第三章――子供たち⑦――
「ご、ごめんフェンリル……つい想像しちゃって……めしはまだかいのと、ぼやているところを……」
「やめてルクー、説明しないで」
「お前らなぁ……」
さすがにそろそろ言い返そうとしたフェンリルだったが、思い直しておとなしく体を温めることにした。今は何を言っても笑われるだけだろう。世話を焼かせてしまっている自覚はあるのだ。
ロッタが気まずそうにフェンリルの顔色をこわごわ窺うので、手元に引き寄せて膝に抱え込んでやった。
「つめたい!」
きゃっきゃっと笑い声を立てるちいさな子供の体温は、ほどよく温かった。
ヘルガはひとしきり笑い転げてからようやく、手元の洗濯籠を引き寄せてフェンリルの隣に腰を下ろした。目元をぬぐっているため、こちらも涙が出るほど笑ったことがわかるのが癪だった。
「あーあ、どうしてこんなに無頓着なの。フェンリルって。」
「悪かったな」
「すねないでよ、嫌味で言ったんじゃないったら」
「こういう生活が長いと、色々無頓着にもなるさ。今日がいつか知らなくたって生きていける。じいさんを見てればわかるだろ」
「あれだけ信心深い人が、日にちの数え方を忘れるわけないでしょう」
フェンリルは鼻で笑った。
「天王は盗みをすることを罰さないのかと聞かれて〝生きるための悪さなら天王様は見逃して下さる。それほど懐が深くていらっしゃる〟と、都合良くのたまう屁理屈じじいだぞ」
「としよりなんてそんなものでしょう。……じいさまのことだから、きっときちんと考えてるよ。帰りが遅いのだって、成人の祝いに渡すのにふさわしい剣を見つくろっているからじゃない?」
「じいさんをわかってないな、ヘルガ」
「そう?」
ヘルガは微笑み、焚火に新しい薪を一本くべた。
ボズゥはよく男女と馬鹿にするが、こうして柔和な表情を浮かべれば充分に年頃の少女らしかった。
「じいさまは今頃どうしているんだろうね。この寒さだし、せめて集落に留まってくれていると良いんだけど。いくら人嫌いでもさ」
「いいとしだってのに、後先考えずにいつまでものらりくらりしてるから、おれ達はこんな真冬の雪山に留まることになったんだ。くそじじいめ」
うっ憤を込めて罵るフェンリルだった。
今ここに老人がいれば、くそじじいとはなんだ目上の者に対してと、説教の始まる言い草だとヘルガは思った。その説教も久しく聞いていない。
二人のやりとりを聞いていたルクーが微笑んだ。
「フェンリルは本当に、おじいさんのことが好きだよね」
「――なんだって?」
先ほどの爆笑の余韻が残る声音だった。
隣のヘルガが口元にさっと手を当て、笑うのを堪える準備に入っている。フェンリルはそれを見なかったことにして、ルクーに詰め寄った。
「おいルクー、何を突然気色の悪いことを言いだすんだ」
「ええ? だってフェンリル、おじいさんのことをちっとも疑わないじゃないか?」
「なんでそれが、じいさんを好きだってことになるんだよ」
何やら焦るフェンリルに対して、ルクーは平気な顔だった。
「えっと、信頼しているって言い換えれば良いかな。こんなに放っておかれたら一度くらいは、おじいさんが死んだか、ぼくらを見捨てるかしたと考えるものでしょう? でもフェンリルは、ちっともそんなこと言わない」
「くたばるはともかく、見捨てると思うか?」
ありえないとフェンリルは首を振る。
「二言目にはやれ天王様が、巡り合わせがと、のたまうじじいが? 身寄りのないガキを見かけてはすぐに、身内に引き入れてしまうのに」
そして拾った後の主な世話は、ほとんど子供ら自身に任せきりだ。
そんな老人が唯一熱心に彼らに教えてくれたことといえば、命の危ぶまれる窮地をいかに抜け出すか。
逃げることが無理なら、相手をいかにして倒すかが主だった。