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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
本編-新年度編-

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42/202

第9話『うまみあまみ』

 昨日の約束通り、お昼ご飯は小泉さんが希望するお店で食べることに。そのお店は、オリオの中にある全国チェーンの定食屋さん。

 美味しいのはもちろんのこと、値段があまり高くないことや、定食を注文すればご飯のおかわりが自由なので、小泉さんはとても気に入っているのだそうだ。土日の部活帰りに、女子テニス部の友人や先輩と一緒に、このお店で何度も食事をしているらしい。一度、みんなでご飯をおかわりしすぎて、炊飯器にたくさん入っていたご飯を空にしたことがあるのだとか。凄いな。

 俺もこのお店には何度も来たことがある。羽柴とはもちろん、昔は家族や桜井家のみなさんと一緒に来たこともあった。

 5人で来店したけど、運良く一緒のテーブルで食べられることに。男女で向かい合う形で座る。ちなみに、俺の正面にはサクラが座っている。

 俺は親子丼、サクラは生姜焼き定食、一紗は唐揚げ定食、小泉さんはロースカツ定食、羽柴はカツ丼を注文。

 アニメイクに行ったこともあり、好きな漫画やアニメ、ラノベの話をしながら昼食を楽しむ。そんな中で、


「あれ? 文香。今日は速水君に『あ~ん』したり、してもらったりしないの?」

「ごほっ」


 ニヤニヤしながらサクラにそう問いかける小泉さん。そのことで、サクラは咳き込み、一紗は羨ましそうな表情を見せる。


「文香さんは大輝君と『あぁん』の経験があるの?」

「言い方が厭らしいよ、一紗ちゃん。……あるよ。たくさん。幼馴染だし」


 頬をほんのりと赤くし、俺をチラチラと見ながらそう答えるサクラ。


「小さい頃はこうして外で一緒に食べると、お互いに頼んだものを一口交換することが多かったよ。和奏姉さんも一緒のときは3人で」

「そうなの。さすがは幼馴染ね。文香さんが羨ましいわ。ただ、青葉さんは『今日は』と言っていたわ。だから、最近も食べさせ合ったように思えるのだけれど」

「は、春休みにお花見をしたときにね。ひさしぶりにしたの」

「正面から見ていたけど、あれはいい光景だったな。漫画やアニメでよくあるシチュエーションだけど、実際に見るのは凄くいいと思ったなぁ」


 うんうん、と納得すると羽柴はカツ丼を頬張る。

 あのときはみんなに見られて恥ずかしかったし、ひさしぶりにサクラに食べさせたので緊張もした。


「なるほどね。今の話を聞いて、文香さんがさらに羨ましくなったわ。あと、もっと早く知り合って、みんなとお花見したかったわ。今年はもう散っちゃったし」

「一紗ちゃんも一緒だったら、もっと楽しかったかもね。来年の春は一紗ちゃんも一緒にお花見しようね」

「ええ、そうしましょう!」


 一紗、とても嬉しそうだ。

 来年のお花見は今年以上に楽しくなりそうだ。きっと、来年も和奏姉さんが参加するだろうな。一紗と姉さんを会わせたら……俺の話題で凄く盛り上がる気がする。来年のお花見シーズンのときは姉さんも20歳になっているし、お酒を呑みそうだな。悪酔いしないタイプであることを祈る。


「ところで、本題に戻るけど……ダイちゃんが食べたいなら、私の生姜焼きを一口食べさせてあげてもいいよ?」


 いつもよりも小さな声だけど、サクラはそう言ってくれる。さっきよりも頬の赤みが強くなって、俺をチラチラと見てくるところが可愛らしい。そんなサクラを見てドキドキする。


「あ、ありがとう。じゃあ、一口もらおうかな。サクラさえ良ければ……お、俺の親子丼を一口あげるけど」


 緊張しながらも俺がそう言うと、サクラはニッコリ笑って首肯する。その反応にほっとするよ。


「ありがとう。じゃあ、まずはダイちゃんに生姜焼きを一口食べさせてあげるね。はい、あ~ん」

「あーん」


 一紗達から注目される中、サクラに生姜焼きを一口食べさせてもらう。あぁ、豚肉は程良くジューシーだし、玉ねぎも生姜焼きのタレが染みていていいなぁ。


「凄く美味しいよ。ありがとう、サクラ」

「いえいえ」

「……お礼に俺の親子丼だ」


 ご飯と鶏肉、卵をバランス良くスプーンで掬い、サクラの方へと運んでいく。


「はい、サクラ。あ~ん」

「あ、あ~ん」


 さっきと同じように一紗達に見られながら、サクラに親子丼を一口食べさせる。小泉さんに至ってはスマホで写真を撮っているし。だからか、サクラの頬の赤みが顔全体へと広がっていく。

