第4話『親友との語らい』
明日のお昼前に、四鷹駅の改札で待ち合わせをすることに決め、小泉さんは女子テニス部へ。なので、今日はサクラと一紗、羽柴の4人でお昼ご飯を食べることに。
ただ、サクラと一紗も、明後日参加する部活説明会の打ち合わせがあるため、俺達と一旦別れる。どちらも正午までには終わるそうなので、2人の部活が終わるまで羽柴と俺は教室で待つことに。その間は4月からスタートするアニメや、この前俺が貸したラノベなどの話で盛り上がる。
しばらくして、教室にいるのが俺達だけになったとき、
「ところでさ……良かったな。今年も桜井と同じクラスになって」
それまでよりも小さな声で、羽柴はそんなことを言ってきた。そんな羽柴の笑顔は楽しげなものから落ち着いたものに変わる。
朝、同じクラスの名簿に自分達の名前を見つけ、笑顔のサクラと握手したときは本当に幸せな気持ちでいっぱいだった。ただ、こうして改めて「良かったな」と親友に言われると、胸がじんわりと温かくなっていく。
「良かったよ、本当に。それだけじゃなくて、一緒のクラスになったのが嬉しいって気持ちがサクラと重なって、それを伝え合えたことも嬉しい」
「そうか。名簿の前で握手をしていたときの2人は確かにいい笑顔だった。小泉は2人を嬉しそうに見ていたな」
「そうだったんだ。俺は羽柴や小泉さんも同じクラスで良かったと思ってるよ」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。俺も速水と同じクラスで良かったよ。改めてよろしくな」
「ああ、よろしく」
羽柴が右手を差し出してきたので、俺は彼と握手を交わす。心なしか、朝よりも俺の手を握る力が強い気がした。
サクラはもちろんのこと、羽柴や小泉さん、一紗とも同じクラスだ。担任は去年に続いて流川先生だし。サクラとは仲直りできた。きっと、高校2年の1年間はいいものになるだろう。
「それにしても、新年度初日に速水が告白されるとは思わなかったぜ」
「俺も予想外だった。同じ学校だから、一紗とは新年度になったら学校で会うかもしれないと思っていたくらいで」
「そうだったのか。理由を聞けば、麻生がお前に惚れるのも納得だけど」
爽やかな笑顔でそう言うと、羽柴はボトル缶のカフェオレを飲む。
犯人に突き飛ばされたところを抱き止めてくれ、そのおかげでケガがなかった。もし、俺が一紗の立場だったら……その人のことをいい人だと思うだろう。一紗が好意を抱くのも理解できる。
「告白を断ったけど、あんなにも美人で笑顔が可愛いんだ。少しは心が揺れたんじゃないか?」
「……抱き止めた経験があるからかな。一紗の告白の言葉がスッと体の中に入ってきてさ。温もりが全身に広がっていったよ。ああいう告白は初めてだった。正直、魅力的な女性だと思ったよ。ただ、それでも、恋人として付き合いたいと思うのがサクラだけなのは揺るがないけど」
「そうか。確か、桜井のことは8年間好きなんだよな」
「……ああ。だからさ、一紗を含めて好きな気持ちを告白できる人は凄いって思うよ」
さっき、俺に告白したときの一紗は立派に見えて、輝いていた。
サクラを好きだと自覚したきっかけは、小学3年生のときに初めてサクラとクラスが別々になったから。告白して、もしフラれたら、サクラともっと距離が開いてしまうかもしれない。だから、告白できなかった。
好きだけど、幼馴染のまま一緒にいる時間を過ごす。それがとても楽しくて。愛おしくて。そんな中でサクラへの好意は膨らんでいった。
でも、3年前の春、中学2年生の始業式の日に、友人にからかわれたことがきっかけでサクラを傷つけ、疎遠になった。
少しではあるけどこの3年間で距離を縮め、この前の窃盗犯の件をきっかけに、サクラと仲直りできた。だけど、それから日も浅いので、好きだと告白する勇気はまだない。だから、告白できる人は凄いと思うのだ。
