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チェスガルテン創世記  作者: ノミ丸
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第四章――襲撃③――

「こんな時ばっかりダインをあてにするのか。いいからこの縄なんとかしろ! おれはさっきから肩に力入んないんだよ!」

「それ外れてんじゃねぇのぉ?」


 わかりきったことを言うなと口にする前に、女神の戦士に二人は引きはがされた。

 そのまま引きずられた後、トルヴァの左頬に拳が入る。続けて戦士のつま先が、かばうこともできない鳩尾に突き刺さった。

 たまらず嘔吐したトルヴァだったが、腹には何も入っていないので出てきたのは胃液か何かだった。

 酸っぱさと鉄臭さが口内に充満する。


(最後に鼻血出したのはいつだっけな)


 直撃を避けたつもりだったが、拳ももろに入ったらしい。

 口内に逆流してきた鼻血を吐きだすと、真っ白な雪に飛び散った。拭うこともできないので下を向いていると、次から次へと血がしたたり落ちる。

 戦士が何か罵っていたが相変わらず意味は理解できなかった。

 再び座らされ隣を見ると、最初よりも離れた場所にボズゥがいた。また騒がれたら面倒ということなのだろう。

 ボズゥもトルヴァと同じく乱暴に座らされていたが、明らかに軽傷だった。


(なんでだよ)


 最初こそ胡坐をかいていたボズゥだが、今や怯えた表情で自分から正座になっていた。ボズゥの方がおとなしくて御しやすいと思われたのかもしれない。

 見張りの戦士は明らかにトルヴァの方を危険視し、見張り以外もそれとなくトルヴァに意識を向けている。

 それで良かった。


「ううぅ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 正座するボズゥが、謝罪しながら小刻みに震えている。靴の踵に仕込んでいる鹿の角の小刀(ナイフ)が折れてなければ、縄を削るくらいはできるはずだ。

 幸いなことに、戦士たちはボズゥを見ていない。見張りはトルヴァのすぐ側で、他二人と何やら言い合っていた。ここでトルヴァにできるのは、よりボズゥに注目が向かないようにすることだ。

 では、手足が縛られてるなかでどうするのか――


「――女神の戦士もたいしたことねぇな。歯のいっぼんも欠けなかったぜ」


 安い挑発だった。


「こんな雪山でぞんな格好してたら、狙ってくべって言ってうようなもんだ。

 てめぇら、そんだけ黒いんだから、もうぢょっと考えろよ」


 鼻血のせいで少々呂律があやしかったが、挑発されてることくらいは伝わっただろう。

 しかし戦士たちはこちらに見向きもしなかった。――まさか共通の言葉がわからないのだろうか。


(いや、そうじゃない)


 トルヴァはこちらを歯牙にもかけない戦士たちの態度に、そういえば本来こういうものだったと痛感させられた。

 トルヴァと彼らにはそれこそ天と地ほどに差がある。向こうはこちらのことなど、せいぜい群れからはぐれた獣の子くらいにしか思っていないのだろう。

 トルヴァに振るった暴力も、わずらわしいから黙らせたにすぎない。縛っているとは言え、ボズゥに対して背を向けているのもそうだ。

 獣にわかる言葉で話す必要はないし、何を言われようと侮辱にはならない。何故なら彼らにとって天の民(ヴィト)とは、脅威にはなりえないのだから。

 初めから対等ではないのだ。

 とはいえ、黙っていられるものか。


「女神はてめぇらに、まともなおづむはくれなかったんだな。だからそんな、頭の悪い格好をさせるんだ。――女神の娘たちも、てめぇらみたく頭が悪いんだろ? だからこんな簡単なこどもわから゛ないんだ」


 できるだけの侮辱を込めて嘲笑ってやると、会話がぴたりとやんだ。そして、戦士たちが一斉にトルヴァに注目する。眼差しだけで人を射殺せるような殺気に、トルヴァは思わず息を飲んだ。

 女神に仕える戦士なら、女神への侮辱はどうかと思ったのだが……予想以上の効果をもたらしたようだ。

 トルヴァとボズゥを引きはがした見張りの戦士が、腰の剣をすらりと引き抜いた。


「なんだよ……言葉わがるじゃん」


 ぎらつく刃を前にして、頬が引きつった。

 あの明るい色の目をした見張りは、いまや憤怒の表情だった。よくよく見てみれば、他二人に比べてずいぶん若い。トルヴァとそんなに変わらないと見えた。

 そんな見張りの行動について、誰も何も言わない。止めようとする気配も無い。ただ静かに殺意を立ち昇らせたまま、ことの成り行きを見守っていた。

 これは、少し斬られるぐらいで済むだろうか?

 トルヴァは距離を取るため後ろ手に這おうとしたが、肩の激痛とよくない体勢とで、うまく力が入らなかった。


「――我々への侮辱は許そう」


 見張りが初めて共通の言葉を使った。


「だがアマナ女神と神聖な血族へのものは許さん。まして、天の民(ヴィト)からの侮辱など、あってはならない。たとえどんなに些細なものでもだ」


(あ、これ死んだかも)


 見張りが振り上げた剣の切っ先に日の光が反射するのを見て、トルヴァが覚悟した時だった。

 風切り音と共に飛んできた一本の矢が、高く掲げた見張りの手の甲に深々と突き刺さった。


「!」


 いくらも間を置かず、一手、二手と矢が飛んできた。残りの戦士たちが剣を抜いて叩き落とす。矢の数は多くなかったが、狙い撃ちと言って良かった。

 この機を逃す理由は無い。すかさずトルヴァは転がった。


(こんな開けた場所でたむろしてるからだ!)


 矢を射たのが誰であれ、感謝しかなかった。ざまをみろという思いで木立の影まで転がり、木の幹を支えに身体を起こそうとした。

 肩が悲鳴をあげ、今や頭痛さえ伴っていたが、痛みに蹲っている場合ではない。まずは縄をどうにかしなければ。

 しかしそこへ追いついてきた見張りに、足首を掴まれてしまった。

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