第一章――カザド①――
空が赤く燃えていた。落日はとうに過ぎ去り夜明けの時分にもほど遠い。この明るさは、燃え盛る炎がもたらしたものだった。
あちらこちらの家々から火の手はあがっていた。かまどで焚かれた暖かみのあるものではない。芝土で盛り固めた屋根を、なめつくす勢いの業火である。どの家の風除けも用をなさず、赤々とした炎を吐き出すにまかせていた。
そこに暮らすはずの住人達は、あるいは焼け死に、あるいは道端で、雪と血にまみれて弔われることなく転がっていた。
「何故だ」
生者の吐息ひとつ感じられない、荒々しい蹄の跡が残るそこでよろめきながら、カザドは呟きをもらした。
「どうしてだ、何故、何があったんだ……」
答える者はいなかった。老人も子供も、すべてがもの言わぬ死者だった。
何者かの襲撃を受けたのは明らかだった。そして同族同士が殺し合うことが最大の罪である以上、このように徹底した殺戮を行う者はひとつしかないだろう。
「地の民……」
女神地下の女帝のしもべ。あまねく大地の支配者が、この天の民の楽園に火を放ち踏みにじったのだ。
考えれば少しも不思議なことではなかった。この場所が創られたと聞いてから二十年余り、帝国の耳に届くのに充分すぎる時間と言えた。
「誰かいないのか」
すがるような思いで、カザドは声をあげた。
火の粉をまき散らす風車を見たときには信じられなかった。もともと、大した望みがあったのではない。けれどもこんなものを目の当たりにするために、この地を目指したわけではなかった。こうしてはるばる、やってきたわけではなかった。
(長はどうした?)
ふと、カザドは思い至った。
どこの集落にも群れにも、率いる者がいる。ここにも、国を築き上げた長がいるはずだった。長本人でなくとも、その一族がいるはずだ。
かの女神の血を継ぐ娘たちが、地の民を束ねて帝国を支配するように。
(その者達はどうした?)
他の家々よりもぬきんでた高さの風車が、カザドの目に入った。それもごうごうと音をたてて燃え上がっていたが、そのすぐ横に遠目でもそれとわかるほど幅のある長屋があった。もしやと思いカザドは足を逸らせた。予期せぬ襲撃であったとしても、やすやすと長たる者が屈するはずはない。
腰の武器を確かめながら、カザドは外套をひるがえして風のように駆けた。
カザドの駆ける燃え盛るこの地の名を、ヴァナヘイムという。
天空と男神、天上の王君を失った天の民が、この大地に築いた楽園だった。