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チェスガルテン創世記  作者: ノミ丸
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第五章――あたらよ②――

「色気を出して、こんなに荷物を増やしやがって。二月もの間、いったいどれだけの隊商を襲撃したんだお前達」

 

 日が傾きあたりがほの暗くなり始めた頃、三人の悪童たちが雪の上で膝をつかされていた。それぞれの脳天には、そろいのたんこぶが膨らんでいる。

 けが人相手にも容赦のない鉄拳が叩きこまれた為だった。


「褒められるとでも思ってたのか。それとも腕試しのつもりか。なんとか運べたとして、一気にさばけば足がつくだろうとは少しも考えなかったのか。極めつけはあれだ」


 カザドが顎でしゃくった先は、山道へと続いている。トルヴァとボズゥが捕まり、フェンリルが戦闘した方角である。


「身ひとつの輩を襲って、何が得られると思った? どいつか説明できるものならしてみろ」

「――こんなになったのは、最後の隊商が妙にでかい物ばかり置いてったせいだ」

「だからなんだ。自分は悪くないとでも言いたいのか」


 頭ごなしに叱る老人に、襲撃の指示役だったフェンリルはつい、言わずにいようとしていたことを口にしてしまった。


「そもそも忘れちゃいないか。こっちは二月も、閉ざされた雪山で生活してたんだ。二月だぞ。春ならともかく、こんなところでどうやって、七人分の腹を満たせっていうんだ」

「知恵を働かせてそこをどうにかやりくりするのが、年長者のお前の役目だろうが」


 しかしカザドは聞く耳を持たなかった。むしろ老人特有の理不尽さを振りかざした説教に、拍車がかかる。


「むやみやたらに、最も簡単な方法で手を打とうとしたから、天王様が獲物をお隠しなさったんだろうさ。川で魚を獲るなり、冬眠した獣を探すなり、本当にやれることはすべてやり尽くしたんだろうな? ええ、おい?」


 フェンリルは隠しもせず舌打ちした。

 こちらの苦労を知りもせず、自分の言い分を通そうとする。これだから年寄りは嫌だった。天王の名前を持ち出せば、なんだってまかりとおるとでも思っているのではないだろうか?

 いつまでもそれが通用するつもりでいるなら、大間違いである。


「頭を使わなかったことの(ばち)が、今回の襲撃だったとでもほざくんじゃないだろうな。その天王サマとやらは、てめえが養い子を雪山に放置してたことについては、なんていってんだよ。この耄碌(もうろく)じじい」

「目上の者に対する口の利き方じゃないな。――どうやらまだ、折檻がたりないと見える」


 フェンリルが冷やかな怒気を纏い、カザドが拳を握る。並んで座らされている残りの悪童、トルヴァとボズゥは二人のやり取りに肝を冷やしていた。


(頼むからやめてくれ)


 はめたばかりの肩も、体も、充分に回復していない。こぶまでできたし、何より、お腹と背中が今にもくっつきそうだ。これ以上の痛い目は勘弁してほしかった。

 トルヴァは懇願の視線をフェンリルに送る。このままでは二人とも、噛みつくフェンリルのとばっちりを食いかねなかった。


「まぁまぁまぁ! そのへんにしときましょうや、カザド殿」


 睨みを利かせ合う二人に待ったをかけたのは、客人の一声だった。


「冬の雪山に子供らばかりで二月も。着の身着のまま生き抜くなんて、なかなかできることじゃあない。それもこんな地の民(アマリ)行き交う帝国のすぐ近くでだ。労いこそすれ、これ以上の説教はいらんでしょう。甥姪(おいめい)も元気だったし、頼もしい限りの若者たちじゃあないですか」

 

 伸ばした金の顎髭(あごひげ)をふたまたのみつあみにした壮年の男は、明るい口調でカザドに言った。何ひとつ変わりないと思えたカザドだったのだが、今回は決定的にこれまでと違っていた。

 犬と狼だけではなく、大人の客人を二人も連れて戻ったのだ。しかもこのみつあみ髭の男――ケヴァンは、ダインとロッタの伯父であった。


「私も同じように思いますよ。今はなにより急いでこの場を離れるべきだ。奴らはもう一人いたという話じゃないですか。おい、そうだったな?」


 もう一人の客人がフェンリル達に訊ねた。こちらはカザドと同じく、髭のいっさいを剃り落とすかわりに目尻とその下に刺青を彫った男で、エイナルと名乗った。まっすぐな銀髪を、一本のみつあみに結わえて背中に流している。

