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命を運ぶパイロット

作者: 杜

約10年前、中学生の時に書いたものを添削しました。

知り合いの文学コンペに急遽、数合わせで出すことになって、引っ張り出しました。

当時好きだったスカイクロラシリーズを何度も読み直し、ストーリーを決めずに叙事詩・叙情詩から書き始めた記憶があります。


十分に添削できずに提出したのが悔しくて、自己満のために夜中仕上げました。

荒削りはあると思いますが、自由に想像してお楽しみください。

内容はスカイクロラシリーズと全く関係がありません。

ジェットエンジンだと民間用機には高価すぎるから、プロペラ機を採用したあたりは影響受けてますが…

キャラクターやストーリーは完全オリジナルですので、事前知識は不要です。

 長い冷戦で暴力的になった未来の日本。若きパイロットは幼馴染を隣国へ運んだ。安息を楽しんでいると、行きつけのカフェで運命が狂いだす。異常が日常になっても、叙事叙情は変わらない。ゆったりとした戦国……


甘ったるいタバコの匂いが店に充満していた。煙と油で重厚感を増した店内に、ピンクのバッグを持った見知らぬ女がいた。顔色をうかがって、一つだけ席をあけて座った。まさに人見知りの僕が、女の近くに座ったのでマスターは今にも笑いそうだ。少しだけ恥ずかしくなって、いつもの紅茶とフランスパンを注文した。

 「マスター。」

なんとなく、あの女の声だった。少しだけ高くて霞んでいる声。聞き覚えはあったが、確信は持てなかった。

 「新型の方はどうかしら。」

いかにも商売的な声色と、特徴的な言葉遣い。心が少し踊って、一気に落ち着くような気持ちになる。盗み聞きは性に合わないので、そっぽを向いた。どうでもいいが、今日の紅茶はいつもより苦い。しかもパンを口に含むと豊かな小麦の風味以外に、あの女の匂いがした。香水が強すぎるだろ、と思ったがそんな非日常を楽しんだ。

 この店は主に白熱球を使っている。そのためよく明かりが切れてしまう。この少しだけ油で汚れた暖かな球体が、今日はいやに薄暗く感じて不安になった。外の気温は氷点下。カウンターの上に無造作に置いた革手袋は自由に光っていた。

 「え?奥さんなんか言ったかね?」

ラーメン屋の大将のように雑にディナーを作りながらマスターは叫ぶ。店はこの声を嫌っているのか、良く響く。建物が身震いするたび少しだけ電球が揺れた気がした。

 「新型で私を運んでくださらない?」

 女が叫ぶ。

 「残念だな。俺はもう運び屋なんてやらないよ。彼は諦めな!」

どうやらあの女は隣国にいる男に会いたいらしい。こういう女を町で最近よく見るようになった。何か特別なものを感じなくなってしまった僕は、盗み聞くことを止めようとした。

 「彼に最後に会ったのは一か月前なの。お願いよ、マスター。お願い。」

 「事情はわかったよ!でも無理だ!」

どこの誰だか知りもしない女だが、肩をすぼめる姿を見ると、可哀そうに思えた。僕は目をそらし、外を見た。

あ、そう思った時には遅かった。何かがとてつもない速さで僕に向かってきた。その少しだけ光沢のあるものは一瞬で視界から消えた。そして、そのままほのかに腹部が特異に暖かくなって、女の声が耳で素早く反響した。


 「大丈夫か?」

少しだけ眠気が覚めると、いつものマスターがいた。どうやら酔いつぶれて…嫌、僕は飲めない体質だ。なぜ朝にこのお店に居るのかわからなかった。いつもの重たい床が僕の頬のあたりで少しだけ白くなっていた。

 「マスター、寒いです…」

考えるというよりも感じるままに、唇がつむぎだした言葉。するとどうだろう、シナモンのような香りがして急に視界が暗くなった。


 「離陸許可を。」

僕の仕事は簡単だ。ちょっとだけモコモコした服を着て、太陽も吸い込むような冷たい飛行機に乗るだけだ。時々人も殺す。同乗者は人生行き詰まったやつか、人生の転換期を迎えている奴らばかりだ。

 「リフトオフ。」

大きな振動が少しだけ痺れるけれど、愛機は容赦してくれない。

 今日は雲が厚い。影のせいで輝きを失った粒子がキャノピィにぶつかっては線になっていく。血の気が引いてそろそろ目の前が暗くなるころに僕は愛を感じる。突飛に機内は明るくなり、波で満ちた。

 「さむくないですか。あと少しです。」

今日も一段と寒そうに振舞う同乗者に、僕はこれくらいしかできない。そもそも亡命専用機などこの世に有ってはいけないのだから。設備はたかが知れている。それでも僕の仕事は無くなる気配すらない。気が付くと無線が幾つも入っている。「警告に従え。」「手段は選ばない。」どのメッセージも鉄板よりも硬く、ダイヤモンドよりも理想的だ。しかし、周囲を無視する僕らを恐れている。誰一人撃って来なかった。

