第3話『自己紹介』
新年度初日の今日は午前中のみで、始業式とホームルームの予定。
始業式は放送室からのテレビ中継の形で行なわれる。
2年生になった今はもう慣れたけど、去年、この形式で始業式や終業式をやると知ったときは驚いた。中学までは校庭か体育館に全校生徒が集まる形式だったから。テレビ中継のおかげで、校長先生の長話も中学までに比べたらまだマシに思えるようになった。
始業式の後にホームルームが行なわれる。流川先生が自己紹介をし、
「では、みなさんにも自己紹介してもらいましょう!」
新年度恒例の自己紹介タイムに。
大抵、こういうことは出席番号順にやるので、速水という苗字で良かったと思う。心の準備をする時間ができるから。あと、羽柴の次だから自己紹介しやすそうだ。
麻生さんは出席番号が1番なので最初だ。特に緊張している様子はなく、落ち着いた笑みを浮かべ、淡々と自己紹介していた。人前で話すことに緊張しない性格なのかも。文芸部に入っているだけあって、小説を読むだけでなく、書くことも好きとのこと。
小泉さんはいつも通り快活な笑顔で元気良く自己紹介。そんな小泉さんを見て緊張が解けたのか、次のサクラも可愛い笑顔で自己紹介していた。2人とも、自分が入部している部活の宣伝をするほどの余裕ぶり。
また、俺と一緒に住み始めたことを隠すつもりはないと言っていたけど、サクラは自己紹介中にそのことは話さなかった。俺も話さないように気を付けよう。
自己紹介も終盤となり、羽柴の番に。根っからのオタクである彼は、漫画やアニメ、ラノベ好きであると楽しそうに話す。この春からスタートするアニメで楽しみな作品を軽く紹介するほど。さすがである。あと、俺がオタク仲間であることも話したので、何人かの生徒が俺の方を見て笑っていたな。そのことにほんの少しの羞恥心を抱く。
あと、バイトしているタピオカドリンク店の宣伝もしていた。これは参考にしよう。
「羽柴君、ありがとう。次は速水君ね」
「はい」
席から立ち上がると、戻ってくる羽柴と目が合いウインクされる。場を温めておいたぜ、とでも言いたいのだろうか。
教卓の前に立って、教室全体を見渡す。ほぼ全員が俺の方を見ている。
去年まではみんなの前に立つと、今回はそういった気持ちは全然ない。この1年、バイトでたくさん接客したからだろうか。それとも、教卓近くに小泉さんとサクラの席があり、彼女達の顔がはっきりと見えるからだろうか。ふぅ、と小さく息を吐く。
「初めまして、速水大輝です。考えていた自己紹介の半分くらいの内容を、まさか羽柴が言ってくれるとは思いませんでした」
俺がそう言うと、多くのクラスメイトから笑い声が。サクラや小泉さん、流川先生はもちろんのこと、当の本人である羽柴は楽しそうに笑う。お前が一番楽しそうだなぁ。麻生さんも右手を口元に当て、上品に笑っている。
「俺も漫画やアニメ、ライトノベルが大好きです。あとは音楽もよく聴きます。そういったことで楽しく話せたら嬉しいです。あと、部活は入っていませんが、四鷹駅前のマスバーガーで接客のバイトをしています。学校帰りや休日に是非、来てみてください。姿を見たり、声をかけられたりすると元気もらえるので。1年間よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、みんなから拍手を送られた。
