと、すぐ左隣からたくましい男の声がした。


顔を向ければ、そこには可愛い学級委員とは対照的な中年男性“見た目ヤクザ”の名をほしいままにしている藤田先生の姿がある。


宮崎さんの話によると、ここに来る途中に藤田先生に会い、僕と七海の勉強会をすると話をしたら、喜んで協力すると申し出てくれたらしい。


「喜べ進藤。今日は俺だけだが、明日からはまた別の先生がお前を見てくれるぞ」


「……ああ、そうっすか」


本当なら喜ぶべきなのだろうが、今回に限っては余計なお世話と言わざるを得ない。


おかしい、どうして僕だけがこんな目に。


悔しさに歯を食いしばると、そんな僕を見た七海が意地の悪い笑顔を浮かべた。


そうして美少女を横取りされた挙句、いかついおじさんに勉強を見てもらった帰りのことだった。


「なあ、サッカー部ってまだ練習してんのか?」


校舎を出た七海が、グラウンドの方を見つめながら呟いた。


時刻は夜の七時。


普段ならばうちのサッカー部は六時には練習を終えているはずなのだが、グラウンドの電気が消えていないところを見るに、まだ誰かが練習を続けているらしい。


「ずいぶん熱心なんだな」


「うん……。先輩たちにとって、最後の大会だから」


にわかに、宮崎さんの声に寂しさが混じる。


そんな彼女を見ていた七海は、面倒くさそうにため息をついて言う。


「ちょっと見ていくか?」


「良いの?」


「勉強し過ぎて疲れたから少し休みたいし。それに、今のお前らみたいに辛気臭いやつら連れて歩くのはごめんだからな」


少し悩んだが、結局僕たちは七海の言葉に甘えてグラウンドへ立ち寄ることにした。




グラウンドには想像していたより多くの部員が残っていた。


彼らから聞こえてくる声はどれも明るくて、目の前のプレイに全力を尽くしているのが伝わってくる。


もしかすると、今年こそは全国大会に出られるかもしれない。


そう思えるほど、夜のグラウンドは活気にあふれていた。


そんな彼らを見守ること数十分。


ベンチに置かれたタイマーの音を合図に、選手たちは電池が切れたおもちゃの様にその場に座り込み、互いの健闘を称え合い始めた。


「もうお終いか」


「みたいだね」


「どうする?お前ら、折角だからアイツらと一緒に帰るか?」


何気ない七海の言葉に、僕は小さく首を振る。


「いや、良いよ。邪魔したくない」


「邪魔?」


「……いや、何でもない。それより、僕たちもそろそろ帰ろう」


首をかしげる七海をよそに、グラウンドに背を向け歩き出そうとしたその時、誰かが僕の名前を呼んだ。


聞き覚えのあるその声に振り向けば、河野が元気よく手を振りこちらに向かってくるのが見えた。


「河野君、練習お疲れ様」


「疲れてたけど、宮崎さんの顔を見たら一瞬で元気になった。ごちそうさまです」


屈託のない河野の笑顔に、僕と七海の表情が引きつる。


ファンクラブに所属している奴って、皆コイツみたいに気持ち悪いのかな。


そんなことを考えている僕をよそに、河野は僕たち三人を一瞥して話を続ける。


「珍しい組み合わせだな。こんな時間まで何してたんだ?」


「期末テストに向けて勉強を見てもらってた」


「勉強って、進藤が?」


「僕だって勉強くらいするよ。……結果が伴うとは限らないけど」


「あっはっは、確かに。それより、三人はもう帰るんだよな?だったら俺もご一緒して良いか?」


ゆっくりと七海に視線を向けると、七海はじっと河野の顔を見つめた後、仕方ないなと首を縦に振った。


それを見て、河野は嬉しそうに笑みをこぼし、着替えのために部室へと駆けて行った。


部室へと消えていく河野を見送ると、ふと宮崎さんは何かを思い出したらしい。


「そう言えば、部室に忘れ物したんだった」


「河野も時間がかかるだろうし、今のうちに取りに行く?」


「う~ん。折角だし、良いかな?」


もちろんと頷けば、宮崎さんも女子マネージャー用の部室へと向かっていった。


残された僕と七海は、近くにあるベンチに腰を下ろし二人を待つことにした。


「こんな時間まで残ってるとは思わなかったな」


「なんだ?うちのサッカー部はあんまり練習熱心じゃないのか?」


「三年生はともかく、二年生にそういうタイプはいないかもしれない」


僕が練習に参加していた頃は、今の様に下校時間ギリギリまで居残り練習をする生徒はいなかったはずだ。


「サッカーは好きだけど、勝てなくても楽しめれば良いって感じが強かったね」


「は~、それはまた張り合いのないことで」


「そうかもしれないけど、でも……」


そこで言葉が途切れる。


そんな僕を見て七海が不思議そうに首をかしげ、何かを言おうとした時だった。


「うわっ、何でいるんだよ」


不意に、僕たちの背後から冷たい声が聞こえた。


視線だけを向けると、そこにはこちらを見つめながら歩いてゆく部員たちの姿がある。


向けられる声も視線も、決して好意的ではなかった。


しかし幸いにも、その両方に七海は気が付いていなかった。


「でも、なんだよ?」


「……いや、何でもない」


「気になる言い方しやがって」


「ごめんごめん、何か言おうとしたんだけど忘れちゃった」


「何だそれ、ジジイかよ」


そう言って、彼女は笑いながら僕の肩を小突く。


痛かったが、しかし今は彼女が何も気が付かなかったことが有難かった。

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