第三章――子供たち⑨――
集落を作るならまずは馬を増やすべきだろう。あとは山羊か羊。土地が良ければ夏には穀物だって植えられる。翌年の冬には収穫して、粥でもパンでも作れるようになるだろう。
野に、山に、川に、獣や魚を追い、木の実や野草を摘む。
老人が鍬を振るい、放した家畜を見守る姿は想像がつかなかった。それよりはきっと、草原を駆けて山に入り、獣を狩るのを好むに違いない。
フェンリルにトルヴァ、ボズゥもきっと狩りについていく。やがてはダインも加わって、どちらが多く獲物を獲ったか、誰が一番馬で早く駆けることができるかで競うこともあるに違いない。
手先が器用なルクーなら獣を獲るための罠の作り方を、ロッタやほかの子供たちに教えてやれるだろう。縄を編んだり、干物や燻製を作るようになったり、やることはたくさんある。
ヘルガはきっと髪を伸ばし、羊を放しに行く合間に幕屋で服を縫ったりすることだろう。あるいはフェンリルたちに混じって、狩りに加わるだろうか。
夜には皆、幕屋に集まり食事を囲む。祝い事があれば一晩中、歌い明かすに違いない。
そうして今よりも更に年老いた老人は、幕屋で子供たちの気配をあちらこちらに感じながら、惜しまれながら、静かに最期の吐息をもらす……
それは帰りたくてももう二度と帰れない、懐かしいどこかの景色だった。
このまま彼らが共にいると言うなら、そんな道もあるはずだ。そうやって生き抜くだけの力は、きっともう備わっている。
各々の考えはわからないが、けして悪くはない行く末だ。
――でも、どこにでも、地の民は現れる。
「……おれは」
「あれ?」
フェンリルが口を開きかけたのとほとんど同時に、ルクーが怪訝そうな表情になった。
「向こうから誰か来るよ」
そう言って指さすのは川の下流だった。まだ誰の姿も見えないが、ルクーの耳には何か届いているようだ。
「人数は?」
「騎馬かな。一頭だけこっちに向かってる。すごく急いでいる」
「じいさんか?」
「どうだろう……わからないけど変な走り方だよ。――けがをしているみたいだ」
すぐさまフェンリルとヘルガは立ち上がり、警戒の態勢に入った。色々な可能性が考えられたが、一番はやはり地の民だと仮定すべきだった。
初めは雪を舞わせようかと考えたが、今日は天気が良くて身を隠すことは難しそうだ。
弓で対応することにして、ヘルガはロッタとルクーを岩陰に潜ませ、フェンリルの後方についた。
同じく岩陰に潜み、下流に向かって矢をつがえる。
まだ何も現れない。
まだ。
まだだ。
やがて、フェンリルの耳にも蹄の音が届いた。
「フェンリル待って、ダインだ!」
ルクーが叫んだ。
そして下流の岩陰から息せき切って現れたのは、彼らの良く知る栗毛の馬であり、その背ではずんでいるのはダインだった。
後に誰も続いてこないのを確認してから、フェンリルは弓を下ろした。
「おおーい!」
フェンリルたちに気づいたダインが、大きく腕を振る。よほど急いできたのか、ほとんど落馬するような足取りでダインは着地した。
乗ってきた馬はひどく興奮していた。あやうくそのまま走り去ってしまいそうなところを、ダインに代わって馬上に乗り上げた。
手綱を引き、どうどうとなだめすかすと、馬の足取りはひょこひょことおぼつかないものになった。見れば腿に深々と、一本の矢が刺さっている。その傷口からは未だ新しい血がぽたぽたと流れ落ちていた。矢羽の向きで、後ろから射られたのだとわかる。
「まずい、まずいよ、フェンリル」
深刻な口ぶりのダインに、フェンリルはまず落ち着くようにとりなした。しかしすでに、異常事態を悟っていた。
ここに現れたのはダインだけ。――ダインだけなのだ。
フェンリルは馬上から、硬い声を発した。
「ダイン、トルヴァとボズゥはどうした?」