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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
本編-新年度編-
61/202

第28話『新人さんいらっしゃい-後編-』

 今日から新しくバイトを始めるのは、四鷹高校の後輩の小鳥遊杏奈さん。

 小鳥遊さんは元気に挨拶すると、とても明るい笑顔で俺達を見てくる。

 つい最近まで、カウンターで何度も接客した人がスタッフルームにいて、しかもバイトを始めると知ると不思議な気持ちになる。


「小鳥遊さん。君の指導係はこちらの速水大輝君だ。あと、合田百花君もサポートしてくれるから。分からないことがあったり、何かあったりしたときは主に彼らと私に言ってほしい」

「分かりました! 速水先輩、合田先輩、ご指導ご鞭撻のほどお願いします」

「こちらこそよろしくな、小鳥遊さん」

「これまで、お客さんとしてたくさん来てくれた杏奈ちゃんがバイトを始めるなんて。これからは同僚としてよろしくね!」


 可愛い常連客の女の子がバイトを始めるからか、百花さんは嬉しそうな様子で小鳥遊さんと握手する。


「あと、あたしのことは名前で呼んでいいからね」

「分かりました。……百花先輩」

「うん、いいね! 下の名前で呼ばれるの。あと、先輩呼びも」


 百花さん、凄くいい笑顔になっているなぁ。このお店で百花さんを先輩と呼ぶ人はいないし、百花さんは大学2年生になったばかり。先輩と呼ばれるのはひさしぶりなのかもしれない。


「速水先輩も名前で呼んだ方がいいですか?」

「小鳥遊さんの好きな呼び方でかまわないよ」

「では、先輩のことも名前で呼びますね。……大輝先輩」

「……名前で呼ばれるのっていいですね、百花さん」

「でしょ?」


 まさか、バイト先で学校の後輩に「大輝先輩」と呼んでもらえるとは。いい響きだなぁ。感動すら覚える。もしかして、これが「エモい」ってやつか?


「大輝先輩。あたしが名前で呼んでいるので、先輩もあたしのことを名前で呼んでくれると嬉しいのですが」

「そうか? じゃあ……杏奈」

「……いいですね」


 頬をほんのりと赤くしながらも笑みを浮かべてくれる杏奈。この様子なら、これから杏奈を名前呼びしても大丈夫だろう。


「ただ、男の俺が指導係で大丈夫か? 同じ女性の百花さんの方がいいなら、遠慮なく言ってくれていいんだよ」

「そんなこと言うつもりはないですよ。大輝先輩とは今までにたくさん話してきましたから。それに、大輝先輩なら、失敗しても許してくれそうですから」

「……必要に応じて叱るつもりだよ」


 春休みまで、俺は店員としてお客様である杏奈と接してきた。だから、何があっても、自分に優しく接してくれる人間だと思っているのかもしれない。それとも……まさか、俺のことを馬鹿にしているとか? 昨日、猫カフェで猫と戯れてデレデレしたからなぁ。

 常連客の子が高校でもバイトでも後輩になったのは何かの縁だ。先輩として杏奈の面倒をしっかりと見ていこう。

 顔合わせが終わったので、女性用のロッカールームの説明と着替えのために、杏奈と百花さんはロッカールームへ入っていった。


「まさか、杏奈がバイトを始めることになるとは思いませんでした」

「木曜日に連絡があって、金曜日の夕方に面接したんだよ」

「俺がバイトしているときに来ていたんですね」


 金曜はたくさんのお客様が来店されていたから、最初の休憩を取るのが結構遅かったことは覚えている。

 まさか、金曜日に杏奈が面接に来ていたとは。さっきみたいに従業員用の出入口から入ったとしたら、カウンターで接客していると気付かないな。


「ああ、そうだ。大輝君が頑張っているときにね。今まで常連客として来ていたから、明るい性格と笑顔が素敵なところは分かっていた。面接での受け答えもしっかりしていたから、杏奈君が面接から帰った時点で採用は決めていたよ」