羽柴に俺も二次元好きなのを言われるとは思わなかったけど、何とか上手く自己紹介できて良かった。安堵の気持ちを抱きながら自分の席へ戻った。
「いやぁ、面白い自己紹介だった」
「羽柴が場を温めてくれたおかげだよ」
「……実は気持ちが盛り上がって、つい速水の名前を言っちまったんだ。まあ、そのときも笑ってくれたしいいかなって」
「そうだったのかよ」
思い返せば、自己紹介をしているときの羽柴は楽しそうだった。気持ちが高ぶると色々と喋ってしまうときもあるよな。
クラス全員の自己紹介が終わり、流川先生により今月の日程や、2年生の間での主な予定について説明が。進路関連のガイダンスや面談が去年より多くなるそうだ。
あと、高校最大のイベントである修学旅行が秋にあるため、班決めや事前学習など、1学期から動き始めるという。サクラ達と楽しい修学旅行にしたいな。中学の修学旅行では、一緒にいることはそこまで多くなかったし。
「では、今日のホームルームは以上です。明日は入学式なのでお休みです。間違えて登校しないように。明後日は1年生のときの教室に行かないように気を付けてくださいね。では、明後日にまた会いましょう」
2年生の初日の日程はこれで終了した。
まだ午前11時過ぎか。今日は昼過ぎからバイトがあるけど、明日は完全にフリー。なので、開放感があるな。
「あぁ、初日が終わったな、速水。明日は休みで、明後日も午前中だけだから最高だな」
「ああ。授業が木曜日からなのはいいよな」
「だな。ところで、俺は明日何も予定ないけど、速水はどうなんだ?」
すると、羽柴は俺に顔を近づけて、
「桜井とデートとかの約束は入ってるのか?」
耳元でそんなことを囁いてきた。羽柴はニヤリと浮かべる。明日はお休みだし、俺とサクラが仲直りしたからそんなことを言うのだろう。
「今のところ、明日はバイトを含めて何の予定も入っていないよ」
「ダイちゃんバイトないんだね。記憶通りだよ。羽柴君も予定がないんだね」
気付けば、サクラと小泉さん、麻生さんが俺達のところにやってきていた。
「あたし達、明日は部活なくてさ」
「だから、ダイちゃんと羽柴君の予定が合えば、5人で遊んだり、お昼ご飯を食べたりしたいって話していたの。一緒のクラスになった親睦会みたいな感じで」
「おぉ、いいじゃないか。俺は賛成だけど、羽柴はどうだ?」
「俺も賛成だ。それに、平日に1日休みはなかなかないもんな。じゃあ、明日は5人で遊ぼうぜ」
「決まりだね!」
小泉さんはとても嬉しそうに言う。小泉さんの笑顔がサクラと麻生さんに連鎖する。
明日は何の予定もないから、サクラと2人でゆっくりと過ごすのもいいかなと思ったけど、みんなで楽しく過ごすのもいいだろう。麻生さんとは一緒のクラスになったし、小泉さんは珍しく部活がお休みだから。
「ところで、速水君。今日はこれから予定はあるかしら? もしなければ……速水君の家に行って、速水君のお部屋を堪能したいのだけど」
興奮気味にそう言ってくる麻生さん。俺に告白してきたほどだから、俺の家や部屋に行きたくなるのは分かる。ただ、部屋を堪能って……どう堪能するんだ?
