第5話『見守り隊』
午後2時ちょっと前。
サクラと一紗と別れて、俺は従業員用の出入口からお店の中に入る。
スタッフルームに行くと、そこでは荻原聡店長がコーヒーを飲んでいた。湯気が結構出ているので、淹れたてのホットコーヒーだろう。
「お疲れ様です、店長」
「お疲れ様、大輝君。制服姿ということは、学校が始まったんだね」
「はい。今日は始業式でした」
「そうか。いい1年になるといいね。ちなみに、文香君とは今年も同じクラスになれたのかい?」
「はい。同じクラスになりました」
「おぉ、良かったじゃないか」
落ち着いた笑顔でそう言うと、店長は俺に近づき、肩をポンと叩いた。そうするのは、おそらく俺がサクラを好きだと知っているからだろう。
「一緒に住み始めたのが功を奏したのか、なかなか順調そうだね。文香君のことも昔のように言っているし」
「ええ。気付いているかもしれませんけど、3年ほどサクラとわだかまりがあったんです。ただ、土曜日に連続窃盗犯を捕まえたのをきっかけに彼女と仲直りできて」
「おぉ、例の窃盗犯を捕まえた男子高校生は大輝君だったのか。四鷹駅構内で、男子高校生のおかげで捕まったと報道されていたから、もしやとは思っていたんだ」
「そうでしたか。偶然、サクラのバッグを犯人に引ったくられた瞬間を見て。取り返すために、犯人を必死に追いかけたら……いい結果になりました」
「なるほど。とてもかっこいいことをしたじゃないか」
店長はそう言うと、俺にウインクしてくる。店長が物凄くかっこいいのですが。さすがはダンディズムの化身。
あと、店長にかっこいいって言われると、自分にはかっこよさがあるのかもしれないと思わせてくれる。
「大輝君と文香君のことは小さい頃から知っている。だから、ここ何年か距離ができているとは思っていたよ。でも、仲直りできたのなら良かった」
「はい。サクラはこの後、クラスメイトになった友人と一緒に来店します」
「そうなのかい。楽しみだねぇ。……新年度がスタートしたから、これから新しいバイトの人が入る可能性が一番高い時期になる。去年は大輝君がバイトを始めてくれたからね。今年はどんな人が来るか楽しみだ。もし入ってきて、ホールの希望だったら、大輝君にその人の指導を任せるかもしれない」
「分かりました」
バイトを始めてからそろそろ1年が経とうとしている。今までは教えてもらうことばかりだった。もしかしたら、近いうちに教える立場になるかもしれない。そうなっても大丈夫なように、まずは今日のバイトを頑張ろう。
シフト表を見てみると、今日はバイトの先輩の合田百花さんが午前中のシフトだったのか。前に今日から大学がスタートすると言っていたし、午後に大学関連の予定があるのかもしれない。
店員の制服に着替え、気を引き締めて俺はカウンターへ向かう。既にカウンターの仕事をしている先輩と交代する。そんな俺の姿が見えたのか、サクラと一紗がさっそくお店の中に入ってきた。
「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?」
「はい。……あぁ、店員の制服姿もいいわね、大輝君」
うっとりとした様子で俺を見つめてくる一紗。
「今の姿の大輝君を写真に収めたいのだけど、いいかしら?」
「う~ん、どうだろうなぁ……」
「君達なら、大輝君を撮ってもいいよ」
気付けば、店長がサクラと一紗の近くに立っていた。
「あっ、店長さん。こんにちは」
「こんにちは、文香君。こちらの女性が、さっき大輝君の言っていた、クラスメイトになった友達かな?」
「そうです、店長。クラスメイトの麻生一紗さんといいます」
「初めまして、麻生一紗と申します」
そう挨拶をする一紗の姿はとても気品がある。こういう姿も「文学姫」と呼ばれる理由の一つなのかなと思った。
「初めまして。私、この四鷹駅南口の店長をしている萩原聡です。うちのメニューや大輝君を堪能しながら、ゆっくり過ごしていってください」
「ありがとうございます! さっそく大輝君をスマホで……」
「わ、私も取ろうかな。ここの制服姿の写真は持ってないし」
一紗だけでなく、サクラもスマホで制服姿の俺の写真を撮影する。だからか、こちらを見てくるお客様がちらほらと。あまりお客様の多い時間ではなくて良かった。
パシャパシャと写真を撮ると、2人とも満足した様子に。
「あぁ……大輝君の写真がスマホにある幸せ」
「良かったね、一紗ちゃん」
「……じゃあ、そろそろご注文を聞こうかな」
文香はアイスコーヒーとオニオンフライ、一紗はアイスティーとアップルパイを注文した。
俺が商品を渡すと、2人はカウンターから近い2人用のテーブル席へと座り、さっそく談笑し始める。同じ人間による被害者という珍しい繋がりもあってか、彼女達はすぐに仲良くなったよなぁ。
それから、俺はカウンターで接客の仕事をしていく。
たまに、2人の方を見て、彼女達に手を振られたり、ニッコリと笑顔を見せられたりすることに元気をもらって。
2人は途中からイヤホンを耳にして、黒いタブレットの画面を見るように。店内を掃除しているときに2人に訊くと、タブレットは一紗のもので、ネット配信されている2人とも好きなアニメを見ているとのこと。
ちなみに、一紗はタブレットでアニメや映画を見たり、電子書籍やネット小説を読んだりするらしい。1年生のときは、たまに昼休みにアニメを見ながら昼食を食べることもあったそうで。俺も高校生の間に、一度はスマホでアニメ観ながら昼食を食べてみるか。