「そうだったんですね」


 そういえば、休憩を取る直前、萩原店長がフロアにやってきて「春が来たねぇ」と嬉しそうに呟いていた。あれは、新しく杏奈がバイトを始めるからだったんだな。


「昨日の午前中に杏奈君に採用の連絡をしたんだ。指導係に大輝君がいいと思って、今日来てもらうことにした。これからしばらくの間は、杏奈君と一緒に働いてもらうよ」

「分かりました。去年、俺がバイトを始めたときは百花さんと一緒でしたもんね。百花さんに教えてもらったときのことを思い出しながら、杏奈に仕事を教えていければと思います」

「ああ、よろしく頼むよ。指導係になったし、今月からバイト代を上乗せするからね」

「……頑張らせてください」

「ははっ、期待しているよ」


 荻原店長はいつもの落ち着いた笑みを浮かべると、俺の右肩をポンポンと叩いた。

 バイトは1年近くやっているけど、本格的に指導するのはこれが初めてだ。しっかりとやっていかないと。


「お待たせしました!」


 すると、女性用のロッカールームの方から、制服姿の杏奈と百花さんが姿を現した。杏奈の着ている制服の胸には『小鳥遊』の名札と、『研修中』のバッジが付けられている。あの『研修中』バッジ懐かしいなぁ。


「おぉ、似合っているじゃないか、杏奈君」

「ありがとうございます、店長。百花さんの制服姿を見て、この制服を着てみたいと思っていたんですよ。大輝先輩は……どうですか?」


 そう問いかけ、上目遣いで俺のことを見つめてくる杏奈。目が合うと、ちょっと首を傾げるところが可愛らしい。


「よく似合ってるよ」

「……えへへっ、ありがとうございます」

「本当によく似合ってるよ、杏奈ちゃん。あと、大輝君。今日のバイトが終わった後、あたしの家で杏奈ちゃんの歓迎会するつもりだけど、予定は空いてる?」

「空いていますよ。ですから、参加しますね」


 そういえば、去年、俺がバイトを始めたときも歓迎会をしてくれたな。ただ、俺と2人きりだったので、喫茶店でスイーツを食べながら百合作品などを語り合ったんだけど。

 アニメイクなどのお店には行ったことがあるけど、百花さんの家には行ったことがなかったな。本の貸し借りもこのスタッフルームでしていたし。百花さんの家がどんな感じなのか楽しみにしておこう。


「大輝君、まずはこのマニュアルを使って杏奈君への指導をしていこうか」

「分かりました。……これ、懐かしいですね。百花さんと店長がこれを使って教えてくださったのを思い出します」

「ははっ、そうだね。当たり前だけど、当時よりも頼りがいのある存在になったよ」

「……ありがとうございます」

「これからもよろしく頼むよ。大輝君は杏奈君への指導、百花君はいつも通りフロアの方に向かってくれ」

「分かりました」

「分かりました! フロアに行ってきますね!」


 百花さんは俺達の方に手を振って、スタッフルームを後にした。その直後に俺は萩原店長に従業員のマニュアルを渡される。


「じゃあ、杏奈。まずは接客の際の心構えや言葉遣いから覚えていこうか」

「はい、よろしくお願いします」


 小さなメモ帳とボールペンを取り出す杏奈。学ぶ姿勢があってよろしい。

 それから、マニュアルを使って杏奈に心構えや言葉遣いなどについて教えていく。たまに、店長からアドバイスをいただきながら。それは自分にとってのいい復習にもなる。あと、自分がバイトを始めたときの頃を思い出す。

 言葉遣いを教えるときは、実際に声に出して練習していく。笑顔も声も可愛らしいので凄く印象がいい。慣れない言葉遣いがあるのか、たまに噛んでしまうときもあるけど、それも可愛らしい。


「だいぶ良くなったね、杏奈君。少し休憩をしたらフロアに出て、実際に接客してみようか」

「は、はい!」

「大輝君は杏奈君のすぐ側にいて、杏奈君の接客をサポートしてくれるかな」

「分かりました」


 去年、俺もバイトを始めたときに、百花さんが後ろについていてくれたっけ。

 俺はお手洗いで用を足した後、スマホを確認する。すると、サクラからスーパーでのバイトの制服姿の写真が送られていた。一緒に送られてきたメッセージによると、母さんが撮影したものらしい。さっそくスマホに保存。

