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チェスガルテン創世記  作者: ノミ丸


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第八章――炎(ほむら)の子【後編】②――

 フェンリルたちは持たされた食料の豊富さに驚いた。

 干し肉や押し麦一袋は当然としても、同じく干した香草や塩の他、馬の背脂ひと固まり。更には乾燥果実に、旅には向かない凍らせた血の腸詰めまであったのだ。

 エイナルはかなり尽力してくれたようだった。それらをありがたく包み直すと、二人は次に(そり)をたたみ始めた。

 橇はトナカイの皮製だった。かた雪には強くてよく滑るが、そうでないところでは皮の水はけが悪いために進みにくい。はじめの斜面では逆にこちらが橇に引っ張られて、もと来た道まで滑っていきそうになったのだった。

 二人は詰まれた荷物をその場にすべて降ろして、橇の両脇の骨木を中心に寄せた。トルヴァが抑え、フェンリルが皮を内側に折り込んでいく。

 やがて筒状のひと巻きとなった橇に荷物をくくりつけて、交代で担いでいくことにした。

 エイナルが皮橇を提供してくれたのは、こういう場面を想定していたからだろう。彼らがヨトゥンヘイムに辿りつくまでに利用した木製の橇では、滑りは良くてもこのような崖と急斜ばかりのところでは仇となったろう。

 見晴らしの良いところまで来た時には橇を開いて、ハティに引かせたりもした。だが、これは良くなかった。

 そもそもハティときたら、尾根や崖の小道、深雪の中などといった、獣道ばかりを行きたがったのだ。どちらかが橇に乗り、どちらかがハティを諌めつつ案内を見定めるようにしていたが、この方法も何度目かで諦めた。

 道なき道の旅に慣れている二人であっても、すっかりばてていた。これならハティの向かう先に算段をつけて、自分たちで橇が引けるところを並走したほうが、ずっとましだったのである。

 休める場所を確保することも重要だった。

 あたりが薄暗くなる前に休めそうな場所を見つけて穴を掘ると、橇を逆さに開いて穴に枯れ枝やらを集めて敷く。その上を毛皮で覆い、周囲も囲っていった。皮橇を利用した簡素な寝床である。

 火を焚いて長靴(ブーツ)や濡れた物を乾かしながら、鍋で雪を溶かす。湯が沸いたら凍った腸詰めを切って、香草や脂と一緒に煮込み、黒い油膜のスープを作った。

 こんな時ばかり、お行儀よくお座りしているハティだった。

 しかし彼の期待とは裏腹に、腸詰めに使ってる香草などは犬には毒なのであげられない。切り分けた脂身と、干し肉を与えた。骨の代わりにはならないが、しばらくは食んでいるだろう。

 フェンリルは例によってあまり食が進まなかったが、できるだけ食べるようにした。

 彼らは二人と一匹だけで雪山におり、しっかりした天幕があるわけでもないのだ。塩も脂もとらずに倒れて、トルヴァの負担になることは避けたかったし、つまらない理由で歩みを止める訳にもいかなかった。

 二人は鍋についた脂もこそいで食べて、すべて済んだあとで火種をとり、焚火を消した。二人の間にハティを挟んで、早々に眠りについた。最初の一日はとにかく山に慣れ、ハティを制御することに時間を費やし、ほとんど進めなかった。

 二日目は雪の照り返しに悩まされた。見晴らしが言い分歩みは良かったが、木々はほとんどなく、ぎらぎらと光る雪面が容赦なく二人の目を焼いた。

 雪焼け除けの布を巻く他に、毛皮の一きれに切れ込みをいれて目に当てた。視界は少々悪くなるが、雪目になってしまうほうがずっと問題である。トルヴァは額当てに切り込みを入れて、目元までずらす方法をとることにした。

 それでもその日の晩は、照り返しの日差しと乾いた空気で唇や頬、指先などが痒みをおびて、皮膚の一部が勝手に裂けたり割れたりした。

 背脂を潰して身体に塗ろうとしたが、トルヴァが荷物の中からニガヨモギの軟膏を発見した。おかげで、それ以上は酷くならずに済んだ。今後は、定期的に塗りながら進んだ方が良さそうである。青臭さは我慢しているうちに慣れていった。

