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チェスガルテン創世記  作者: ノミ丸
34/65

第四章――襲撃⑦――

修正しました。

楽しんでいます。

(二匹目)


 とどめに喉を突き刺してフェンリルは追撃を止めた。相手の視界を奪った毛皮は穴だらけな上に血を吸い上げて、重くなってしまっている。

 赤黒く染まる生臭いそれらを一瞥するフェンリルの背筋が、迫りくる気配に逆立った。

 身を(ひるがえ)すと、横薙ぎの長剣が毛先をかすめる。最後の獲物がこちらを睨みつけ何言か言い捨てた。


地母神(じぼしん)アマナよ、貴女の忠実なる戦士たる彼らを、その懐に迎えて下さい。彼らは勇敢でした。どうか褒め称えて下さい』


 意味は理解できない。

 せつないまでの震えはすでに止まっていた。


「何言ってるかわかんねぇよ」


 そう言い捨てるや否や、フェンリルはつむじ風を纏って突っ込んだ。


『――そしてどうかこの貴女の忠実なるしもべに、哀れな敗北神の残滓を(ほうむ)る為の御力(みちから)をお示し下さい』


 最後の相手は他の奴らのように、大ぶりに斬りかかるような真似はしなかった。少ない動作でフェンリルの短剣を受け止め払う。

 何度か繰り返した後、突然脇腹目がけて膝蹴りがとんできた。まともに受け止めれば、あばら骨がやられる。衝撃に逆らわず、フェンリルは跳ねた。

 側転するように受け流して着地し、すぐさま跳躍し次の一撃をお見舞いする。だがこれも決定打にはならず、再び刃で払われる。

 いっそ腹ばいになるほど重心を低く落としたフェンリルは、頭頂部のすれすれで長剣をかわし、相手のふくらはぎ目がけて短剣を走らせた。

 刃は通らない。なめし革の表面を滑っただけだった。


(一度雪で落とさないと)


 短剣が血脂で(なまく)らになりつつあると気づいたが、ついまた、相手の急所を狙ってしまった。

 今度は刀身を滑らせて、相手の肘の内側を柄頭で打ってみた。そのまま流れで切り裂く。浅い。だがほんのわずか、相手が怯んだ。その一瞬をフェンリルは見逃さなかった。

 すぐさま短剣を左に持ち替え、回転しながら長剣を握る手の甲に突き立てる。

 相手はとうとう短い呻き声と共に長剣を手放した。フェンリルは落下する長剣を奪い、恐ろしいまでの身軽さで跳び退った。

 数歩分の距離を取り、互いに睨みあう。フェンリルは長剣を遠くに放り投げて、あちこち忙しなく目をさ迷わせた。


(腕、足、目――いや、指?)


 この時フェンリルはいかに素早く戦いを終わらせるかではなく、どうすれば相手がより苦しむのかばかり考えていた。

 他二人に比べて最後の相手はしぶとかった。――だからこそ、とにかく痛めつけてやりたかった。


(――慎重に。頭に血が昇った時ほど、慎重に、冷静になれ)


 老人の教えを思い出し、フェンリルは衝動をこらえようと努力した。しかし荒く短い呼吸は、きんとした空気に混じる別のものを欲していた。白く清廉な雪原は今やおびただしいほどの鮮血を吸い上げ、赤々と染まっている。

 かつて故郷を焼き、全てを踏みにじっていった(けだもの)達の血の匂いはフェンリルを酔わせるのに充分だった。

 どこからか悲鳴が聞こえた。

 あれはヴァナヘイムの誰か――姉の、ヘイルの声だ。


(ヘイルが叫んでいる)


 悲痛な泣き声はフェンリルの足元からひたひたと沁み渡り、全身を満たしていく。

 彼女を泣きやませるにはどうすればいいのだろう?

 もう良いではないか。だってもう長いこと、我慢をしてきた気がする。


(そうだ)


ふいに目の前の霧が晴れるような唐突さで、フェンリルは気がついた。


(おれはずっと、この時を待ってたんだ)


 あんな地獄を目の当たりにしてまで、どうしてただ一人、生き延びたのか。

 どうしてこれまでずっと、黙って老人の教えを守ってきたのか。ひたすら静かに爪を砥ぎ、牙を磨き、耐えてきたのか。

 女神などどこにもいはしないし、叫んでも祈っても救いなどないのだと、この獣どもに思い知らせる為だ。

 耐える日々はもう終わりだ。

 その時がようやく来たのだ。


「――おい。人間の真似ごとしたけりゃなあ、言葉のひとつも覚えてきたらどうだ」


 狂おしいまでの高揚感にとり憑かれ、衝動のままフェンリルは跳躍した。驚愕に固まる(けだもの)の顔。凍てつく空気。血の匂い。

 フェンリルは笑った――気分が良かった。

 相手の喉元目がけて、短剣を走らせる。獲った――と思った次の瞬間、フェンリルの手から短剣がすっぽ抜けた。

続きはカクヨムさんで先行公開中です。見やすい方でご覧下さい。

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