第三章――子供たち⑧――
「ロッタも、おじいちゃますきだよ。おかおこわいけど、だっこしてくれるし。あたまいいこいいこもしてくれる」
二桁にもなっていないロッタが、幼いがゆえの素直さでにこにこした。
こちらを見上げるロッタにフェンリルは、そういえば自分が老人と出会ったのも、ちょうどこのくらいだったかと思い出す。
「……じいさんが戻ってきたらまた、増えてるかもな」
何が、とは誰も口にしなかった。
「そうなったらぼくら、ちょっとした一族だよね」
ルクーの一言に、ヘルガが乗った。
「一族なら名前をつけないと。色は当然青でしょう、じいさまもフェンリルも青髪だしね。鳥は? あたしは隼がいい」
「ぼくは梟かなぁ」
「ロッタはね、ロッタはマガモ! おいしくてきれい!」
フェンリルは小さく笑った。
「マガモじゃすぐに食われちまう。家族を守って戦えるような、強い鳥でないと」
「えぇー! じゃあどんなとりさんならいいの?」
「自分で狩りをするような……鷹とか」
「鷹も良いね。青鷹の一族? いかにもじいさまの身内だ」
にこやかに手を打ったヘルガだったが、少々ばつが悪そうにつけ加えた。
「でもきっと、じいさまは集落暮らしなんてしたがらないよね」
「ヘルガは集落で暮らしたいのか?」
何気なく問いかけたつもりだったのだが、ヘルガは驚いたような顔になった。
わずかに目を見開き、それから、手元の洗濯物をぱんっと小気味いい音をたてて伸ばした。
「そりゃあ、まあね。流れ者自体は珍しくないけど、地の民相手に盗賊なんていつまで続けられるだろうって。……正直、不安だよ」
「そうか? ――そりゃあ、そうか」
彼女がボズゥと共に仲間入りして二、三年はたっただろうか。トルヴァは、もう少し長かったはず。結構一緒にいたのだなとも、まだそんなものだったかとも思った。
しかしこうして仲間の心の内を知るのは、初めてな気がした。
フェンリルは老人の放任主義に嫌気がさすことはあれど、暮らしに不満があるわけではなかったし、なんとなく皆もそうだと信じこんでいたのだ。
だけどヘルガが抱く不安は、彼女だけのものとは限らないのかもしれない。
「この際だから言うけど、あたしはこのまま人数が増えていくんなら、一族として名乗りをあげて集落を作るのはありだと思う。じいさまはなんて言ったってもう、としだし、フェンリルは成人してる。若いけど大人はいるんだ。あたしだって、じきに――」
一呼吸おいて、ヘルガは続けた。
「フェンリルはどう思う?」
「おれ?」
「フェンリルは、あたしたちで一族になるなんていや? どこかに留まって暮らすのは、いや?」
ヘルガのきつい目もとが、普段の彼女とは異なったひたむきさを宿していた。その目を見ているうちに、フェンリルはなにやら居心地が悪くなった。
フェンリルとて一度も考えたことが無いと言えば嘘になる。
思わないではなかった。ここではないどこかで、老人が拾ってきた子供たちが集まり、一族となって集落を作る。それはなんら不思議なことではない。むしろ、彼らが行き着く結果としては自然なことだろう。