第四章――襲撃②――
「いってぇ!」
外れた肩に振動が響いて、たまらずトルヴァは頭を雪に押し付けた。
自由の利かない状態での苦痛はどうしようもない。歯を食いしばり、姿勢を立て直して相手を睨みつける。
肩越しに見上げた地の民は、無言で何か手ぶりをしてみせた。
「うるさい」か「黙れ」ということらしい。自分を見下ろすこちらの地の民は肌の色こそ他の二人と同じだが、若干明るい色の眼をしていた。
共通しているのは皆一様に冷ややかな態度であることだろう。これまで遭遇してきたどの地の民とも、纏う雰囲気が違った。
トルヴァは視線を逸らすと、ボズゥににじり寄って小声で問いかけた。
「女神の戦士ってあれだろ。歌にも出てくる、すんごい強い奴らだろ? 間違いじゃないのか」
「……奴隷であちこち連れ回されてた頃さぁ、でっかい建物の前で立ってんのが、こんな感じの格好してた気がするんだよなぁ」
「なんだよそれ。曖昧だな」
「ほら、こいつらなんかさぁ、妙な雰囲気だろぉ。そん時見た奴と似てんだよなぁ」
淡々と語る様が、真実味を増すのに一役買っていた。
女神の戦士は地帝と帝国を守るために戦う剣であり、盾であり、手足である。彼らは遠い昔女神と共に天王と戦い、多くの天の民を葬った存在だ。
女神の娘たちに代々仕え、必要に応じて戦に赴く。そんな話を集落の大人たちや老人から、伝え聞かされてきた。
そして皆、最後には必ずこう言っていた。
(女神の戦士から逃げおおせた者は、一生の運を使い果たす……)
つまりそれだけ、彼らと遭遇して無事でいられた天の民が少ないのだ。
トルヴァの全身の毛穴から、ぶわっと汗が噴き出した。
「なんだってそんな奴に、喧嘩ふっかけてんだよ……!」
「だからぁ……ごめんってぇ……。ふざけて構えただけだったんだよぉ……」
「構えただけってお前な! 人にあんな話しといて、なんで警戒されないと思ってんだ!」
再び、背中を蹴られた。
トルヴァは雪に突っ伏して唸る。
「~~もう!」
憤懣やるかたないとはこの事だった。
この手が自由だったなら、すぐにでもボズゥを羽交い締めにしてやるところだ。
(てか、なんでそんな奴らがこんなところに?)
トルヴァは雪で頭を冷やしながら考えを巡らせた。
確かに地の民たちがやってきた先には帝国がある。しかしトルヴァ達が居座るところは、山を越えてからもまだ距離があったはずだ。
(なのに戦士がだけがここにいるって……まてまてまて! なんかヤバいんじゃないか?)
『気づかれてからじゃ遅いんだよ』
フェンリルの言葉が思い出された。
トルヴァは歯ぎしりし、痛みを堪えて身体を起こした。
「お前のせいだぞ!」
「えっ、うわあぁ!」
そのままボズゥ目がけて体当たりをかましてやった。ボズゥも縛られているので、当然二人は倒れ込む。
戦士が何ごとか叫んでいるが、気にせずトルヴァはボズゥに耳打ちした。
「――おいボズゥ。こいつらおれ達でどうにかするしかないぞ」
「えぇ? どうにかってぇ?」
喧嘩をしているように見せるため、耐性を立て直そうとするボズゥを押さえつけた。目まいのする激痛が走ったが、歯を食いしばって耐える。
ボズゥにもトルヴァの意図が伝わったようで、派手に足をばたつかせる。はたからはもみくちゃの喧嘩のように見えるはずだ。
「戦士だってのが本当なら、おれ達は最悪の奴らに見つかったんだ――足止めなりなんなりしないと、全員がヤバい」
「……いやぁ無茶だってぇ。ダインがフェンリルを連れてくるまで、待ったほうが絶対良いってぇ!」
ボズゥが覆いかぶさるトルヴァから逃げようとするのを、させまいとさらに体重をかけた。