第一章――カザド⑧――
後ずさってカザドは子供のふりまわす木の枝を避けた。一撃、また一撃と避けるたびに、カザドに血が跳んだ。
子供が襲いかかってくるたびに足元に赤い滴りができた。その血は暖かい。
やっとカザドは子供の衣類の汚れの訳に気付いた。
「やめろ……おい、やめないか!」
カザドは子供の突き出した腕を脇で挟み、幻が消える前にと羽交い絞めにした。すると子供はじだんだを踏んで、逃れようともがいた。
思わず、カザドはその小さな体を抱きしめた。――子供はひどく暴れた。折れんばかりに体をのけぞらせて、がらがらにしゃがれた声で悲鳴をあげた。
「暴れるな! けがをしてるんだろう?」
子供は全身でカザドを拒絶していた。カザドが腕に力を込めれば込めるほど、その身がちぎれそうな程に声を張り上げた。
「大丈夫だ!」
ほとんど怒鳴りつけるように、カザドは叫んでいた。
「お前は助かった! 大丈夫、大丈夫だ! お前は助かったんだ!」
カザドは子供に負けじと叫び続けた。優しくなだめるということが、彼にはできなかった。腕の中にある小さなぬくもりにおおいに戸惑い、どうすればいいのかわからなかった。
世界の終りのような悲鳴も、子供の体力と共に和らいでいった。息継ぎの合間が長くなり、やがてそれは、か弱くてか細い、すすり泣きに変わっていった。
「大丈夫だ……大丈夫だ……」
それにつられるようにカザドの声も小さく、優しくなっていった。これまでこのように誰かを抱きしめたことなど一度もなかったと、ふいに気がついた。
* * *
燃え残ったあり合わせの物をかき集めて、カザドはどうにか幌馬車らしき物を作った。
外に繋いでいた愛馬は勢いの強くなる火に怯え、なだめるまでに苦労したがどうにか言うことを聞いてくれそうだった。
地の民たちは略奪はしなかったようだった。奴隷にできそうな若い者が殺されていたし、干し肉などの保存食も燃え残っていた。
破壊のみが目的だったのだ。
(やはりここは、地帝に見つかったのだ……)
使える物や食料をあらかた積め終えると、カザドは簡易的に作った寝床へと向かった。そこでは積みこまれた荷物に混じり、子供が青白い顔をさらして眠っていた。
子供はカザドが思ったよりもはるかに重症だった。
胸を肩から大きく切り裂かれていた。命を断つつもりで容赦なく刃が振り下ろされたのは間違いない。
さらに体のあちこちに打撲や裂傷も見られた。
カザドの脳裏にあの半裸の少女の姿がよぎった。この子供もまた、苦痛のなかで殺されたのだ。そして息を吹き返した。
何が子供の命を繋ぎとめたのかは不明だった。
寒さで傷口が凍ったのか、致命的な部分をわずかに逃れたのか。そのどちらとも言えた。
それにまだ助かったとは言えない。血を多く流した子供の体力は、著しく低下していた。一応傷を縫いはしたが発熱はまぬがれない。
膿をもったらもうおしまいだろう。