「今日は2時から6時までバイトが入っているからな……」
「あら、そうなの。それなら、後日伺わせてもらうわ。速水君がいるときに、ゆっくりと堪能したいし」
「それがいいね。私が麻生さんを連れて行って、ダイちゃんの部屋を見せるのも考えたけど、さすがにそれはまずいか」
苦笑いしながらそう言うサクラ。サクラが一緒ならいいけれど。ただ、麻生さんが俺の部屋をどう堪能するか不安だな。
麻生さんはサクラを見ながら、「ふふっ」と上品に笑う。
「そんなことを言うなんて。さすがは幼馴染ね。警察からの帰りの電車の中で、小泉さんから2人は幼馴染同士だって聞いたわ」
「そうだったんだ。ダイちゃんとは幼稚園の頃からの幼馴染だよ。両親同士が友人だから、それより前にもたまに会っていたけど」
「そうなの。それなら、高校生になっても、互いの家に気軽に行き来するわよね」
「えっと……実は、父親が名古屋に転勤したから、春休みからダイちゃんの家に住んでいるの」
「ええっ! 2人って一緒に住んでいるの?」
驚いた様子で言う麻生さん。基本的に落ち着いているから、こんなに大きな声が出るのは意外だ。あと、今の反応からして、警察からの帰りのときに、小泉さんは俺達が一緒に住んでいることまでは話さなかったようだ。
そして、今の麻生さんの言葉に、教室に残っているクラスメイトの多くがこちらを向いてくる。ただ、サクラはそんな状況でも落ち着いている。
「そうだよ、麻生さん。四鷹が好きだし、幼馴染のダイちゃんはもちろん、青葉ちゃんとか友達がたくさんいるからね。そうしたら、ダイちゃんの御両親がうちに住まないかって提案してくれて。そのご厚意に甘える形になったの」
サクラがそう言うので、女子生徒の多くから黄色い声が上がり、何人かの男子生徒からは「まじかよ……」といった落胆の声が聞こえる。クラスメイトに知られたから、あっという間に多くの生徒に同居のことが広まりそうだ。
麻生さんは頬を赤くし、俺とサクラのことを交互に見る。
「う、羨ましいわ。一緒に住んでいるなんて。ということは桜井さん……は、速水君と同じ部屋で過ごしているの? それで一緒のベッドに寝ていたりしているの? まさか、お風呂に一緒に入ったり――」
「し、してないよ!」
麻生さんとは比べものにならないくらいに顔を赤くするサクラ。こんなにも恥ずかしそうにするサクラはひさしぶりに見るなぁ。懐かしいし、可愛く思える。
「小さい頃にお泊まりしたときは一緒に寝たり、お風呂に入ったりしたけど。ダイちゃんには一人暮らししている大学生のお姉さんがいて。私はお姉さんの部屋を使わせてもらっているの」
「な、なるほど。早とちりしてしまったわ。2人ともごめんなさい」
申し訳なさそうな様子で、サクラと俺に頭を下げる麻生さん。
幼馴染で一緒に暮らしていると知れば、一緒のベッドで寝ると考えるのも自然……なのかな? さすがに高校生になったら、恋人か兄妹じゃない限りは入らないだろう。俺は入りたいけど。
「桜井さん」
サクラの名前を呟くと、麻生さんはサクラの右手を握る。
「あなたのことを師匠って呼んでもいいかしら? あなたは速水君の幼馴染で、速水君と一緒に住んでいるから。仲も良さそうだし、これはライバルね……」
「さすがに師匠は止めてほしいかな。私、たいした人間じゃないし。あと、ライバルって……」
苦笑いでそう言うサクラ。
サクラを師匠と呼びたいとは。それほどにサクラが凄い人に思えたんだな、麻生さんは。同い年の人を師匠と呼ぼうとした人を見るのは初めてだ。あと、好きな人が同い年の幼馴染の女の子と住んでいたら、ライバルだと思ってしまうもの……なのかな?
「さすがに師匠は大げさすぎたかしら。じゃあ……『文香さん』はどう? 親戚や友人の女の子は下の名前で呼ぶようにしているの」
「もちろんいいよ! 一紗ちゃん」
「あたしも名前で呼ばせてもらうね、一紗」
「いいわよ、青葉さん」
下の名前で呼び合う姿を見ると、それだけで彼女達の関係が近しくなった印象がある。
「ね、ねえ、速水君」
麻生さんはもじもじしながら、俺のことをチラチラと見てくる。
「男の子は基本的に苗字呼びだけれど、速水君のことは下の名前で呼びたいわ。……いい? 私のことも下の名前で呼んでもらってかまわないから」
「俺もかまわないよ。一紗」
「……い、いい響きね。だ……大輝君」
初めて俺を下の名前で呼んだからなのか、一紗ははにかんでいる。その姿は告白してくれたときと同じくらいに可愛かった。