第二章――フェンリル⑦――
「手元にあるのは今だけだ。好きにさせればいいだろ」
「それが甘いってんだよぉ。ただでさえあいつ調子に乗ってんのに、これ以上――」
「見せびらかしたいだけでしょう。年下相手に、何むきになってるの」
そこへ更にたしなめる声がかかった。
トルヴァの次に背が高く細身の、かりあげるような金の短髪。
つり上がった金色の眼差しは誰よりも鋭く、話しかけるのに一瞬ためらいが生まれる雰囲気の少年である。
しかしその実、この場では唯一の少女なのだった。
自分の隣に並んだ彼女に、ボズゥは舌打ちした。
「うるせぇなぁ、ヘルガ。女はひっこんでろよぉ」
「自分の手柄にできなかったからって、ひがまないでくれる?」
少女にしては低い声音でヘルガは言い返した。
ボズゥは彼女をせせら笑った。
「ひがんでんのはそっちだろぉ、お前は今回奇襲には加わってないもんなぁ。ダインにいつもの役目を奪われてさぁ。あの地の民達を、馬車から引きずりだす時になってやっと出番が回ってきたけど、それまではずっと、馬のお守りだったしぃ」
「ダインはまだ小さいし慣れていないから、もともと馬を隠したら合流することになってた。そういうあんたは何? 自分より小さな子供を、必要以上に脅してたでしょう。ぼそぼそと陰気なちいっさい声で。あの時のあんた、気味悪いったらなかったよ」
始まった、とフェンリルとトルヴァは横目に視線を交わし合った。
この二人の険悪なやりとりは良くあるどころではない、当たり前の光景だった。顔を合わせればまず、お互いに黙ってはいられないのだ。
「なんだ、同情してんのかよぉ?地の民のガキにぃ? お優しいこったなぁ」
「同情なんてしないよ。ただあんたみたいに、自分より年下で弱い者に偉そうにふるまう奴は、どこに行ってもうとまれると言っておきたいだけ」
「お前だって一緒だろぉ。そうやっていちいちつっかかってくる女はうっとうしがられるぜぇ。少しは慎みってもんを覚えろよぉ。でないと将来嫁にいけないどころか、逆に嫁を貰うことになるからなぁ、この男女ぁ。――あぁ、でもぉ、嫁になる女の方にだって選ぶ権利はあるかぁ」
「もう一度言ってみな」
ヘルガのもともとつり上がっている双眸が細められた。そうするとより一層、彼女の眼光は鋭さを増す。
「やめやめ! いい加減にしろって!」
一触即発の空気を打ち破ったのはトルヴァだった。
「なんだってお前らそうなんだよ。いつもいつも、飽きもせず」
「「だってこいつが!」」
声をそろえて二人がトルヴァに顔を向けた。様子を静観していたフェンリルは、ようやくここで口を開いた。
「――ボズゥ」
低い声で名前を呼ばれてボズゥはびくりとした。
「お、おれは本当のこと言っただけだろぉ!」
フェンリルはひと睨みしただけだったが、叱られる気配を素早く察して、ボズゥは渋々言葉を絞り出した。
「っ……わるかったよぉ、これでいいだろぉ!」
「ヘルガもだ」
ヘルガは、どうして自分が? と言う顔をしたが、無言の圧を受けてばつが悪そうに呟いた。
「言いすぎたと思う、ごめん」
「ボズゥに言え」
二人はしゅんとなって肩を落とした。しかしフェンリルが背を向けると、互いにこっそりと睨み合った。
フェンリルもトルヴァもそれには気付いていたが、これ以上は何も言うまいと決めていた。諍いのたびに止めていてはこちらの身がもたない。
ダインに続く形で洞窟へ進むと、留守番を任されていた残りの子らの話し声が聞こえてきた。歓声を上げているのはダインの妹のロッタだろう。
奥までたどり着くとわずかな火明かりの元、ダインが大きな身ぶり手ぶりで自慢しているところだった。
「見ろロッタ、このでっかいのオレがとったんだぜ! 地の民の野郎はオレを見て、腰抜かしてやがった!」
「にいちゃますごーい」
兄を疑うことを知らないロッタが、ダインと同じ薄い水色の目をきらきらさせて、見上げていた。