表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チェスガルテン創世記  作者: ノミ丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/79

第八章――炎(ほむら)の子【前編】⑥――

「ロッタほら。いいかげん出てこいよ。トルヴァを呼んできたから」

「やっ! ぜったいいや!」

「ルクーもすぐ来るぞ。なのにそんなところにいたら、犬と間違われちゃうぞ。いいのかよ」


 小屋の周囲には、木彫りのおもちゃや綺麗な色紐といった、ダインの努力の残骸が散らばっていた。小屋の本来の主であるハティは、その周囲で所在無げにうろうろしている。

 何故かと言えば、ロッタが小屋に入り込み、入口を大鍋でぴっちりと塞いでしまっていたからだった。


「ルクーはまちがわないもん。ロッタはこれから、ここにすむの」

「ばか言うなよ、ここは犬小屋だぞ。人間はすめないの!」

「じゃあロッタはわんちゃんになる!」

「オレやだからな、妹が犬なんて! あたりも暗くなってきてるし、とにかく帰ろうってば。腹へったしさあ。このままだと、おばちゃんにもおっちゃんにも怒られるって」

「ロッタはおなかすいてないもん。おばちゃんもおじちゃんもしらないもん。おにいちゃまだけかえればいい。ロッタはかえりません!」

「ロッタぁ」


 頑なな妹との言い合いの末、ダインは呻いた。


「なるほどな。確かにこれは、ルクー案件だわ」


 感情の赴くまま発散するロッタが、これほど内にこもってへそを曲げるのはよっぽどだった。困り果てた顔で、ダインがトルヴァを見上げて言った。


「昼すぎくらいからさ、ずっとこうなんだよ。何があったか教えてくんないし。叱られたんだかなんだか知んないけどさ、とにかく、おばちゃんとおっちゃんのいる家には帰らないって。そればっかでさ」

「どっちにしろこのままじゃあ、探しにくるぞ」

「だから困ってんだって。絶対もめるし。無理矢理ひっぱり出したら、こいつ、目がとけるまで泣きわめくに決まってる」


 確かにこうなった主な原因があの気の良い夫婦にあるのなら、ロッタの引きこもりは、より強固になりかねない。ダインが接触を避けたがるのもわかるが、所詮は時間の問題だった。

 トルヴァはその場にかがみこむと、小屋の入口を塞ぐ鍋をコンコンと叩いた。


「ロッタ、お前本当にここに住むつもりか?」

「すむ」

「そうか。なぁロッタ。本気だってんなら、オレは止めないけどさ」

「えっ!」


 ぎょっとして渋面を作るダインを、人差し指で制してトルヴァは続けた。


「でもここは、狩りをする猟犬たちのための小屋で、人間が寝泊まりするようにはできてない。本気なら、色々と必要になるぞ。それに犬たちは新参者に厳しいからな。いじめられないように、うまく立ち回らないといけない」

「ハティがいるからへいきだもん」

「そうかもな。ならオレも、ここに住もうかな」


 トルヴァはほとんど本気で言った。ロッタは最初よりも勢いを弱めた調子で、確かめるようにたずねてきた。


「……トルヴァだっていじめられちゃうよ?」

「お前をひとりにするよか良いよ。犬の中に人間ひとりじゃあ、心配だしな」

「……ひとりでもへいきだもん」

「そっか。でもオレは一緒が良いな」


 トルヴァは根気強く続けた。


「本当に一番良いのはさ、ロッタが出てきてくれることなんだ。でも帰りたくないんだよな? ならそれで良いよ。でもさ、せめて理由を教えてくれよ。オレたちと一緒がいるのが嫌になったのか?」

「……ちがう」

「良かった。じゃあ帰りたくないのは、グズリさんたちに会いたくないからか? ひどく叱られたのか?」

「……」


 それきりロッタは沈黙した。やはり無理だったかと、トルヴァが諦めかけた頃だった。

 不動の鍋がずりずりと横に滑り、中からロッタが、地面に手をついて這い出てきた。


「おこってるのは、ロッタだもん」


 そう言って顔をあげたロッタは、吠える手前の子犬のようだった。

 沈みかけの夕陽に赤く照らされたその顔は、ぎゅっと眉間にしわを寄せ、くちをひん曲げてぶうたれている。

 普段の天真爛漫な可愛らしさとは程遠く、本人は真剣に怒っているに違いないのだが――ぼさぼさの巻き毛といい、汚れて犬の毛だらけの格好といい、誰がどう見ても、悪さをしでかした側の有り様だった。


「ロッタは、わるくないんだから……」


 気持ちが昂りすぎたのか、トルヴァの顔を見て我慢の糸が切れたのか。そこから先は言葉にならず、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「ああ、ああ、もう」


 あふれ出る涙を拭い去ろうと顔をこするロッタへ、トルヴァが両腕を広げた。ロッタは逆らわずそのまま、トルヴァの腕の中におさまった。


「泣くくらいならやんなよ! わけわっかんねえなあ、もう」

「我慢してたんだよな? ほら。大丈夫、大丈夫……」


 トルヴァはそのまま、ロッタを抱きかかえて立ち上がった。

 揺すりながら背中を撫でているところにちょうど良く、フェンリルとルクーがやってきた。


「ごめんね、遅くなって。ロッタは?」

「いまトルヴァが抱きあげてる」


 フェンリルが、短く現状を説明した。

 ルクーの手を、トルヴァの腕の中ですすり泣くロッタに導き触れさせる。手のひらから伝わる気配に、ルクーが眉根を寄せた。


「ロッタ泣いてるの? どうして?」

「……だって、いじわるいうんだもん……」


 トルヴァの胸元にぐしぐしと顔を押しつけてから、ロッタは言った。

 そして下ろしてもらうと、こすって赤くなった顔で、胸元のかくしから紐状の何かを取り出した。


「これ……」


 ロッタが差し出したそれは、どう見ても子供のおもちゃにしか見えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