第八章――炎(ほむら)の子【前編】②――
ボザの叔父一家も天幕にそろった頃、ボズゥは促がされるままにこれまでのことを打ち明けていた。
ある集落へ移住のため向かうはずだったことや、それまで連れだってきた仲間と喧嘩別れをしてしまったのだということ。
ただし盗賊業などの、不都合になりそうな事実は伏せた。
「大変だったね」
ボザの同情を、ボズゥは快く受け入れた。
同情は優しさから生まれる。ボズゥは誰からでもいいから優しくされたかった。それが見ず知らずの誰かから向けられたものであっても。それだけボズゥは傷ついていた。
「まぁ、そういうこともあるわな」
ボザの父が一度頷いた。
「とりあえず、きちんと身体が回復するまでは、俺たちと共にいればいいさ。成り行きとはいえ、お前さんは客人だ。大事な客人には不足ないように歓迎せねば、彷徨い人の父たる天王様に指し示しがつかん」
相手の発言に、ボズゥはほっと胸をなで下ろした。
天幕を出てすぐは自分の不幸をおおいに嘆き、二度と戻れはしない、むしろ戻るものかと、お門違いな怒りさえ湧いたものだった。
一人でもきっと生きてはいけるだろう。カザドの教えは、そういったものだった。フェンリルから渡された硬貨は、自分の分とを含めてもあまりある。市にいる間ならば、当面はどうにかなりそうだった。
実際三日ほどは何事もなく過ごしたが、彼を苛んだのはもっと別の現実だった。
市に集う人々はボズゥを知らない。ボズゥの奴隷時代も。どうしようもなくむしゃくしゃするやるせなさも。ささやかな望みが叶わずに散ったことも。何ひとつ知りはしない。
ボズゥのしでかしたことを本気で悔やんで怒り、罵倒して、それでも最後に許してくれる人はいない。ここにボズゥを理解し慰めてくれる人はいない……全部自分で手放してしまったのだと、気づいたところでもう遅かった。
やがて悪い食べ物にあたり、熱を出して動けなくなったところを天幕に招いてくれたのがボザの一家だった。
親身に接してもらえたのはもう何十年ぶりのような心地がして、今や離れがたいと思うようになっていた。なのでボザの父の申し出は素直にありがたかった。
誰しもを小馬鹿にして必要としない風にふるまっていても、その実、ボズゥは誰よりも人恋しい性分なのだった。
「あ、ありがとぉございますぅ……」
しかしボズゥが礼を言ったのもつかの間だった。
「だが問題はこの後だな。俺たちも来たばかりなんだがな、急ぎ集落へ戻るつもりなんだ。最近ここにやってきた地の民の流れ者から、女神の血族に関するある噂を聞いてな。……警戒するに越したことはない。市の者たちも、もう、移動する算段をつけ始めている」
女神の血族と聞き、ボズゥはどきりとした。
カザドが連れてきた道先案内人の若い方、エイナルが似たようなことを言ってはいなかったか?
騎馬に矢を射た苦い記憶が呼び起こされる。――まさか、仲間のかたき討ちの為にボズゥたちを追ってきたのだろうか?