「好きだって気持ちを伝えるのは、とても勇気がいることだもんな。その後の関係が、良い方向にも悪い方向にも大きく変わる可能性があるし」
「……ああ」
「仲直りできたし、一緒の家に住んでいるんだ。焦る必要は……あまりないだろう。桜井、人気のある生徒だけど」
「ああ。……まあ、俺のペースでやってみるよ」
「そうか。俺ならいつでも相談に乗るよ」
「ありがとう」
相談に乗ってくれる親友がいて、俺は幸せ者だな。
幸いにも、以前に比べて格段に会いやすくなり、一緒にいられる環境になった。サクラは人気のある生徒だけど、俺は俺なりにサクラとの距離を縮めていきたい。もちろん、幼馴染としての楽しい時間も過ごしたい。
「桜井と仲直りしたから、桜井のいる手芸部に入るつもりはあるのか? 文化系の部活なら、2年生から入部してもやっていけそうだし」
「……たぶん、入らない。ぬいぐるみとか小物は嫌いじゃないけど、手芸はかなり苦手で。家庭科の授業での提出物も中1まではサクラに、それ以降は友達に協力してもらって何とか提出できたくらいだし」
「……そういえば、去年の家庭科で作ったエプロンも、男子数人で協力して作ったな」
「そういうこった」
授業ならともかく、部活で苦手なことをやろうとは思わない。
ただ、サクラが入っているのが料理部だったら、入部したかもしれないな。サクラほど上手じゃないけれど、料理やスイーツ作りは一通りできるし、好きだから。
「じゃあ、麻生が入部している文芸部は?」
「そっちも入るつもりはない。入学直後に考えたけど、うちの文芸部は定期的に発行される部誌や、コンクールに向けた執筆活動もしているみたいでさ。中学のときにラノベを書くのに挑戦したけど、全然ダメで。短編なら書けるかと思ったけど、3行書くのが精一杯だった。読書感想文は書けるんだけど」
「ははっ、そっか」
「それに、羽柴っていう本の感想を言い合える親友が高校でできたからな。だから、文芸部に入らないって決めたんだ。あと、高校生になったらバイトもできるし、趣味のためのお金を稼ぎたかったんだ。本やCDとかをたくさん買いたいから」
「なるほどな。俺も同じ理由で、高校生になったらバイトしようって決めてた。タピオカドリンクが好きだから『パールヨタカ』のバイトを始めたんだ」
「俺も小さい頃からマスバーガーが好きだから、あそこでバイトしたいって思った」
萩原店長や百花さんなどの先輩方のおかげもあって、今はマスバーガーでの仕事を一通りこなせるようになった。バイト代もいいし。とりあえず、高校2年生の間は続けようと思っている。
「そうか。俺も部活は入らずにバイトだな」
「そっか。たまにタピオカドリンク買いに行くよ。……ぬいぐるみでも小説でも、何か作れる人は尊敬する。だから、作者への敬意と、作者にお金が入るように、なるべく新品で買おうと思ってる。まあ、かなり前の漫画やCDは中古のお店で買っちゃうんだけどね」
「いい考えだと思うぞ。商業作品はある程度売れないと続かないもんな。商業じゃなくても、少しでもお金が入れば、作者のモチベーション維持に繋がるだろうし」
「そうだな」
これからもオタク趣味を満喫するためにも、バイトは頑張っていきたいな。
「話は変わるけど、速水ってWeb小説は読むのか?」
「たまに読むよ。家にあるラノベを全部読み終わったときとか。バイトの休憩中に読むこともあるかな。ラブコメが多いけど」
中学時代に小説執筆に挑戦した際、『小説めくるめく』という小説投稿サイトのアカウントは作った。ちなみに、ユーザー名は『水輝』。
他にも『カキヨミ』という投稿サイトで小説を公開している方がいるので、そちらでもアカウントを作っている。このサイトだと、作品を閲覧することで作者の方に広告収入が入るので、最近はそちらで読むことが多くなった。
「そうなのか。俺も異世界ファンタジーやラブコメのWeb小説を読むんだ」
