第三章――子供たち③――
トルヴァが苦労しながらフェンリルをひきずり洞窟へ戻るころには、他の子らも起きだしていた。
わずかに豆が入ったスープを飲みほした後、彼らは洞窟をあとにした。貴重な晴れ間に行動するのは人間だけではない。獣も動き出す。
まだまだ寒々しいとは言え、春が近いのは確かなのだ。食料を調達するなら、今を逃す手はなかった。
夕刻には洞窟に戻ると決めて彼らは二手に分かれた。しかし、開始早々から不服を唱え続けている者がいた。ボズゥだ。
「なんであいつと一緒なんだよぉ」
「ボズゥ、それ言うの何度目だ?」
トルヴァはうんざりした。もう昼時になろうというのに、ボズゥのねちっこさは治まる気配がなかった。むしろどんどん悪化している。
原因はわかっていた。トルヴァ、ボズゥ、ダインの三人と、フェンリル、ヘルガ、ルクー、ロッタの四人に分かれたわけだが、この組み合わせがいけなかった。フェンリルと伴えないことが、彼の不機嫌さのすべての原因だった。
「あいつのお守りが終わるまでに決まってんだろぉ」
「お守りってダインの? お前より役にたってるぞ」
「へっ、どうせ役たたずですよぉ」
トルヴァの指摘に、ボズゥはますます機嫌を損ねた。ダインやトルヴァが兎を仕留めたのに対して、ボズゥはまだ、獲物を一匹も仕留めていなかった。
「あいつは生意気すぎんだよぉ。すばしっこいだけのくせして、いっつも人のことのろまだのなんだの馬鹿にしてよぉ。年上を敬えってんだぁ」
「そんなの本気じゃないだろ。少しつつけばなんにでも反応するから、お前」
「なんだよぉ、トルヴァまでおれのこと馬鹿にすんのかぁ?」
やれやれとトルヴァは首を振った。近頃のボズゥは反抗心の塊だった。
元々の強い劣等感の裏返しなのか、助言も説教も聞く耳を持たない。彼が手放しで言うことを聞く相手は老人と、フェンリルだけだ。
「そういうところだよ、からかわれてるのは。ヘルガやルクーを見習えよ。ダインは誰にだってあんな調子だけど、お前にするほどしつこくないだろ。うまくあしらえよな」
「はあぁ? フェンリルならともかく、あんな《《めくら》》と男女の何を見習えってんだよぉ! だいたい女のくせにあいつは……」
唐突にトルヴァがふり返った。
そして間髪いれずにボズゥに向かって弓を引き絞り矢を放つ。間近に放たれた矢はボズゥの頬をかすめ、樹の幹にビィンと突き刺さった。
そこをふっさりとした尾を持つ生き物が、素早くよじ登っていく。手のひらに乗れる程の小柄な生物は、雪の被さる葉と葉の間を器用に抜け、あっと言う間に見えなくなってしまった。おそらく栗鼠だろう。
そばかすがひとつひとつ、数えられそうなくらいに顔を白くしたボズゥが、遅れて震えあがった。
「ななな何しやがんだよぉ! いきなりぃ!」
「はずした……」
「トルヴァぁ!?」
栗鼠なんてルクーお手製の罠を仕掛けてきたので、わざわざ射とめてまで獲る必要はない。
涙目のボズゥをよそに、トルヴァは舌打ちしつつ矢を幹から引き抜いた。
「女のくせに、が口癖の男はもてないぞ。仲良くしろとまでは言わないけど、そういちいち突っかかるなよ。仲間だろうが」
「仲間ぁ? 何が仲間だよぉ。弱い者同士で群れてるだけだろぉ、おれ達はぁ」
トルヴァはボズゥの額を力いっぱい指で弾いた。いい加減こちらも腹がたっていた。
「弱いから助け合ってるんだろうが。今の聞いたら、じいさん情けなくて泣いちまうぞ。……いや、投げ飛ばされるかな」
考えこむトルヴァをよそに、ボズゥはでこぴんを食らった額をさすりながら、しばらくの間悶絶していた。
やがて痛みで流れる涙をぬぐいながら、ボズゥはぼやいた。
「……おれは、いつまでこうしてなきゃならないのかと思ってるだけだよぉ」
「日暮れまでだろ」
「そういう意味じゃねぇ! そうじゃなくて、なんでいちいち、じいさんの言いつけなんか守らなきゃならないんだよぉ!」
「はぁ?」
トルヴァはぎょっとした。