 ゆっくり咀嚼し始めると、すぐにサクラは幸せそうな笑顔を浮かべる。


「う~ん、親子丼とっても美味しい!」

「美味しいよな」

「ありがとう、ダイちゃん」


 そうお礼を言うと、サクラは生姜焼きを一口食べる。

 小さい頃とやっていることは変わらないのに、当時と比べてとても嬉しい気分になる。親子丼を一口あげると行ったときに緊張したからかな。それとも、3年ぶりに仲直りできたからだろうか。


「だ、大輝君。私とも……一口交換させてくれると嬉しいのだけれど。ダメかしら?」


 いつになく、少し恥ずかしそうに問いかける一紗。やはり、こういう展開になると思っていたよ。さっきから何度も羨ましいと言っていたし。


「ああ、いいよ。じゃあ、まずは俺から食べさせてあげるよ」

「うん、ありがとう」


 サクラのときと同じように、スプーンで親子丼を一口掬う。サクラと公平さを保つように、ごはんと鶏肉、玉子の量をバランス良く。


「一紗、あーん」

「あ、あぁ~ん」


 甘い声を出しながら、一紗は大きく口を開ける。その際に目を閉じていることに可愛らしさと艶めかしさを感じた。

 俺が親子丼を口の中に入れると、一紗はもぐもぐと食べていく。


「……文香さんの言う通りね。とても美味しいわ」

「でしょう?」

「ええ。あと、甘味を強く感じるのは、文香さんが食べさせてもらった直後だからなのかしら。ふふっ、大輝君だけじゃなくて、文香さんとも間接キスしちゃったわね……」


 顔は赤くなっているものの、落ち着いて艶やかな雰囲気で言う一紗。むしろ、今の一言でサクラの方がドキマギしているように見える。

 一紗と目が合うと、サクラは顔を真っ赤にしてすぐに視線を逸らす。間接キスをしたからか一紗を直視できないのだろう。


「百合の波動を感じたな」


 俺にそう耳打ちしてくる羽柴。

 百合……ガールズラブ作品の中には、こういうことをきっかけに恋愛的に意識し始めるのもある。まさか、一紗がサクラを巡る恋のライバルになる可能性もあるのか?


「ふふっ、文香さんったらかわいい。さあ、大輝君。私の箸で私の唐揚げを一つ食べさせてあげるわ。そして、もう一度間接キスをしましょう」


 一紗らしい美しい笑みを浮かべながらそう言ってくる。そんな一紗を見て、おそらく、俺の恋のライバルにはならないだろうと思った。


「はい、大輝君。あ~ん」

「あーん」


 俺は一紗に唐揚げを一口食べさせてもらう。

 食事を始めてから少し時間が経っているからか、一度噛んだことで溢れ出てくる肉汁は程良い熱さになっていた。そのおかげで、鶏肉の旨みを堪能できる。衣がサクサクしているし、味付けも俺好みだ。


「やっぱり、ここの唐揚げは美味しいな。一紗、ありがとう」

「いえいえ。大輝君と間接キスできて幸せだわ」


 一紗にそんなことを言われたから、既に飲み込んだのに、口の中に唐揚げの旨みが増してきた気がした。ほのかに残っていた生姜の風味も。

 親子丼を一口食べると、サクラと一紗に食べさせた後だからか、それまでと比べて味わい深く感じる。

 それからも、俺達は食事していく。一紗が「間接キス」と言ったので、俺とサクラ、一紗の口数は減った。それでも楽しい雰囲気はさほど変わらず。


「さてと、今日もご飯をおかわりしよっと」

「私もおかわりするわ、青葉さん」

「一紗も? ご飯が進むよね~」


 今日も一紗が大食いぶりを発揮。白飯を3回もおかわりしていた。一紗曰く、唐揚げが美味しいのでどんどん白飯を食べてしまうのだとか。

 昨日、サクラは「青葉ちゃんといい勝負かも」と言っていたけど、小泉さんは一紗より少なく、白飯を2回おかわりしていた。ただ、部活帰りでは3回おかわりするのが普通だそうで、多いときは5回もおかわりしたことがあるそうだ。それでも、普段からテニス部でたくさん運動しているから、太ってしまうことは全然ないという。

 サクラや一紗と一口交換したことにはドキドキしたけど、生姜焼きと唐揚げも食べられたので個人的にはとても満足な昼食になった。

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