「そうか。そういえば、羽柴とWeb小説の話をしたのは初めてかもな」
「確かに。商業で面白い小説がたくさんあるからな」
「アニメ原作も多いし話題が尽きないよな。何か面白いWeb小説があるのか? それとも、羽柴が小説を投稿しているとか?」
「俺も読む専門だよ。ただ、麻生一紗って名前を聞いて、今まで読んだWeb小説の作者の中に『朝生美紗』さんっていう人がいるのを思い出したんだ。恋愛小説を多く書いている女性作者で」
「そうなんだ。麻生一紗に朝生美紗……確かに似てるな」
朝生美紗さんの方は本名じゃなくて、ペンネームの可能性があるけど。
朝生美紗さんの作品は読んだことはないけど、前に小説めくるめくとカキヨミでの恋愛小説のランキングで『朝生美紗』という作者名を見た記憶はある。
「似てるよな。速水は彼女の作品を読んだことあるか?」
「ううん、一作もない。羽柴に彼女の名前を聞いて、小説めくるめくとカキヨミのランキングで見かけたのを思い出した」
「なるほどな。俺が読んだ作品で一番面白かったのは『間の僕ら。』って作品だ。高校生の男女が創作活動を通じて距離を縮めていくんだ。完結していて、個人的には凄くいいラストだと思ってる」
「へえ、そんな作品があるのか。じゃあ、読んでみようかな」
「オススメする。速水はガールズラブ作品も好きだし、気に入りそうな朝生さんの作品はいくつもあると思う」
「そうか、ありがとう」
俺はさっそくスマホを手に取り、小説めくるめくとカキヨミそれぞれで『朝生美紗』さんをお気に入り登録し、羽柴に教えてもらった『間の僕ら。』という作品にブックマークしておいた。
朝生さんのユーザーページを見ると、たくさんの恋愛小説が投稿されている。男女のラブコメはもちろんのこと、ガールズラブ、ボーイズラブも多い。長編だけでなく、中編や短編の作品もたくさんある。長さを問わず小説を書けるとは凄い方だ。
教室には俺達しかいないので、音量大きめにし、スマホで新作アニメのPVを見ながら、2人のことを待った。時には「このキャラ可愛いよな!」などと大きな声で盛り上がりながら。
正午近くに2人が教室戻ってきたので、俺達は4人で学校を後にする。
話し合いの結果、四鷹駅北口にあるチェーンのイタリアンレストランに。リーズナブルな値段で食べられると評判のお店だ。
また、窃盗事件のお礼として、サクラと一紗が俺の昼食代を奢ってくれることに。2人が部活に行く間に話して決めたそうだ。
俺は明太子パスタ大盛り、サクラはカルボナーラ、一紗はナポリタンの大盛りにサラダバー、羽柴はハンバーグステーキとライスを注文。
ここの明太子パスタは今までに何度も食べたことがあるけど、2人が奢ってくれるから今回が一番美味しく感じる。
一紗は食べることが大好きだそうで、サラダバーではたくさんサラダやフルーツを食べていた。本人曰く、標準的な量でも大丈夫そうだけど、食べ放題に行くとたくさん食べるらしい。その食べっぷりを見て、サクラ曰く、小泉さんにも負けないかもと。
また、一紗はいくら食べても太らない体質だそうで。それについて、サクラがとても羨ましがっていたのが印象的だった。また、そのときにサクラが、
「栄養がお腹じゃなくて胸に行っていそう……」
と漏らしていた。今は制服なので分かりづらいけど、一紗の胸は和奏姉さんと同じくらいか少し大きめと思われる。サクラの言う通りかもしれないな……と心の中で頷いた。
一紗が文芸部に入っているので、食事中はどんな小説や漫画、ラノベが好きなのか話した。その中で、一紗はガールズラブ、ボーイズラブ含めて恋愛やラブコメ作品全般と、男性キャラクターが多く出るアイドルやスポーツ作品が好きとのこと。
ラノベを読んだり、アニソンを含む音楽を聞いたりするのも好きだと判明。4人で話が盛り上がり、羽柴や俺のバイトが始まる2時近くまで、あっという間に時間が過ぎていった。