 フェンリル達よりも年上だが、ケヴァンほどに年はいっていない。二十代のなかばくらいだろう。

 彼らは同郷らしく、似た刺繍が施された衣服を身に纏っていた。


「あいつら四人組だったんだ。おれ達を捕まえたあと何か話しこんで、一人だけ山道を駆けていった」


 助け船とばかりに、トルヴァが急いで口を開いた。初耳の情報だった。フェンリルが目を見張ると、トルヴァは痛む肩をすくめてみせた。


「やっぱり、ダインから聞かされてなかったか」


 トルヴァの頭に、身振り手振りで要領を得ずまくしたてる、ダインの姿が思い浮かんだ。

 それではフェンリルが彼らの元に辿りついた時、すでに一人足りていなかったのだ。多少とは言え、こちらのことを知りえた(けだもの)を取り逃がし、野に放ってしまった。歯噛みする事実だったが、今さらどうすることもできない。

 ケヴァンが訳知り顔で、うんうんと頷いた。


「おそらく奴らは帝国からの使いだろうなあ。一足先に抜けたそいつは伝令役だ。向かった先にきっと、女神の血族がいるんだろう」

「まさか――地帝(ちてい)を出迎えにいく最中だったっていうのか」


 年かさの客人達にかしこまることも忘れて、フェンリルが声を張った。咎めるようにカザドが彼を睨んだが、答えたエイナルは気にしなかった。


「いいや、地帝本人が帝国から離れることはまずありえない。だが、近代の地帝に近しい血族の誰かとみて間違いないだろう。こちらに来るまでの道中で聞いた話だが――長らく帝国を留守にしていたが、漫遊を終えて帰還するよう、地帝から命令が下った者がいるらしい」


 つまり彼らはいま、女神の血に連なる者のすぐ間近に潜んでいるのだ。どう考えても遭遇しない方がいい相手だ。知らぬ間に、よろしくない状況に陥っていた。


「なので、もう良いのでは。カザド殿」


 客人の最もな言い分にカザドはむっつりと押し黙る。叱ると決めたら、とことん叱りとばしてやらなければ気が済まない頑固な気質が、眉間の縦皺に、腕を組む仁王立ちに、これでもかというほど現れていた。


「彼らはけが人だ。拳骨ひとつが打倒でしょう」


 駄目押しの一言で、とうとうカザドが深いため息を吐きだした。


「――死体の処理は、俺とケヴァン殿、そしてエイナル殿で済ませておいた。獣が群がるまで、まだいくらか時間は稼げるだろう」


 お説教の終わりの気配を感じ取って、悪童たちはにわかに腰をあげた。だがそんな彼らに、カザドは鋭く言い放った。


「お前たちが戦ったあの地の民(アマリ)たち。あれは帝国の――女神の戦士だ」


 トルヴァとボズゥがやはりかと目を配らせる。いち早く見当をつけていた彼らの一方で、フェンリルは胸の奥底がざわりとした。


(女神の戦士。あれが――あいつらが)

 

 フェンリルから全てを奪った(けだもの)の正体を、今度こそ彼は知った。


「奴らは女神と、その血族の為ならば死をも(いと)わない。本来ならばけして一筋縄ではいかない相手だ。だがお前たちが子供で、いかにもみじめで、何もできはすまいと侮られたから、こうして無事でいる。――わかるか? 今回は向こうの油断と、運に助けられただけだ。よくよく肝に銘じておけ」

「天王の次は運かよ。もういいか、時間が惜しいんだろ」


 悪態をついて今度こそフェンリルは立ち上がった。そうして返事を待たずカザドにそっぽを向き、天幕の側で彼らのやり取りを見守っていたヘルガに合流した。

 カザドはまだ言いたりない様子だった――しかし切り替えて、客人二人と移動についてどうするか、荷物の運び出しや野営についての相談を始める。

 一方のフェンリルはいらいらして仕方がなかった。いなければ人をやきもきさせ、いざ戻れば途端に腹立たしくなる。それがカザドという老人だった。

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