第四章-ー襲撃①ーー
太陽はもうすっかり真上に昇っていた。
あの豪雪の数日はやはり、最後の冬の名残だったのだろう。雪が降る気配はなく、積雪は体温で簡単に湿り気を帯びるものとなっていた。
そんなわけで、そろそろ尻が冷たくなり始めていた。
(腹減ったな)
トルヴァはぼんやり考えた。
朝食のスープは大変薄くて、腹にはたまらなかった。全員に行き渡るように薄めたので、ほとんど水と言ってよかったのだ。
空腹に慣れているとはいえさすがにもう、元気が出なかった。
(夕方と言わず合流していれば、今頃あの兎を食ってたかな)
彼らが狩った兎は今、まとめて無造作に放られていた。茶黒の毛玉は全部で三羽だ。
トルヴァが獲った分が一羽、ダインが獲った分が二羽。
(焼いたやつにかぶりつけたらなあ)
焚火に滴り落ちる脂の匂いを想像すれば、たまらずじわりと口内に生唾が滲み出た。
口の端から垂れる前に生唾を飲み込む。するとより一層、トルヴァの腹の虫がそろそろ何かよこしたらどうだと、切なげに訴えてくるのだった。
「……腹、減ったよなぁ」
そんな腹の虫に媚びるように、ボズゥが言った。
「今度フェンリルに叱られても、オレはもう、かばってやんねえ」
へらへら笑いを浮かべるボズゥを睨みつけて、トルヴァは言い捨てた。情けなくうなだれるボズゥだったが、同情はできなかった。
二人とも後ろ手に縛られ座らされている訳だが――トルヴァは利き腕の肩を外された上だったので余裕は無い。何より、こうなった原因を作ったのは他でもないボズゥなのだ。
四騎の騎馬は確かにひたすら真っ直ぐ、山道を駆け抜けていた。木々が切り倒され、人々が行き来できるように開けているその道は、ここ数日の豪雪でかさが増している。
しかしそこを駆ける騎馬は、惚れぼれするような脚の強さだった。商人や護衛にしては妙ではあったが、少なくとも山の中に分け入ってくるような様子は無かった。ひとまず危険は無いと考え、そのまま黙って見送ろうとした。
地の民の騎馬が、トルヴァ達の潜む山峡の目前に差しかかったその時、ボズゥが弓を引き絞ったのだ。
一瞬のことで、狙いを定めていたかどうかはあやふやだ。トルヴァが思わずボズゥの腕を掴んだ瞬間矢は放たれて、あっと思った時には、先頭を駆ける馬の体に突き刺さっていた。
高い嘶きをあげてもんどりうつ騎馬から、乗り手が転げ落ちた。そこからはあっという間だった。
襲撃を受けた地の民たちの判断は早く、まさかの事態に茫然としてしまったトルヴァたちの判断は遅かった。
素早く立ち去るか、このまま応戦するか。
ボズゥは迎え討つ体勢をとり、トルヴァはダインを逃がした。結果、二人は捕まったのだった。
(ダインは逃げれたかな……)
自分たちをあっさりと縛り上げた相手を、トルヴァは観察した。
相手は四人の地の民だった。よくなめされた黒っぽい革製の外套と、房飾りのついた、これまた革の帽子をかぶっている。皆、腰に長剣を携えていた。
トルヴァとボズゥのすぐ側に一人。トルヴァ達より離れたところに二人。最後の一人は他の面々と何事か言葉を交わした後、山道から立ち去った。
トルヴァたちを窺いながら、こちらにはわからない言葉で、ひそひそと話しあっている。
多少の差異はあれど、三人とも地の民特有の黒い瞳に黒い色の肌をしていた。
(あれはきっと古い言葉だ)
彼らの言語はトルヴァにもボズゥにも理解できなかった。天の民の古語と同じように、地の民だけ伝わる言葉があるのだ。どちらにもわかる共通の言語で話さないあたり、何らかの企みめいた物を感じ取れた。
なんにせよ、トルヴァにとってもボズゥにとっても嬉しくない内容であることだけは察しがつく。
「……こいつら多分、女神の戦士ってやつだぜぇ」
「はぁ!?」
ボズゥの呟きを聞いて、トルヴァは思わず上ずった声をあげてしまった。
すると背後に控える地の民が、トルヴァの腰のあたりを蹴飛ばしてきた。