 「まだ…ですの?」

唇がお盆の牛飾りみたいになって、鮮やかさを増した女はずっと震えていた。人は怖い時でも、寒い時でも震えるものだ。だから僕はとっさに言った。

 「もう国境は超えました。着陸します。」

一仕事終えた愛機は寂しそうにカチカチ音を立てていた。おそらく中のコンピュータが今日の記録を整理したり、機体をチェックしたりしているのだろう。その音でさえ僕にはメトロノームの音に聞こえる。地上は嫌だ。多くの人が各々のことしか考えていない。草むらに転がった林檎でさえより多くの光を受けようとしている。僕は胸ポッケから楽しみを出した。そいつは僕の耳を占拠して、昔を思い出させてくれる。そう、雨が上がって、目の前にあの子がいた。そんな記憶は紙に水で書いた線みたいなものだ。じわじわと輝きを失って、商店街に転がっているジャガイモのように、紙の表面をボコボコにして消えてしまう。そこまで考えが及ぶと、ちょうど第一楽章が終わった。


 ふわっと、またシナモンの甘い香りがした。それとほぼ同時に、氷が少し溶けて容器を叩く音がした。隣にいるのはマスターではなかった。あの女。よく見れば、あの日助けた脱獄者だ、なぜ戻ってきたのだろう。ブロンズの髪の毛は枝垂れ桜のように長く、先だけ赤く染まっていた。他人行儀もあほらしくなって、僕は聞いた。

 「何が起きたのかな。」

すると彼女は突然顔を白くした。そして、そのまま僕の痛む腹部へと頭を倒してこう言った。

 「ごめんなさい。」

思わず僕も一瞬力んだが、それは悔しさのためではない。あくまでも痛かったからだ。もしこれが言い訳だったとしても、今の僕たちには十分な理由だ。

 三年前に勃発した思想の摩擦と暴動は治まる道を知らない。ちょうど子供が大きく腕を振りながら喜ぶような、あのような無邪気な暴動が随所で見られた。

右翼だろうが左翼だろうが、どうでもいい。一週間に一回だけもらえる角砂糖が、暴動の影響で手に入らなくなることを除いては。

 昨日撃たれたのも、暴動のためであろう。僕の住む地域には武器を持つ小団体がいくつかある。僕のようなフリーの運び屋はよく妬まれ、よく撃たれる。深い理由はない。普段は窓に顔が映らないカウンターに座り、フードを被るようにしていたのに。外を見たのが間違えだった。

 

「まだ痛むかしら。」

僕の腹部の包帯を交換しながらブロンズの彼女が言う。自慢のピンクのバッグは僕の古びたヘモグロビンのために少し黒くなっていた。助けた女に手当てしてもらうなど一生で一度であろう。不幸な内容とはいえ、その珍しさに喜びを感じた。初めて助けて良かったと感じた瞬間だった。


 「ほんとのこと言っていいかしら?」

 「なに。」

 「ずっと昔、君の方が好きだったの。」

最近のドラマでこのような展開を見た。適当すぎる展開だ。第五話に親友が出演するドラマだ。親友はヒロインたちを引き裂く悪役だったが、彼のやる気は大いにあった。雪のような冷静な白顔も、出演報告をする時だけは、嬉しさで桃のようなグラデーションになっていた。あの色はハッキリと覚えている。

多くの人間は内面に思っていることを言葉にできず、行動で示そうとしている。はたまたその反対で、行動を気持ちに変換しようとしている。僕は違う。気持ちが沸いたらすぐに消す。例え親友が役者になって出世して悔しくても、隣の席の好きな子が転校しても、結果は同じ。無心に帰る。

そう、僕には全く関係がない。伝えてくれて申し訳ないが、どうすることもできない。嬉しいとも、悲しいとも感じない。強いていうなら、そのような発言は危険だ。僕ら他人同士の距離を不安定にし、激突させ、何か面倒ごとが起きる。

  「あなたが死ななくてよかったわ…」

長い沈黙を先に破ったのはやはり彼女だった。返す言葉が見つからない。仕方なく、理想的な安静を保った。彼女の甘い匂いが頬から落ち、僕の頬を滑ってそのまま染みこんだ。

それに安心して寝てしまった。


ふわふわとした音で、マスターと誰かが会話している。

 「彼が先日、あの国の特区に連行されて…特区の場合、こっちの国から入った方が安全だと聞いて戻ってきたんです。マスターも新型を操縦できると聞きました。同じ人に仕事を頼むのはタブーですし…」