(まさかぁ……)
ありえなかった。エイナルたちの話を信じるなら、あの場から去った一騎は、もうとっくに女神の血族と合流しているはずだ。
そしてボズゥたちは、丁寧に舗装された山道など使わずにここまで来た。エイナルとて女神の血族については、彼らと合流する前の道中で聞いたと言っていたではないか。
あれからもうずいぶん時がたっているし、血族と戦士たちが帝国までの道筋をそれて、わざわざこのような場所に現れるとは思えない。
ボズゥは無理のある憶測を払うように首をふった。
「しかしお前さんはどうする?」
「……どうする、ってぇ?」
一瞬何を聞かれたかわからず呆けたボズゥに対して、ボザの父は胸の前で腕を組み厳しい口調でさらに問い詰めた。
「今は客人として過ごせば良いが、回復した後はどうするんだ。何かあてはあるのか?」
「あ、あてぇ? そんな、急に言われてもぉ」
「ここで喧嘩別れした仲間たちと再会できるまで、待つつもりか? だがいま言ったように、市はいつまでもここにある訳じゃない。今後、どう過ごすつもりでいるんだ?」
ボズゥは言葉を詰まらせた。内心、このまま彼らにともなえるものだと考えていたのだ。だがそれは甘い見通しだった。
彼らにとってボズゥはあくまで客人なのだ。客人には誠意をもってもてなすものだが、なんの見通しも見返りも無い者を、いつまでも親切に置いておくはずがなかった。
しかしあてなどない。どこへ行けば良いのかなんて、皆目見当がつかなかった。
『結局、何がしたかったんだ』
失意に満ちた青いまなざしを思い出して、胸がつまった。
「おれぇ……」
「――もう。とうさまったら! その言い草はないんじゃない?」
答えあぐねていると、ボザが頬を膨らませた。
「話を聞いてなかったの? この子ひとりぼっちなんだよ。行くあてなんてあるわけないじゃない」
「いやな、ボザ。この子はあくまで客人だ。あてがないならなおさら、真面目に考えねばならんだろうが」
娘の剣幕におされて、父親は顔をしかめた。
「それなら時間がいるでしょう。元気になりましたから、はいさようならなんて、本当にそれでお客さまをもてなしたことになると思ってるの? こんな知らないところに、たったひとりでほっぽり出す気?」
「誰もほっぽり出すとは言ってないだろう……」
「これからどうしたいか決まるまで、わたしたちと一緒にいればいいじゃない」
「それはお前が勝手に決めることじゃないぞ。淑女に加われるかどうかもあやしい子供が、でしゃばるな」
「わたしは提案をしているの!」
ボザはお小言を飛ばす父親たちにそっぽを向き、ボズゥの方にふり返った。
「ね、ボズゥ。どうするか決まるまで、一緒にいればいいよ。うちの集落はここからちょっと遠いけれど、いいところだよ。それにね、わたしとそろいの名前を持った男の子なんて、きっとかあさまも驚くと思うのよ」
「おい、まさかそれが狙いか?」
こっそり舌を出すボザの魂胆を知って、誰しもが呆れた。この娘ときたら思いつきでしゃべってばかりなうえに、妙に我が強い時がある。
成人したのに、このようにおしゃべりではねっかえりな娘など、嫁の貰い手があるかどうか。父親の昨今の悩みはそればかりだ。
今回の旅路に娘を連れてきたのも、よそならば新しい出会いがあるかもしれないと、期待したからだった。
「あ、あのぉ」
しかしそんなボザのおかげで、ボズゥはいくらか冷静になった。
「おれぇ、やっぱり仲間に会いたいですぅ。だから、そのぉ……お、おれぇ……そのぉ……」
ボズゥの声は次第にすぼんで目線と共に手元へと落ちた。するとボザの父親が、組んでいた腕をほどいて言った。
「――ふむ、そうか。それならやることはひとつだ。ボズゥ、まずはお前が向かうはずだったという集落に向かうとしよう」
「ええ? うちの集落につれていかないの?」
「ボザ。さっきも言ったがこの子は客人であって、うちの氏族じゃない。ボズゥ。お前、額当てをつけちゃいないが成人前だろう?」
娘を一蹴する父親の質問に、ボズゥは頷いた。生まれ月にはまだ遠く、十五どころか十四にもなっていない。
「成人前ならなおさらだ。元の家族なり仲間なりいるなら、まずはそこと話をせんと筋が通らん。俺たちの集落に招くだのなんだのはそれからだ。案内人は、ここからそう遠くないと言っていたんだろう?」
「それはっ……行くのは、難しいんじゃねぇかなぁ……って、思いますぅ」
ボズゥは目を泳がせた。
「大川を下った、尾根向こうに集落があるって話だったけどぉ。舟なんてどこにもないしぃ……川を下らないんなら、あの山を越えなきゃならないしぃ……」
あの案内人の二人、ケヴァンとエイナルの話が確かなら、ここから目的地までそう遠くはない。市からも見える、そびえる頂きの向こう側がそうだということは、すでに聞き及んでいる。
しかし川を下れないならば、厳しい山越えが必要になるということもひと目でわかった。ボズゥひとりでは、あっという間に自然の糧になるのがオチだろう。




