第八章――炎(ほむら)の子【前編】⑦――
加工の際にあまったらしい落ち角のかけらやどんぐり、銀細工の端切れが、あまり上手な出来とは言えない色紐に、じゃらじゃらと連なっていた。
ルクーは手渡されたそれを、指でつまみながら確かめた。
「これは?」
「ロッタが、つくったの」
「なんだ? このがらく……」
トルヴァが素早くダインの口をおさえつけた。
「おじいちゃま、おとななのに、こはくだまをもっていないでしょ? ぎんざいくも、ないでしょ? だからロッタが、おじいちゃまにつくってあげたの……」
「そうだったの……そっかぁ、うん、よくできてるね。きっとおじいさん、喜ぶよ」
ルクーが優しくとりなしたが、ロッタは首を振った。
「だめなの。わたせないんだって」
「どういうこと?」
「おじいちゃまにわたしてって、おじちゃんにたのんだの。そしたらおじちゃん、わたせないかもって。なんで? ってきいてもおしえてくれなくて……。だからね、こんどはね、おばちゃんにたのんでみたの……そしたらおばちゃん、おじいちゃまとは、もうあえないんだよっていうの……」
ロッタはしゃくりあげながら続けた。
「おじいちゃまは、ヨトゥンヘイムでは、くらせないんだって。どこのしゅうらくでも、だめなんだって。それだけ、わるいことをしたんだっていうの……だからでてったんだよって、おじいちゃまのことはわすれなさいっていうの……」
懸命に説明を続けていたロッタだったが、次第にしゃっくりの合間がみじかくなっていった。
「おばちゃんもおじちゃんもきらい。わるいことしたんなら、あやまって、それでゆるしてもらうじゃだめなの? なんで? ゆるしてくれないの? そんなのいじわるだよ。おじいちゃま、どこいっちゃったの? おじいちゃまにあいたいよう……」
限界だった。ロッタは顔をぐしゃぐしゃにゆがめて、大声で泣きだした。
トルヴァは静かに戦慄していた。グズリから言い聞かせられたという、その意味に気づいたのは、トルヴァだけではなかっただろう。
フェンリルも。ルクーだって。この場にヘルガがいたならば、彼女だってきっと気づいたはずだ。
トルヴァがはっとなってあたりを見回すと、すでにフェンリルは走り去ろうとするところだった。
「――わりぃ、ここ任せた!」
しがみつくロッタをなだめるルクーの背を叩き、トルヴァも遅れて駆けだした。
「おい、どこに行く気だよ」
追いついてたずねるも、フェンリルはトルヴァの方を見もしなかった。ただまっすぐに、いずこかへと検討をつけ足早に向かっている。
トルヴァはもう一度呼びかけた。
「待てよ。オレも行くって」
「ずっと考えてた。なんでじいさんは、剣を置いていったのか」
誰にでもなく呟くフェンリルに、トルヴァは彼が昼に言いかけた内容が、これだったのだと理解した。
フェンリルの目つきが、あっというまに鋭くなっていく。
トルヴァはその横顔を見て、フェンリルがカザドの行方について――何故、何も告げずに出ていったのかについて、同じ考えにいきあたっていたのだと悟った。
「――置いていかれたのは、おれたちだ」
フェンリルがまっすぐ向かったのは、ブラギの天幕だった。中では彼の家族のほかにケヴァンの姿もあった。
乱雑に幕を押し上げずかずかと侵入するフェンリルに、ケヴァンはは目をぱちくりさせた。
「おうリル坊。それにトル坊――なんだなんだ、どうした?」
フェンリルはケヴァンを無視して、彼の隣で腰掛けゆったりと酒を飲むブラギの前に立った。
「じいさんはどこに行った」
ものものしく現れるなり開口一番にそうたずねるフェンリルを前に、ケヴァンが息を飲み、ブラギは一瞬鋭い目つきになった。
だがあくまでもくつろぐ姿勢を崩さず、酒がなみなみ注がれた杯を持つ手でケヴァンを示して答えた。
「誰から、何を聞いた。グズリか? それともこの、嘘のつけないお人よしか?」
「誰が何を言ったかなんてどうでもいい。どこに行ったかと聞いてる」
「知ってどうする」
「あんたには関係ない」
「話にならんな」
ブラギは失笑した。
フェンリルの隣に並び立ったトルヴァは、彼がまたいつぞやのようにつむじ風を起こすのじゃないかと、若干警戒した。しかしフェンリルの周囲は不気味に凪いだままだった。
冷徹な口調のまま、フェンリルは確信をこめて言った。
「最後にじいさんと会ったのは、あんたなんだろう」
「さあてな。どうだったか」
「集落の取り決めは淑女、覡巫、長の三位一体だ。……罪人をどう処分するのかも……三役が決定する」
罪人という響きを耳にして、トルヴァは口の中が一気にからからになった。
それはありえないことだった。
だがそう考えればすべてが符合するのだ。カザドが人知れず旅立ったことも、ロッタが忘れなさいと言われたことも。
彼がこれまで、どうしてあんなにも、集落暮らしを拒んでいたのかも。
(こっちが拒んでたんじゃない。逆だ。拒まれていたのは、じいさんだったんだ……)
「処分が追放なら、立ち合うのは誰か一人で良い。大抵は長のはずだ。――あんた以外ありえない」
「リル坊……」
ケヴァンの顔が酒が入っているのにも関わらず、青ざめていった。ケヴァンは悪い人間ではない。だがもう少し、嘘が上手になるべきだとトルヴァは思った。
ブラギは一度、杯に視線を落としてひとりごちた。
「世の中知らなくて良いことは、ごまんとあるんだがな」
そしてフェンリルとトルヴァの両方を見つめて、彼らの意思が固いと知ると、杯を一気にあおり立ち上がった。
「ここは場所が悪い。移動するぞ。――ケヴァン、グズリを呼んでこい。エイナルのところで待つ」