 潰した背脂のほうは、軟膏が無くなった際の予備にとっておくことにした。弓にも塗ったが、こちらの出番はまだきそうにない。

 その日は腸詰めと一緒に、干した果実も鍋に入れて食べた。翌日、そのまた翌日もそんな調子で進んだ。

 五日ほどたった頃だろうか。とうとう天候が大きく揺らいだ。鈍い色の雲が空を覆い、酷く吹雪いて視界も悪い。

 とはいえ、それ自体はさほど困難ではない。フェンリルがいるのだから、暴風があたらぬようにそよがせるか、逆に薄い膜のように風を纏うかすればいい。

 問題は寒さまでは防げないということだった。風が無い間の雪は柔らかくて軽いが、足元にどんどん深く積もっていく。凪ぎ払い続けるのには限界があった。直接の凍死は免れても、無謀に進めば体力ばかりが悪戯に削られていく。なので休める場所を確保しようとした。

 しかしこの時、たたんだ橇を開けないことに気づいた。

 まとめる際に雪をきちんと払いきれてなかったのだ。それが昼の日差しで融けて、吹雪で凍りついてしまった。無理やり開けば橇皮が割れてしまう。

 そこからは大変だった。この時彼らは森林の近くにはいなかったため、遮るものが無いに等しかったのだ。急いで風や万が一の雪崩を避けられそうなせり出した岩壁を探し、雪穴をこれまでよりも深く掘って周囲を雪で防いでいく。

 橇まわりを雪で固めた上で火を焚くことは、内部の空気を毒にする可能性が大きかったが、そうするよりほかなかった。

 二人は雪壁を風下に向けてできるだけ小さく開き、煙の逃げ道を確保した。そして完全には塞がず、わずかな隙間を作ることも忘れなかった。

 せめて橇が開けるようになるまでと決めたが、どれほど気をつけていても内側には煙がこもった。その上ぴしりと、嫌な音で皮が鳴いた――急に大きな火で炙ったせいだ。

 火を小さく落とし、かつ凍えないようにする加減が難しい。割れてしまう予感がつきまとったが、それでも焚き続けなければならない。

 暴風を遮ることに関しては、フェンリルのおかげでどうにかなったが、その上で彼は、内部の換気を促す必要もあった。

 逃がす煙と、外より取り込む空気。風の通り道を内部で巡らせる。

 この際に弱火で温風を作るという方法を編み出せたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。煙や湿気を籠らせずに、中を温めることができたのだから。

 おかげで皮が、それ以上鳴くことはなくなった――ゆっくりとだが確実に、柔らかくたわむようになったころ、ようやっと毛皮を張り、足元に敷きつめることができた。

 なんとかなったあと、フェンリルは疲弊しきって気絶するように眠った。相当の労力を費やしたのは間違いない。トルヴァもその頃にはすっかり安心しており、親切心からそのまま休ませようと考えた。

 というより、彼も疲れていた。

 フェンリルが寝ついた途端に、皮から発される湿気や煙が内に籠り、妙な眠気に襲われはじめていたことを不思議にも思わないほどに。

 湯たんぽとなっていたハティが吠えたてなければ、雪壁を蹴って割ることもできなくなっていた。なんなら二度と目覚めない眠りに、陥っていたかもしれない。

 突然崩れた雪壁から入り込んだ暴風で、毒の空気は吹き飛んだ。

 新鮮な空気と引き換えに火も吹き消えた。まだ湿り気が残っていた橇皮が、あっという間に凍りつき再び割れそうになる。フェンリルを起こして、最初からまた同じ作業に取り掛かるしかなかった。

 小さな火を絶やさず、皮の柔らかさを保ちながら換気もけして怠らない――どれほど大変でもやるしかない。

 吹雪がやむ頃、夜の帳はすっかり明けていた。


「……じいさんを無事に見つけられたら、死ぬほど文句言ってやろうぜ」

「……文句じゃたりない」


 どうにか一難乗り越えた酷い顔で、二人は頷きあった。カザドへのしおらしさなど、とうにいずこかへとふっ飛んでいた。


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