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チェスガルテン創世記  作者: ノミ丸
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第四章――襲撃⑥――

 新たな襲撃者により、仲間の一人が女神の懐に抱かれることになった。まだ戦士に成り立ての、将来のある若者だった。

 挟み打ちにするように、戦士たちは同時に襲いかかる。一方は剣を振りあげ、一方は薙ぎ払うようにしながら。しかし彼らの剣は誰を捕えることもなく、お互いの刃はかちあった。

 剣と剣が打ち合う感触に、困惑する。どういう訳か天の民(ヴィト)がいた雪上には、渦まきに削りとられた跡だけが残されていた。ひゅるひゅると渦巻く冷ややかな風に煽られながら襲撃者を探す。

 その最中、先程捕えていた二人の天の民(ヴィト)がぽかんと口を開け、空を仰いでいるのが目に留まった。


(敗北神にでも祈っているのか?)


 この世から消えて久しい天王に救いを求めているのかと思ったが――そうではなかった。


『おい、あそこだ!』


 仲間の声に仰いだ先を見て、戦士は一瞬相手が空を飛んでいると錯覚した。遙か高み。何も掴むものも踏みしだくものもない虚空に、それはいたのだ。

 すぐに相手が跳躍したのだと理解したが、それは飛翔と錯覚するにたる程の隔たりだった。

 その場の誰もが唖然とするなか、それは猫の子のように身を丸めた。着地の体勢に入るところだと気づき、戦士は我に返る。

 翼のある鳥ではないのだ。当然、いつまでも耐空していられるわけはない。

 同じく察した仲間とそれとなく目くばせをする。緩やかに落下してくるそれ目がけて、一太刀入れようと身構えた。空中では今度こそ避けようがないだろう。


(捕えるのは無しだ)


 あれを処理した後で、逃げ出した残りの襲撃者を捕えることにしようと戦士は考えた。馬で逃げた者がいた。彼らを矢で射た者もいる。他にもまだ、仲間はいるはずだ。すべてを把握しなければ。


(こんな所で我らと遭遇するとは、こいつらも運が無い)


 敵うはずの無い相手を襲うぐらいなので、よほど飢えていたに違いないと戦士は考えた。血まみれになった銀髪の天の民(ヴィト)が蹴られて吐いた物には、固形物が何もなかった。

 雪山で頼る大人もなく子供ばかりで、無謀な行動に出ざるを得なかったのだろう。薄汚い成りをした天の民(ヴィト)とは言えまだ子供。そう思えば同情できなくも無かった。


(だが女神の懐であるこの大地で、天の民(ヴィト)が栄えることなど無い)


 ふと、戦士は見上げた先で日の光に反射する何かを見た。それから短い風切り音がして――不意に視界の左側が、真っ暗になった。


「? がっ!」


 突然走った激痛に思わず呻く。身体を折って痛む左目を抑えると、指先が尖った物に触れた。戦士の左目に刺さったそれは毛皮の止め具だったのだが、その正体に誰も気づくことはなかった。

 空から顔を背けた戦士を獣臭い物が覆った。毛皮だ。次に風切り音を伴いながら、何かが乗ってきた。すると今度は、右目のすぐ下の頬骨から口内にかけて、鋭い衝撃が走る。

 血の味が、痛みが、顔面中に広がり、舌が薄くて冷やかな鉄臭い物に触れた。剣の切っ先だと気づいた途端、ずるりと刃が口内から引き抜かれる。腕でそれを振り払おうとするが、再び顔面を刺された。今度は上唇のあたりだ。舌も貫かれた。顔面を覆った毛皮が邪魔で、何も見えない。

 振り払う。

 けれども次から次へと執拗に刃が突き刺さる。


「! ! ! ! !」


 やめてくれと懇願しようにも言葉にならない。

 言葉は呻き声に飲まれてしまう。

 腕で顔面を庇おうとする。

 だがもはや全てが遅い。

 何かに襲われている。

 声を上げられない。

 ひたすらもがく。

 誰が、何を。

 見えない。

 助けを。

 わからない。

 訳がわからない。 



(あの天の民(ヴィト)はどこへ行った?)


 次から次へと襲いかかる刃から逃れらず、反撃もままならない。戦士は無我夢中で腕を振り、ただただもがいた。

 そうしていくらもたたぬうちに、女神の誇り高き戦士は雪の上に横たわり、かすかに胸を上下させるだけとなった。

 自分が誰から、どんな目にあって命を落としたのか、最後まで理解できないまま。

久々更新です。カクヨムさんの方で、続きを先行公開しています。

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