 そこまで聞いた時、僕は急に目がしみてきた。ヒリヒリとした痛みを堪えたくて、僕は思わず瞼を強く閉じた。

 「私一人ではあの国へ戻ることも、彼を助けることもできません。しかし、彼はとても優しくて親切で、何より愛してくれる。今の私にとって一人しかいない、運命の人なんです。お願いします。」

また目の前で展開されるドラマを、僕はインフォメーションとして、そして、台本として理解した。一番の名台詞を思いついた。それは単純だった。

 「分かった。一緒に行こう。」

彼女は黙ったまま白く細い手で涙をぬぐい、マスターにお礼を言って、仕事人変更の旨を伝えた。マスターは深くうなずいた。僕は自分の責任の重さに、震えが止まらなかった。一度成功した場合、客の期待値は跳ね上がる。それが怖かった。

 エンジンをかけた瞬間、何か大きなものが動いたような、一種の歯車のような音が僕の愛機からした。プロペラが風を切り裂いた。

 昔、ロシアという国があったらしい。この国からちょうど三ガロス程離れたところに有った。当時最大の国で、文献によれば、白人が住んでいたらしい。背の高い木が立ち並び、気温も今ほどは低くなかった。

世界が大きな戦争を終えて程なく、急に地球の気候は変化した。食料も、水も、燃料も、空気も、どんどん人が使えないものになって行った。南の国は全て侵略された。北にあった国が移住して行ったためだとか。

 「ち。なんだよ、移住って。」

いつもこのことを考えると無性に苛々する。どうして幼い僕が、こんなに働かなければならないのだ。南の国の生き残りと、北の国の残党の間で命をすり減らす。フリーズゾーンと呼ばれる一部地域だけが安住の場。そんな世界にどうして生まれてしまったのかと、苛々する。体は大人にできても、心を成長させる余力などこの国にはなかった。

 「お嬢さん、後ろの見張りお願いします。」

「はい。」

苛々している。でも、僕はこれが仕事だから。殺されるかも知れなくたって、関係ない。

 「よっと…」

そうさ、大丈夫。もう追跡されることも無い。載せるのは、夫を連れ戻したいだけの、ただのの女。危険なんてない。

 「セーフティオフ!」

轟音と共に尾翼の回転渦が大きくなっていく。周りの気流が次第に乱れて、僕らの空の足跡になる。ガクッと加速したら、あとは大丈夫。そこまで持ち込めば、全てが快感に変わる。

 「警告、警告、八時の方向より飛翔体。警告、警告、八時の方向。」

 「つかまれ。」

離陸直後に機体を左に九十度ロール。速度が足りない。横向きに地面が近づいてくる。ここは我慢してステックを思いっきり引く。両翼から白い筋雲が出て、機体は九十度回転する。

 「警告、警告、高度が低すぎます。警告、警告、一時の方向から飛翔体。」

 「だめだ、追ってくる。もう一回振り切る。ちゃんと掴まって。」

スロットル全開。天頂向かって再加速。警告音が止まらない。これだけ上下左右自由に追尾してくるなら、相手も飛行機だ。相手のミサイルの残弾は2か3だろう。

 「警告、警告、六時方向から飛翔体。」

もう後ろに回られた…それにしても煩いナビゲーターだ。電源切ってやる。ここからは僕だけでやる。

 「よっと。」

幾つかのボタンを押しながら、ミサイルをかわす。ドラムを叩いているみたいだ。機体の空気抵抗が最大になるように、フラップの角度も変えた。

 「…今かな?」

スティックを全力で倒す。両翼が外れそうな音を立てた。僕らの機体はくるりと翻る。

 「…あ。」

敵の操縦室で他人がそう言ったのが見えた。真後ろから僕らを撃ち落そうとしていただろうに、かわいそうに。

遠慮せず彼に砲弾を浴びせた。もう彼は落ち葉のようにヒラヒラと燃えている。かすかに火薬臭いこの機体から、君の成仏を祈る。君が僕らを殺そうとしたのも、僕が君を殺したのも、僕らのせいではないんだ。大人が悪いんだ。ゆっくり休んで、ごめんなさい。


「…わ、また血が!マスター!マスター!ねぇ、死なないで!」

あ、お腹痛い。いい匂い。この甘い香りはやっぱり彼女の匂いだったのか。これは現実。でも、僕らはまだ飛んでいないらしい。今見た殺しの部分はきっと正夢になる。幼馴染の彼女は、彼のためにまた隣国に戻る。しかも一番危ない特区へ。髪をウィッグで伸ばして顔を隠さないと生きていけないような場所へ。そして、僕は道中邪魔をする知らない人を殺す。どうせ汚れ仕事をするなら、せめて明日は晴れて。


最後までお読みいただきありがとうございます。

もう続きは書かないつもりでしたが、好評があれば時間を見つけて頑張ります。

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