 写真のお礼と、杏奈がうちでバイトを始めて杏奈の指導係になったという旨のメッセージをサクラに送った。

 スタッフルームに戻ると、杏奈は萩原店長と一緒にホットコーヒーを飲んでいた。


「勉強した後のコーヒーは美味しいですね」

「ははっ、休憩中のコーヒーや紅茶は美味しいものだよ。これからも休憩するときは遠慮なくコーヒーや紅茶を飲んでくれ」

「はい!」


 杏奈はよくコーヒーや紅茶を頼んでいたな。きっと、これからはここでコーヒーや紅茶を楽しむ杏奈の姿を見ることになるだろう。


「あぁ、ごちそうさまでした」

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「はい!」


 俺は杏奈と一緒にフロアに向かう。

 百花さんの隣のレジが空いていたので、俺はそこで杏奈にレジの使い方を教えていく。また、ドリンクのディスペンサーなどの説明も行う。

 そして、実際に接客の様子を見てもらうため、まずは俺がお手本にお客さんが一段落するまで数人ほど接客をしていった。


「一段落したし、次からは杏奈が接客をしてみようか」

「わ、分かりました」

「頑張ってね、杏奈ちゃん!」

「はい!」


 杏奈は俺と入れ替わる形でカウンターに立つ。


「お客さんが来たら、俺と一緒に『いらっしゃいませ』って言おうな」

「分かりました」


 そう言う杏奈は笑顔を見せていたけど、緊張しているようにも見える。実際にお客さんの見える場所に立つと緊張してしまうのだろう。

 すると、穏やかそうな年配の女性が俺達の前に立つ。杏奈がチラッと俺の方を見たので、俺は小さく頷く。


『いらっしゃいませ』

「店内でお召し上がりですか?」

「持ち帰りで」

「お持ち帰りですね。ご注文は何になさいますか?」

「アップルパイ一つとアイスコーヒーのSサイズを一ついただけるかしら」

「アップルパイとアイスコーヒーのSサイズをお一つずつですね。ええと……」

「ガムシロップとミルクはいかがいたしましょうか」


 緊張しているから、杏奈は注文を聞いてレジ操作をするのに精一杯なのかもしれない。初めての接客だし、それは仕方ないな。

 すると、年配の女性は微笑み、


「どちらもいりません。以上で」

「はい。確認いたします。アップルパイお一つとアイスコーヒーのSサイズをお一つですね」

「はい」

「合計で430円になります」

「では、500円で」

「500円お預かりします。70円のお返しになります。少々お待ちください」


 杏奈は注文されたアップルパイとSサイズのアイスコーヒーを用意していく。お持ち帰りなので、それらを紙の手提げ袋に丁寧に入れていった。


「お待たせしました。アップルパイとアイスコーヒーのSサイズになります」

「ありがとう。バイト頑張ってね、お嬢ちゃん」

「ありがとうございます。またお越しくださいませ」


 杏奈の明るく一生懸命な接客が良かったのか、年配の女性のお客様はこちらに笑いかけてお店を後にした。


「最初にしてはとても良かったよ」

「横でチラッと見ていたけど、あたしも良かったと思うよ」

「ありがとうございます。緊張しました。優しそうなお客様で良かったです。あと、緊張しすぎてガムシロップとミルクのことを忘れちゃいました」

「最初はそんなものだよ。忘れないように気を付けていこう。俺もバイトを始めた頃は百花さんに何度も助けてもらっていたし」

「そうだったねぇ」


 ふふっ、と百花さんは楽しそうに笑う。

 バイトを始めた頃は自分のことで精一杯で、他の店員に仕事を教える日が来るとは想像もできなかった。きっと、杏奈もこれからそういう存在になっていくのだろう。

 それからも、たまに俺が助けながら、杏奈は接客していく。

 接客時の声や笑顔がとてもいいので、俺よりも早く仕事ができるんじゃないだろうか。杏奈のポテンシャルの高さを杏奈のすぐ後ろで感じている中、


『いらっしゃいませ』

「いらしゃいまし……た」


 事前にバイトのシフトを教えていたからか、一紗が来店してくれた。しかし、杏奈のすぐ側に立っているからなのか、一紗は見開いた目で俺達を見るのであった。

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