2人と話すのがいいリラックスとなり、あまり疲れを感じずにバイトをしていく。すると、
「こんにちは、お兄さん」
「いつもありがとうございます」
バイトを始めて2時間近く経ったとき、今日も常連の金髪の女の子が来店してくれる。デニムパンツにフリルブラウスと可愛らしい服装だ。俺と目が合うと、女の子は持ち前の明るい笑顔を見せてくれる。
「明日から学校が始まるので、春休みラストで来ました」
「そうですか。ご来店ありがとうございます」
「お兄さんは今日から学校ですか?」
「ええ。今日から新年度がスタートしました」
「そうなんですか。新年度の初日からバイトをして偉いですね!」
ニッコリとした笑みを浮かべながら、金髪の子はそう言ってくれる。その瞬間に彼女から甘い匂いが感じられた。今日は午前中に学校が終わって、サクラ達と一緒にお昼ご飯も食べたから、普段の平日よりは元気にバイトできている。それでも、偉いと言ってもらえると嬉しい気持ちになるな。頬が緩んでいるのが分かった。
チラッとテーブルの席の方を見ると、一紗が真剣な様子でこちらを見ていた。俺が金髪の子と楽しく話しているからかな。そんな彼女にサクラは苦笑いし、チラリとこちらを見る。
「あ、ありがとうございます」
「……これからも、ここでバイトをするんですか?」
「ええ。続けていきますよ」
「そうですかっ」
えへっ、と金髪の子は笑う。俺がバイトしていれば、これからも彼女は定期的に来てくれるのかな。それは思い上がりだろうか。
「店内でお召し上がりですか?」
「持ち帰りで」
「お持ち帰りですね。ご注文はお決まりでしょうか?」
「アイスコーヒーのSサイズに、アップルパイをお願いします。シロップとミルクはいらないです」
「かしこまりました」
金髪の子から代金を受け取り、彼女が注文したものを用意し始める。
金髪の子の通う学校は明日からなのか。うちの高校の入学式は明日からだけど、もしかして新入生かな? 去年も今年も、彼女のような幼い雰囲気のクラスメイトの女子がいるし。そんなことを考えながら、注文したものを紙の手提げに入れていった。
「お待たせしました。アイスコーヒーのSサイズとアップルパイでございます」
「ありがとうございます!」
「……明日からの学校生活を楽しみながら頑張ってくださいね」
「ありがとうございます! お兄さんも学校とバイトを頑張ってくださいね。これからも……ここに来ますね」
「ええ、お待ちしています」
俺がそう言うと、金髪の子は可愛らしい笑みを浮かべ、俺に向かって軽く頭を下げる。紙の手提げを持って、お店を後にした。もし、あの子がうちの高校の新入生だったら、学校でも会いたいな。
「ちょっと訊きたいことがあるのだけれど? 店員さん」
「はい、何でしょう……か」
カウンターの方を向くと、そこには不機嫌そうな様子で俺をじっと見つめる一紗と、申し訳なさそうにしているサクラの姿があった。2人がここに来た理由はおおよその見当がつくけど。
「さっきの金髪の子……大輝君とどういう関係なのかしら? 随分と仲良く話していたけれど」
やっぱり、金髪の子について訊きたくてここに来たのか。一紗は俺に鋭い視線を送る。
「文香さんは何度かあの子に接客して、少し話す大輝君を見たことがあると言っていたわ。後輩? 友達? も、もしかして……あの子にお持ち帰りを注文され、あの子の家にお持ち帰りされて色々としちゃった仲? もしかして、逆お持ち帰りを注文されて、大輝君が家まで連れて帰っちゃったことがあるとか?」
「お、お持ち帰り! し、しちゃった……?」
色々と推理する一紗はもちろんのこと、サクラも顔を赤くして俺を見つめている。ここはお持ち帰りもやっているから、サクラのように反応するお客さんや店員はいない。
さっきも金髪の子と楽しく話していたからな。そんな俺達の様子を見て、バイト以外でも付き合いがあると一紗は思ったのだろう。
「あの子はうちの常連客だよ。俺がバイトを始めた直後から、定期的に来てくれているんだ。可愛い子だとは思っているけどね。彼女とは店内でしか話したことはない。だから、お持ち帰り関連の経験はないよ」
「……本当?」
さっきよりも、一紗の顔に浮かんでいる不機嫌さが緩んだように思える。依然として、疑いの目線を向けられているけど。
「本当だよ。彼女は何度も来てくれるからね。凄く混んでいなければ、さっきみたいにここでちょっと話すのが恒例になってる」
「……そうなのね。疑ってしまって申し訳なかったわ」
「ごめんね、ダイちゃん。お仕事中に」
「気にしないで」
それに、今はそこまでお客さんは多くないからな。あと、金髪の子の追及でも、好きな人や友人と話せるのはいいなと思えるのだ。
サクラはほっと胸を撫で下ろすけど、一紗は真面目な様子で俺を見つめる。
「もう一つ、大輝君に言いたいことがあるの」
「な、何だ?」
「アイスレモンティーのSサイズを1つください。ついさっき、アイスティーを飲み終えてしまったの」
「ははっ。……かしこまりました」
他にも何か追及されるのかと思っていたから、思わず笑ってしまった。
一紗から代金を受け取って、アイスレモンティーを用意する。さっきはアイスティーを飲んでいたし、一紗はコーヒーよりも紅茶派なのかな。
アイスレモンティーを渡すと、一紗は「ありがとう」と言ってサクラの待つテーブル席へ戻っていった。それからは再び2人で談笑する。
たまに2人の笑顔を見て元気をもらいながら、今日のバイトをしていくのであった。